憧れの《勇者と魔王の物語》

もっぷ

憧れの《勇者と魔王の物語》

 とある剣と魔法の世界の一つ。数多の世界の例にもれず、この世界の人間界も、魔界からの侵略者によって滅亡の危機に瀕していた。


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 いにしえ御伽噺おとぎばなしだと思われていた魔界の存在。だが、数年前には突然現れた。

 尖兵たる無数の魔物、強靭な肉体を持ち狡猾な魔術を操る魔族、そしてそれらを統べる恐怖の象徴たる〝魔王〟——凶悪な力を持った魔王軍の突然の侵攻に、脆弱な身体を持つ人間界の人々は抗うことはできなかった。幾多の人が蹂躙され、人々は人間界からその生活圏を奪われていった。


 しかし、人間は諦めなかった。魔族の力を調べ、新たな武具を作り、魔法を研鑽し、戦術を練り上げ……徐々にではあるが、人々の生活圏を守り、奪われた世界を取り戻し始めていた。


 やがて人々の中から類い稀なる才能を持った人間たちが集まった。魔族の邪悪な魔術を阻む神聖な力を行使する神官の女性。あらゆる障害をすり抜け正確無比な攻撃で数多くの魔物を屠る元盗賊の男性。絶大な魔力と稀代の天才と謳われる知識であらゆる魔法を操る魔法使いの女性。そして、どんな恐怖にも屈せずその剣と盾で人々を守り魔族を討ち倒してきた若き戦士——いや、〝勇者〟の男性。

 古くからある御伽噺——《勇者と魔王の物語》になぞらえて〝勇者〟と呼ばれた彼ら四人はパーティを組み、『魔王討伐』という人々の願いを背負い、邪悪の根源たる〝魔王〟の居場所、魔王城へと旅を始めた。


 強大な魔物との戦い、街を占拠する狡猾な魔族との争い、古の武具が眠る遺跡での試練——戦いと試練の長い旅路の果て、ついに勇者たちは魔王城の最奥さいおう……魔王がいる部屋、その扉の前へとたどり着いていた。


「——ついに、たどり着いたんですね」

 神官が少しばかし息の上がった声で呟く。

「ああ。……この分厚い扉の向こうに魔王がいる。間違いないよ」

 疲れた顔も見せない元盗賊が返事をする。だが、その傷が癒えきっていない体からは直前まで激しい戦いをしていたことがわかる。

「ようやく悪の親玉とご対面ね。勇者、準備はいい?」

 多くの魔法を使い魔力を消耗しても、気力は衰えない魔法使いが勇者にそう声を掛ける。

「当たり前だ。——この時のために、俺はここまで来たんだからな」

 どんな強敵相手でも臆することなく常に最前線で戦い、どんなに傷付こうともその盾で仲間を守り、その剣で魔物を打ち払ってきた勇者。分厚い扉でも隠しきれないほどの邪悪な魔王の気配にも、一つも臆することなく扉の前へと立つ。長い旅の中で何度も見た勇者の頼もしい背中——それを見た仲間たちも、覚悟を持って勇者と並んだ。

「よし、それじゃあ行くぞ!」


===


「——われの忠実な配下を倒し、よくぞここまで来たな勇者よ。我こそが魔王軍を統べる魔王だ」


 扉を開けた広い部屋の奥に見えたのは大きな玉座に座る〝魔王〟の姿。実際の大きさは人間より一回り大きい程度のはずなのだが、あふれ出す巨大で邪悪なオーラは、魔王に巨人の如き存在感を与えていた。それは、稀代の天才と呼ばれる魔法使いすら気圧されそうになるほどであった。

(……強い)

 並みの兵士なら相対しただけで気を失いかねない、それほど強い力を魔法使いは魔王から感じ取った。そしてそれは魔法使いだけではないのだろう——魔法使いは、勇者が剣を握る手にいつにも増して力がこもっていることに気が付く。

(さすがの〝勇者〟も緊張しているってことね……)


「配下の者を倒し、ここにたどり着いたことは評価しよう。だが、それもここまでよ。いかに強靭だろうと所詮は人間……我の力でここを貴様らの終焉の地としてやろう。しかし——」

 魔王がその鋭い眼光を勇者へと向ける。

「——勇者よ。脆弱な人間とは思えぬその強大な力、捨て置くには惜しい存在だ。どうだ、我の味方にならぬか?」

 〝魔王〟は玉座から立ち上がり、その手を〝勇者〟へと伸ばして告げる。


「もし我の味方になれば——世界の半分を貴様にやろう」


 凄まじい重圧の中で聞こえるその言葉は甘美な響きを漂わせ、心を惑わせようとしていた。だが——

「……ふん、追い詰められた魔王の常套句ね」

 そんな言葉に屈するような一行ではない。魔法使いが甘美な響きを蹴散らすように言葉を返す。

「でも残念。古今東西、どんな《勇者と魔王の物語》でも勇者の返答は決まっているものよ」

 魔法使いが杖を魔王に向けながら力強く声を上げる。

「勇者、言ってあげなさい! ことわ——」


「乗った!」


「「「「————え?」」」」

 ……勇者が勢いよく叫んだの言葉に、その場にいる勇者以外の全員が呆気に取られた。


「——え、今なんて?」

「魔王の味方になれば世界の半分をくれるんだろ? だからその話に乗ったって」

 思わず聞き返された言葉にも、勇者はこともなげに返す。——つまりは「魔王の味方になるから世界の半分をくれ」と言ってるのだ、と。

 一瞬静寂に包まれたその場だが……すぐに魔法使いが勇者に向かってツッコむ。

「——いやいや! あんた勇者でしょ!? 相手は暴虐非道な魔王よ!? そこはカッコよく『断る!』って言うところでしょ!?」

 ツッコミ始めた魔法使いは止まらない。怒涛のように勇者にツッコむ。

「ここまでこの魔王を倒すために勇者として散々冒険してきたのに、なんでここでアホみたいな話に乗っちゃうのよ!?」

 そこで、ここぞとばかりに勇者が魔法使いの言葉に返答する。


「よくぞ聞いてくれた! ——俺のはな、なんだ!」


「…………は?」

 再び呆気に取られる一同。それに構わず勇者の話は続く。

「小さい頃から世界征服が夢だったんだけどよ、何せ人間の世界は広いし国も多いじゃん? 俺は子どもの頃から強かったし戦いじゃ負ける気はしなかったけど、一人で世界を征服するのは無理があるよなーって思ってたのよ」

 昔を思い出すように腕を組んで語る勇者。

「そんな時に魔族が攻めてきて、俺はピンときたね。勇者として魔王のところに行けば世界の半分が征服できるって」

「…………」

「ほら、魔法使いが言うように昔っから《勇者と魔王の物語》って、魔王に出会った勇者は『世界の半分をやろう』って言われるじゃん? まあ物語だとそれを断って魔王を倒して英雄として凱旋して終わるけど——」

「……けど?」

「——でもここで断らずに魔王の味方になれば、半分とはいえ世界征服ができる!」

 ガッツポーズするかのように拳を握りながら高らかにそう言い放った勇者の言葉に、まさに呆然とする一同。

 ほんの少しの間を空けた後……わずかに身体を震わせながら魔法使いが勇者に問う。

「……まさか、あんた……そのために〝勇者〟になったの?」


「その通り! もーめちゃくちゃに体を鍛えて、戦いだの試練だのとクソ面倒な冒険をがんばってきたのもこのため! いやー、魔王にこのセリフを言ってもらえなかったらどうしようかと思ってかなり緊張してたんだけど、願い通りになって良かった! これで俺の野望も叶えられそうだな!」


 そう元気に勇者が言い放った時——魔法使いからが聞こえた。

「——バッッッッッッッッカじゃないの!? 私たちそんなことのために冒険に付き合わされてたわけ!?」

 完全に怒りが頂点に達した魔法使いは、烈火の如く勇者に怒鳴り始めた。

「だいたい暴虐非道な魔王がそんな簡単に世界の半分をくれるわけないでしょ!? あんた頭悪いとは思ってたけど、そこまでノータリンなわけ!?」

「ノータリンじゃねえ! だいたい人間世界は国だお金だ権力だと難しいんだよ!」

 負けじと怒鳴り返す勇者。

「それに引き換え、魔族って力こそ全てだろ? お金だの権力だのとうるさい今の世界よりは俺でも支配できそうだし!」

「難しいんじゃなくて、あんたみたいな筋力バカのノータリンがめちゃくちゃにしないようにみんな考えてるのよ!」

「なんだよ、その割にはみんないつも税がどうだの腐敗がどうだのって文句言ってるじゃん!」

「みんな真面目に考えてるから文句が出るの! あんたみたいにノー天気に何も考えてないアホとは違うのよ!」

「アホって言うんじゃねえ! だったら文句言ってないで何かすりゃ——」


 喧喧囂囂けんけんごうごう、売り言葉に買い言葉、ああ言えばこう言う……もはやただの罵り合いの怒鳴り合いと化した魔法使いと勇者の口喧嘩は止められそうもないほどにヒートアップしていく。


 ——そこに、おずおずと手を挙げながら口を挟もうとする者が一人。魔王だ。

「……あの、盛り上がってるところで悪いけどちょっと」


「「何!?」」


「ひえっ」

 完全にヒートアップしきった勇者と魔法使いの怒鳴り声に思わずびくついた魔王だが、びくびくしながらも話し始める。

「……あ、あのね。我、確かにさっき『世界の半分をやろう』って勇者に言ったけど、実際には難しいっていうか……」

「……へ?」

 さっきまでの巨大で邪悪なオーラはどこへやら、すっかり等身大の大きさにしか感じられなくなった魔王から出た予想外の言葉に、気の抜けた声を出す勇者。


「自慢じゃないが我は魔族の中でも戦闘力は随一でな? だから人間たちと戦争を始めた今でこそ魔王として全軍を任されてるわけだけども、当然魔族の中にも戦い以外が得意な者もいるわけで……人間界を征服した後の統治まで全部我が任されるかってそんなことは多分ないだろうし……」

「魔族って力こそ全てなんだろ? 一番強いお前がいつでも偉いんじゃないのか?」

「いやいや、いつでも力こそ全てってわけじゃないぞ? 戦争を始める前は領土の治安や農作物のやり取りで手腕を発揮した統治者は戦えなくても信頼されていたものでな。確かに人間界よりは力を重んじる傾向にはあるけども、実際には魔族同士のいざこざでも戦うより交渉の方が大事で、すぐに武力に頼ろうとする種族はだいたい嫌われ者だったな。我の種族とか……」

 すっかり背中を丸めて縮こまった姿勢の魔王が、何か悲しい過去を思い出したように目を逸らす。

「今は人間界の征服を目的に団結してるから力が大事になってるけど、征服が終わったらまた元に戻るのは目に見えてるわけで……だいたいこの戦争も魔族全員が前向きなわけではないし。我の強さを頼ってくれてるから表向きは団結してるけども」

「でも、お前の力で征服できたんならそれはお前の物になるんじゃないのか?」

「このまま人間世界の征服ができれば、そりゃ我の成果は一番評価されるだろうけどな? でも、この征服のために後方で活躍した者や変わらず魔界を守ってくれてる者もいるわけで……そやつらを無視してぽっと出の勇者に『世界の半分を上げます』なんてやったら我の評価だだ下がりするし、それこそクーデターとかで殺されちゃうかも……」


 思わぬ魔王の言葉にすっかり熱も冷めた様子の魔法使いが疑問を口にする。

「なら、なんで『世界の半分をやろう』なんて言ったの?」

「いや、それは……」

 あからさまに恥ずかしがる魔王。既に縮こまった背中をさらに丸めて、指先をいじりながら小声で、

「……我も《勇者と魔王の物語》は好きだったから、やっぱり様式美ようしきびとして言っておかないと〝魔王〟としての格好がつかないかなーと思って……」

 と答える。

「まさか〝勇者〟が乗ってくるとは思ってなかったから……つい……」


 唖然とした表情の勇者。

「……え、じゃあお前の味方になっても世界の半分はもらえないってこと?」

 確認するかのように魔王に尋ねると、

「あ、最大限の努力はするぞ? でも我の影響力とか考えると小国一つ……いや領土一つくらいが精一杯かなー、って……」

 と最後の方はしりすぼまりに小さくなっていく声でそう答えた。

 その答えに呆然と俯いた勇者だが——わずかな時が経つとわなわなと身体を震わせ始め……やがて剣の柄が軋む音が聞こえるほどに握る手に力が込められたかと思うと、怒りに満ちあふれた表情で顔を上げその剣を大上段に振りかぶり、叫ぶ。


「——この嘘つき野郎があああああ!!」


 剣撃一閃。爆発した怒りが込められた勇者の渾身の一撃は、魔王を邪悪なオーラごと真っ二つに切り裂いた。


「ぐはっ……よくぞ我を倒した勇者よ」

 倒れ伏しながらも魔王が最期の言葉を吐く。

「だが光ある限り闇は消えぬ。我には見えるぞ。第二第三の魔王が貴様を——」

 そう言いかけた魔王の言葉に魔法使いが口を挟む。

「それ、本当に?」

「——我が倒されたらもう戦争をする気運は今の魔族には無いと思う……カッコつけて言ってみたかっただけです……」

 こうして魔王は倒れ……消えていった。


===


「——で、頼りの魔王は自分で倒しちゃったわけだけど、どうする?」

 魔王がいなくなった魔王の部屋。魔王が消えた場所を茫然と見つめる勇者に、呆れ顔をしながら魔法使いが尋ねる。

「世界征服したいってんなら倒した魔王に代わってこのまま〝魔王〟にでもなれば? 今ならその強さで魔族を従えることくらいはできるんじゃない? ま、その後は知らないけど」

「…………」

「……それか、このまま国に帰るってんなら——は忘れてあげてもいいわよ?」

 魔法使いは勇者の正面に回り、わずかに腰を曲げ、勇者の顔を覗き込むようにしながら問いかける。

「そうすれば、〝魔王〟を倒した〝勇者〟として、昔っからある《勇者と魔王の物語》とは迎えられると思うけど、ねえ?」

 ニヤニヤと勇者の目を見つめる魔法使い。ただ、ニヤニヤとしたその目の奥は明らかに笑っていない。


「……俺は……」


===


 一ヶ月後、人間界の大きな国の王都で凱旋パレードが開かれた。

 凱旋パレードの沿道に集まった数え切れぬ人々から「ありがとー!」「さすが勇者様だ!」「勇者バンザーイ!」と溢れんばかりの喜びと称賛の声が上がり続ける。

 その声に手を振り返しながらにこやかな表情をする神官、元盗賊、魔法使いの三人。そしてその先頭には——魔法使いに背中を小突かれながら歩き、引きつった笑顔で同じく手を振るの姿があった。

 パレードも終わり、王様から十二分な褒賞をもらった後、一時解散となるや疲れた顔で草原に座り込む勇者。

 そんな勇者のところに小さな子どもが駆け寄ってきて、勇者に話しかける。


「ねえねえ、どうしたら勇者さんみたいに強くなれる?」


「……そうだなあ。……やぼ——〝夢〟を、持つことかな」


 終

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