25話




「いや……訓練室に着くまで10分かかるとか、この学校どんだけ広いんだよ!」


 多くの生徒が集まりざわざわとしている第三訓練室の広間で、ゼエゼエと息を切らした弥生が叫んだ。


「息切れするほどではないけど、賀茂先生の通達が遅かったせいで急ぐことになったのは腹立つわね」


 微かに額に青筋を浮かべた玲香の横で、結乃が辺りを見渡している。


「人が多いですね。この学園の一年生は300人行かないくらいなのに、見た感じだと700人ほど居そうです」

「ああ、何でも召喚陣の用意が手間だから、一、二、三区は合同でやるらしいぞ」


 つまり、ここには第一〜第三異能高校の一年生が勢揃いしているということである。


(だから校門のところで所属学園バッジをつけるように言われたのか)


 それとなく周りを見ると、他校の生徒の胸元にもバッジがついている。

 入学時に配られたバッジは二つあり、一つが所属している学園を示す所属学園バッジ、もう一つがクラスバッジである。

 クラスバッジは常に制服の胸元に着用する義務があり、所属学園バッジは他の学園と合同で行われる行事などで着用が必要とされる。

 弥生達が持っている白銀色のクラスバッジには一年生であることを示す黒いいちの字に、Sクラスを示すSの字がでかでかと掘られて金色に輝いており、黒い所属学園バッジにはバッジいっぱいに第一と白い字で書かれていた。


「おっ! あそこにいるのは第三学園のSクラスじゃないか?」


 ふと弥生の目に止まったのは第三学園、Sクラスバッジが輝く生徒の集団だ。人数は約15人前後で、そのうちの4人が何やらこちらに向かって来ている様子だった。


「お前らが第一学園のSクラスか!」


 そして弥生の正面まで来て、集団の一番前にいた紫髪の活発そうな少年が弥生達に話しかけた。


「ああ、そうだが……そっちは第三学園のSクラスらしいが、俺たちに一体何の用だ?」


 龍真が問いかけると、紫髪の少年はニッと笑って話し始める。


「いや、例年エリート揃いと名高い第一学園のSクラスってのはどんな奴らなのかと思ったから見に来てみたんだ。名乗るのが遅れたけど、俺は獅子谷ししたに 昇矢しょうや。そんで、後ろにいる金髪の女子が胡桃ことう 久瑠美くるみ、灰色の髪の男子が藥前やくぜん 透也とうや、銀髪の女子が白雷しららい 陽菜ひなだ。よろしく!」


「俺は霧崎龍真。赤いのが三奈月弥生でオレンジっぽい赤髪のツインテールがキリア=玲香・ハーヴィ、緑がかった水色の髪が氷見結乃だ。こちらこそよろしく」


 獅々谷はしばらく周囲を見つめ、そして龍真に向き直ると、ぐっと詰め寄り手を取って握手をした。


「見た感じ、第一学園ではお前が一番強そうだ! 仲良くしようぜ!」


 ぱっと見ただけである程度の能力の高さを認識した獅々谷は、Sクラスで最も能力が高いのが龍真であることを見抜いた。最もそれは擬態ありの話であって、さすがに龍真と弥生の真の実力は図りきれていない。

 獅々谷は龍真と握手を終えたあと、自分のクラスの元へと戻って行った。


「良い奴……っぽかったな! よく分かんねえけど」

「ああ。だけど俺が一番強いってのはよく分かったもんだ」

「そういえば龍真って首席だったわね」

「弥生くんは実技次席でしたよね。すごいです!」

「まぁオレ、座学はボロボロなんだけど……」


 クラス替え初日に校門近くに張り出されるテスト結果表によって上位五位までの人間は名前が記されるために、弥生が実技二位という結果は知られていたようだった。弥生は龍真と共に掲示板を見たのでそのことが知られているということに驚きはない。

 余談だが、実技一位は言わずもがな霧崎龍真であり、三位は神凪雷都、四位はアルフィーナ・聖、五位が新藤結衣であった。


「生徒は学園ごと、クラス順に分かれて整列してください。繰り返します。生徒は学園ごと、クラス順に分かれて整列してください」


 訓練室内に響き渡る教師の声により、生徒達の雑談の声が止む。

 順番は特に決まっていないようだったので、弥生は龍真の後ろに立ち、その前に結乃、玲香の順で自クラスの列に並んだ。

 流石異能都市随一の学園と言うべきか、皆迷うことなくきっちりと整列していた。


「それでは今から学園ごとに案内がありますので、そのまま待機しておいて下さい」


 第三訓練室は大きい広間の奥に扉が五つあり、そのどれもが別の空間に繋がっており、扉には番号が振ってある。

 五つの扉の奥にも無数の扉が樹形図のように広がっており、第三訓練室で訓練する場合は入口近くにある受付パネルで個室の番号を発行して記してある番号通りの部屋に入るようだ。

 弥生が扉を眺めていると、どこからかやってきた賀茂が心底だるそうにSクラスの生徒を誘導し始めた。


「あー、第一のSクラスは1−5番扉に入るぞー。迷うなよー」


 賀茂の後ろについて1番、5番と順番に扉をくぐると、教室よりも少し大きいくらいの広間に出た。


「さて、今からウェポン召喚やってもらうけど、陣が描いてある部屋は1クラスにつき1つしかあてがわれてねぇから今並んでる順でやってもらうぞー」


 そう言って賀茂が近くの扉を開けると、その床には複雑に描かれた幾何学模様が広がっているのが見える。

 最初に入っていったのは九東だが、弥生は龍真以外に興味は無いので覗こうとは思わなかった。

 しばらくして部屋から出てきた九東は深緑の杖を手に持っていた。何やら誇らしげな顔をしているが、弥生には関係がない。無視した。


 そうして順番は着々と進んでいき、ついに玲香の番になった。

 玲香が部屋に入ると床には所狭しと描かれた陣があり、玲香の気持ちも少し引き締まる。

 陣の中、中央に立つと部屋の中が輝き始める。と、同時に頭に浮かんできた言葉を、玲香は口に出した。


「……我、汝を欲する者也。唯一無二を失いし者。嘗ての記憶を胸に、新たなる道を歩む者。この想いを糧に、我の元に顕現せよ。アビリティウェポン召喚。出でよ、“暁月あかつき”」


 ごお、と熱い炎が玲香を囲んだかと思うと、玲香の手には紅の槍が握られていた。


「これが……私の、アビリティウェポン」


 玲香はグッと槍を握り直すと部屋を後にした。


 次は結乃の番だ。

 結乃は小さく拳を握ると自分を鼓舞するようによし、と呟いた。

 部屋に入り陣の中央に立つと例のように陣が光り出す。


「……! 頭に言葉が浮かんでくる……!」


 結乃は気を取り直し、その文言を口にした。


「わ、我、汝を欲する者也……! 己の悔いを改めし者。過去の怨恨を振り払い、己が欲する力を手に入れるために、我が手に現れよ! アビリティウェポン召喚。出でよ“雪華せつか”!」


 透き通った氷に囲まれたと思いきや、いきなり手中に弓が現れ、結乃は驚いた。現れた弓を見ると、すらりとした弓は細かい意匠が美しく、それでいて何故だか力強さも感じられた。


「綺麗な水色……。こ、これからよろしくお願いします……!」


 弓はそれに応えるかのようにキラリと光った。






「次は……俺か」


 微かに沈んだ顔を見せた龍真は足取り重く部屋の中へと踏み出した。

 弥生はそんな龍真を眺めつつ、ニヤケを抑えるのに夢中になっていた。


(たかが人生を振り返るだけの呪文に怯えすぎ! はあ、面白いなぁ……!)


 人の不幸が蜜の味な弥生にとって、龍真の顔は相当堪えた。

 それはともかく龍真の呪文は気になるため、賀茂にバレないように聴力強化の異能を発動する。

 普段は完全防音のこの部屋だが、この行事に限っては非常事態に備えるために完全に防音はされていない。とは言っても叫び声なら微かに聞こえるくらいで、普通の声ならば外には聞こえないだろう。


 弥生は扉のほうに神経を集中させる。

 呪文が頭に浮かんできたのか、龍真は辛そうに声を発し始めた。


「……ふぅ……。……我、汝を欲する者也。我は唯一の希望を切り裂かれた者。絶望の末に手に入れた力でも未だ理想とは程遠く、全ては復讐を成し遂げる為、平穏を手に入れる為。遥かなる高みを目指し共に歩む者を欲す。アビリティウェポン召喚。出でよ、“蒼剣そうけん”」


 しばらくして部屋から出てきた龍真は、蒼い大剣を持っていた。

 大抵の人間のウェポンは、その人の最も得意とする異能の色となることが多い。その為に他の者は龍真の専攻異能が[黒炎]であるのに対してウェポンが鮮やかな蒼色であることに疑問を感じていたが、何事にも例外はあるので次第に興味は薄れていった。


「最後は弥生だぞ。行ってこい」


 龍真にそう促され、弥生は扉へと歩く。


(ふーん、蒼炎サンは平穏を求めてるんだ。……ボクとは真逆だなー)


 龍真の甘い考えに内心笑いながら弥生は部屋に入って、扉をしめた。


「さて、ボクの呪文はどんなもんになるのかなー」


 そう独り言ちながら陣の中央に立つ。

 すると眩しいくらいの光が弥生を包んだ。弥生は、途端に頭に浮かんだ呪文を脳内で反芻すると、その場で蹲った。


「ふ、ふふ……は、はははは! はーっははははははっ!!」


 その後数十秒にわたって笑い続けた弥生は、目に滲んだ涙を拭いながら立ち上がった。


「確かにこれはボクにぴったりな呪文だね! ふふふ……ふぅ。……じゃあ、始めようか」


 笑みを止めてから気を取り直し、息を整える。そして息を吸うと、弥生は呪文を声に出した。


「我、汝を欲する者也。人為らざる其の身に宿すは数多の絶望。抱く復讐心は此の世の誰にも劣らず。全ては力を以て其の復讐を完遂するため、此の身を害なす者から己を守るため。我は復讐に生き、復讐に死す者。我が生くたった一つの意義をここに証明せよ。アビリティウェポン召喚。出でよ、“黒讐コクシュウ”」


 辺りがなり、空間がぐにゃりと歪む。

 常人であれば吐くであろう急激な空間の変化とその異質さに、弥生は自分の本質を垣間見たような気がして面白くなった。

 手の上に現れたのは白い球体。それがぐにゃぐにゃと形を変えながら蒼や紅や緑や黄、黒などに目まぐるしく色を変えていく。


「……気持ちわるっ」


 弥生がそう呟くのとほぼ同時に、それは変化を止めた。

 出来上がったのはどす黒い紅のラインが入った、黒いナイフであった。


「……うん、握り心地は最高だね。重さもちょうどいい」


 弥生は何度かナイフを振って使用感を確かめると、部屋を後にした。

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皆はボクをいじられキャラだと思っている。 ぴの @akari_pipino

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