第31話
俺と婆さんはそうしてプレートを掲げるパルナをしばらく見ていたが、注目されてさすがにパルナも気恥ずかしくなったらしい。
そそくさとプレートを置き直し、縮こまるように座ってしまった。
「さあさあ、折角の記念なんだからさ。盛大に祝おうじゃないか! パルナにとっての新しい日常はこれから始まるんだからね。ほら、これがパルナの分のケーキだよ。で、こっちが亮の分と」
当然、パルナには最も大きなケーキが与えられ、俺の分はほぼ切れ端のようなものが流れてくる。
「えっと、あの、師匠、交換しましょうか……?」
そのあまりの差に気を使ったのか、パルナがそう申し出てくるが、それでは本末転倒だ。
「いやいや、俺のことはいい。今日は君のためのパーティなんだ。君が食べて、この世界のものをたっぷりと味わってくれ」
俺にそう言われて、パルナは差し出していたケーキを引っ込める。
よほどしっかりと育てられたのだろう。一国の王女であったにもかかわらず、パルナはこういった気遣いのできる少女であった。
煌兄にそんなことができるとは思えなかったから、母親の教育の賜物だろうか。
そしてそれぞれでオレンジジュースの注がれたグラスを取る。
「パルナ、乾杯はわかるか?」
「はい、大丈夫です。私の国にも似たような行為は存在していましたので」
「それじゃあ、新しい家族のために、乾杯!」
「乾杯!」
グラスを掲げ、コツンとぶつけ合う。
するとパルナはおもむろにそのグラスを口に持っていき、そのままジュースを勢いよく飲み干した。文字通りの『乾杯』である。
「あれ、どうかしましたか?」
一口だけ飲んであとはちびちびと口をつけるだけの俺と婆さんを見て、パルナは不思議そうな顔をする。
「いや、乾杯の文化が少々違ったなと思っただけだ」
乾杯の掛け声で飲み干すという文化は、異世界に限らず地球上にも普通に存在する。ほぼ同じ『
まあ、流石に十代前半の少女にそんなものは出さないし、葛城家は代々下戸の家系なのだ。
乾杯の際にアルコールを出されるのは母くらいだった。
煌兄がどうだったかはわからないが、俺も明兄も成人してからもほとんど酒は飲んでいないはずだ。
なにしろそろって最初の飲み会にてビール1杯だけでド派手に潰れたエピソード持ちである。あらゆる部分が似ていない兄弟だと思うが、そこだけはまったく同じだったので血は争えない。パルナはどうなのだろうか。
「まあそんな事はいいさ。そう大したものじゃないが、存分に食べてくれ」
「はい、ありがとうございます!」
それからしばらくは、それぞれで黙々と食事の時間となった。
「おいしいですね、この、ピザという食べ物は」
目を輝かせながら、パルナはフォークに刺したピザを頬張る。
手づかみにはさすがに抵抗があったらしく、用意したナイフとフォークを使って器用に切ったピザを丸めて口に運んでいた。
「それならなによりだ。あちらでどんなものを食べているのかわからなかったからな。いろいろと用意したが、口に合ったならよかった」
「はい。こちらのポテトは私の国にも似たようなものがありましたね。味付けはちょっと違う感じはありますが、これも美味しいです」
そうして次から次へと目の前の料理にフォークを伸ばすパルナ。
婆さんは少しずつピザを口にしながら、その様子をにこやかに見守っている。
久しく見なかった家族の光景だ。
それから俺たちは、食べながらいくつもの話をした。
パルナの世界の暮らしぶりや、向こうの世界での葛城煌のこと、それにパルナの他の家族の話。
パルナの母、つまり煌兄の妻となった人は身体が弱く、パルナを産んで以降は魔力の乱れに苛まれるようになり、結局パルナ以外に子供は残せなかったという。
様々な手段で命は繋ぎ、パルナが十歳になるまではどうにかこうにかやってきたのだが、それでも十年が限界だったらしい。
世継ぎのこともあり、まだまだ若かった煌兄にはそれからいくつもの縁談もあったらしいが、パルナの知る限りどの話もまとまらなかったらしい。
「私はあまり気にしなかったのですが、お父様はどうも気が進まなかったようで、結局ずっと独り身でしたね」
王家に生まれたパルナはその環境を当たり前のものとして受け入れていたが、現代日本の価値観で育ち、まだ子どもともいえる年齢からそんな状況に置かれてしまった煌兄にはどうにも割り切れなかったらしい。
「馬鹿な子だね、まったく……。血を残すことは家を残す上でもっとも大切なことなのにさ」
その話に婆さんはぼやくが、それでも、言葉の端々に寂しさと同情が感じられる。
葛城キンもまた、葛城家に嫁ぎながら結局子どもを一人しか残せなかったという負い目を自分だけで背負って生きてきたのである。
そのただ一人の子どもである葛城勝は三人の子を成したが、そのうち一人は行方不明となり、最後の一人はこのボンクラぶりである。さぞかし頭が痛いことだろう。
もっとも、その行方不明となっていた煌兄の血を受け継ぐ子どもがこうして目の前に現れたのである。世の中なにが起こるかわからないものだ。
そんなたわいない話を続けているうちに、婆さんとパルナはすっかり意気投合して、もう完全に昔からの家族のように馴染んでいた。
そして俺はそんな二人を横目で見ていたのだが、不意に、婆さんが俺に苦笑を向けて話を振ってきた。
「ところで亮、明日あの二人がこっちに来るよ」
「あの二人……?」
疑問めいた言葉にしてみたものの、答えは明白だし俺もすぐに理解する。
婆さんの口から出るあの二人と言えば、答えは一つしかない。
「アンタの両親に決まっているじゃないの。葛城勝と月さんだよ」
「あー」
案の定の答えである。
葛城勝と葛城月。
俺の両親であり、つまりパルナの祖父母ということでもある。
正直に言えば、俺はこの両親が苦手だ。
そりゃそうだ、才能もなく試験に落ち、実家に戻ってボンクラ生活を送っているのだ。合わす顔があるはずもない。
顔も見たくないというのはあの人らの方の同じようで、あの人らはあの人らで忙しいということもあって、出来損ないの俺のことなど見ないようにしているフシもある。実際、普段は実家であるこの安濃津の屋敷には寄り付きもしない。
「それで、なんでまた急にあの人らが来るんだ?」
「なんでって、そりゃ孫の顔を見に来るんだよ。アタシが連絡したからね」
「まあ、そうか……そうなるよな」
面倒くささをにじませる俺に対し、パルナはどこか不思議そうに俺を見ている。
「えっと、どうかしたのですか? ご両親が帰ってくるんですよね。師匠のご両親ということは、私の父の父と母ということでしょうか……」
「そうだな、君の祖父と祖母、ということになるな」
考えてみればパルナは両親を亡くしたわけで、そんな彼女に対して自分は両親とは不仲であるとはなかなか言いにくいものである。
もっとも、パルナにとってもあの人らが親族であるのは間違いないのだから、そこを上手くとりなすのも俺の仕事になるのだろうか。ただでさえ気まずい両親との再会に、さらに問題が上積みされるわけだ。
いや、本音を言えば、パルナとあの両親の関係に対して、別に俺がなにかする必要はないと思ってもいる。
俺や婆さんですらそうであったのだから、あの人たちだってパルナの姿を一目見ればわかるはずだ。
葛城煌という人物に秘めた想いは、俺なんかよりもよっぽど強いはずである。
俺がすべきことはせいぜい、パルナの現状の説明くらいだろう。あとは、母が変な暴走をしないかどうかを見張ることくらいか。
気まずい未来を想像しながら、俺は覚めたピザを口に放り込んだ。
落ちこぼれボンクラ陰陽師、亡命マジカルプリンセス(姪)の師匠となる シャル青井 @aotetsu
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