ぼくのきおく

 ぼく、ミナト。このまえ、五さいになったの!もうおにいさんなんだよ!おたんじょうびのけーき、おいしかったなぁ。

 ぼく、しょうらいね、にんぎょさんとけっこんしたいの!にんぎょさんはね、うみのなかのどうくつにすんでて、すっごくきれいなひとなの。ままもきれいだけど、にんぎょさんもおんなじくらいきれい。

 ぼくがいつか、にんぎょさんのところへいっても、ままがびっくりしないように、にんぎょさんのこと、ままにはなさなきゃ。

「ままー?」

「なぁに、みなと」

「あのね、ちょっといわないといけないことがあるんだけど…」

「ん?どうしたの?」

「あのね、ぼくね、じつは…けっこんしたいひとがいるの!」

「え!そうなの!?」

「うん!」

「だあれー?だれとけっこんしたいのー?」

「んふふふふ、あのね、にんぎょさん!」

「え…?にんぎょさん?」

「うん。ままは、にんぎょさんのこと、しらないの?」

「えーっと…たぶん、わからないとおもう。」

「じゃあ、おしえてあげる!にんぎょさんはね、うみのなかにすんでるの。うみのなかのどうくつにいて、どうくつにきたひととおはなししてるの。」

「ミナト?…なんでそんなことっ」

「どうくつはくらいから、にんぎょさんのことはよくみえないけど、でもとってもきれいなひとなんだよ!ぼくも、いつかあいにいきたいの!そして、おはなしして…」

「ミナト!そんな話どこで聞いたの!?」

「え、どこ?どこって、みんなしってるんじゃないの?」

「ママはそんな話知らない。」

「ぼくはうまれたころからしってるよ。ゆめでなんかいもあいにいったもん。」

「あぁ、まったく…とにかく、もう二度とその話はしないで。」

「なんで?ぼくはにんぎょさんにあいたい!」

「ミナト!もうその話はしないでって言ったでしょ!ママはその話が嫌いなの!」

「なんで…なんでよ…ぼくはにんぎょさんのことがすきなのに…」

「ミナトが好きでも、ママは好きじゃないの。」

「どうして?」

「ヨウジは…ミナトのパパは…人魚を探しに行くって言って私たちを捨てたのよ!」

「?」

「何を意味のわからないことを言ってるんだと思っていたら、あいつ本当に帰ってこなかったわ。きっと浮気でもしてたんだわね。人魚なんているはずない。今もどこかでのうのうと生きてんのよ、私達をほっといて。」

「まま、お、おこってる?」

「…ごめんね、ミナトはなにも悪くないのに。でも、もう人魚の話はしないで。これ以上、私に、あいつのことを思い出させないで。」

「にんぎょさんは、わるいひとなの?」

「さあ?悪い人なんじゃないの?もし俺が本当に人魚に出会えたら、俺は死ぬから、俺が死んで世界を救うから、とかなんとか言ってたわ。」

「え!ぱぱ、しんじゃったの…?」

「知らない。もうなんも分かんない。でもあいつはきっといまもピンピンして生きてるはずよ。人魚なんているはずない。分かった?ミナト。にんぎょなんて、いない。」

「にんぎょなんて、いない…」

「そうよ。覚えておいて。」

「わかった…」



 そう、僕のお父さんは「人魚を探しに行く」と言ってどこかへ消えてしまったんだ。幼かった僕には、お母さんの言っていることの意味は、よく分からなかった。けれど、それからは二度と人魚の話はしなかった。お母さん以外にも、誰にもしなかった。

 でも、今の僕は、お母さんの言っていたことの重大さも残酷さも知っている。

 僕は、お母さんを傷つけた僕の父親を、絶対に許さない。

 そして、僕は、人魚の存在を絶対に認めない。人魚の存在を認めるのは、父親がもうこの世にいないことを認めるのと同じことだから。それに、本当は父親に生きていてほしいと思っている、お母さんの希望を奪うのと同じことだから。

 人魚なんていない。いちゃいけない。たとえ、記憶の中の人魚がどんなに鮮明でも、どんなに現実味を帯びていても、どんなに美しかったとしても、だ。

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嘘吐く人魚と僕は青−マーメイドスキャンダラス− さに @saninini

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