第3話 聡士はホントにいいヤツだ

長宗我部ちょうそかべ元親もとちか?」

 自分が誰の生まれ変わりなのかを言う機会があって、ボクが義経だと言ったら聡士は意外な人物の名前を言った。聡士は思っていた以上に話し易いいいヤツで、ついついそんなことまで言うようになっていた。


「戦国時代の四国の大名だよな?」

「よく知ってるね。ふつう名前を言っても『誰、ソレ』って感じなのに」

 聡士は意外そうだった。


 長宗我部元親は戦国時代の土佐の戦国大名。土佐は四国の下の方のカットしたバームクーヘンみたいな形してるとこ。現在の高知県。


 幼い頃は色白でおとなしかったため『姫若子ひめわこ』と呼ばれていたが初陣の後は『鬼若子おにわこ』とよばれるようになったそうだ。つまりそれくらい強かったんだろう。


「ソシャゲで元親に仕えてたことあるよ」

 だから知っていた。


「なに、それ」

 聡士は苦笑いした。


「戦国時代のヤツで、自分が仕える大名を選んで、畑を耕したりして天下統一をはかるみたいな?」

 少し前にはまっていたゲームで、今は戦うのは他の人に任せて土地を耕してばかりいる。


「聡士もやる?」

 しばらく離れていたけれど、聡士を静香から離すためなら再度始めようかと脳内で計算をする。


「いや、いいよ」

 困ったような笑顔で拒否られた。


「けっこうおもしろいんだけど」

 聡士は彼女がいても友達付き合いが悪くならない、なかなかできた男だった。ちょっと押せばうまくいきそうな気がした。


「ゲームはするけど、戦国時代のはちょっとね」

 笑ってはいるけれど、どこか寂しそうだった。


「ボクは源平のゲームやるぞ」

 聡士の気持ちもわからなくもない。自分の記憶にある過去に触れるのは辛いこともある。


「すごいな、経次郎は……」

 聡士に言われて後ろめたい気持ちになった。そんないいヤツオーラ全開で言わないでほしい。


「キャラデザが好きな漫画家だったから、それを眺めるために特装版を買っただけだよ」

 聡士がいい人過ぎて、ついついいらないことまで言ってしまった。


 そのゲームは源平を扱ったものだったけれど、けっこう前だったしどんな内容か忘れた。バトル物だった気がする。とにかく静御前が半端なくかわいかった。きっちりと白拍子の衣装をまとっているけれど、スリットがいい感じに入っていて健康的な色香が漂っていた。


「どこからそんな金が出るんだよ」

 1万ちょっとだった。


「父さんから」

 何を買うかを言わずに小遣いをせびった。あのゲームのことを言えば、買い占めんばかりの勢いになるからだ。慶子に知られるのも面倒くさいから部屋の押し入れに大事に収納してある。


「義経もかっこよかったし、声優も良い声してたんだよね」

 ドラマやアニメやゲームで義経が使われる場合は、イケメン扱いがわりと多い。


「だからかな、嫌な気はしない」

 笑顔で聡士に言う。本当にそうだった。


「義経が女になってるストーリーとかでもいいわけ?」

 素直な感じで聡士が聞いてきた。それを言われるのは辛い。


「そういうのは見なかったことにしてる」

「そか……」

「うん」


 聡士は深く聴いてこなかった。

 やっぱりいいヤツだ。


 現代では歴史をモチーフにしたストーリーがたくさんあって、たまに義経が女だったりあまり美しくないパターンもないこともない。義経の有名税のようなものだろう。ボクには関係ない別人の話ということにして自分を納得させている。


 もしくは義経を好んで義経というブランドを大切にしてくれているのだと思うことにしていた。義経という名前は、それでひとつの人物ができあがっている。


 800年前の血の通った人間とはまた違う、誰もが憧れる伝説の英雄ヒーロー。それに前世のボクと同じ名前がついているというだけだ。


 でも基本的に、義経が出ていると嬉しくないわけではない。

 なぜなら自分が大好きだからだ。それがカッコいいと評されていると悪い気はしない。


 死者を冒とくしない文化は大切だ。

 恨みを持って亡くなった人間は、死後にかなり持ち上げられる。誰も祟られたくはない。だからごめんなさい祟らないでくださいとお祀りする。


 そうやって恨む心を昇華させようとしているのだろう。

 間違っていないとボクは実感を持って思う。刺々とげとげした心は、感謝の気持ちで包むといい。そうでなければ暴れまくる。


 お前なんて死んで当然。ざまあ見やがれみたいなことをするのはよくないと、昔の人は感覚的に伝えている。おそらく、それでひどい目に遭った、もしくはそう思わされるようなことが起きた。


 疫病や天変地異は、非業の死を遂げた人の祟りだと言われる。いくらかの罪悪感もあるのだろう。それをお祀りして、少しでも罪の意識を減らす。そして時代が移って、罪の意識のない者たちが屈託なくお祝いするようになる。

 そうやって、よどんだ感情のようなものを浄化してきたのかもしれない。


 実際、義経はかなりとっても嫌な想いをさせられて、絶望の中で死んでいる。日本人というか人間という生き物は、何百年経とうと変わりはしない。


 良い身分になりたくて頑張って、うまくいった人に嫉妬して、少しでも目立つと粗を探して皆で攻撃する。今も昔も、人間の性根しょうねは変わらない。


 いつもいつも、そんなことを繰り返している。




◇◇◇




「ファンタジーのRPGはやる?」

 話を変えるつもりで聡士に別の提案をしてみた。


「それならやりたいかな」

 聡士はあっさりと言った。


 あまり異論を唱えない聡士が、戦国時代のゲームはしたくないということはそういうことなんだろう。


 おススメのゲームを教え、それからゲームでつながるようになった。

 聡士は怖いくらいにいいヤツだ。


 静香と聡士が付き合うようになったのは去年の12月で、

「付き合わない?」と聡士が言ったことがきっかけだったそうだ。

 それを止める権利はボクにない。


「クリスマスに一緒に過ごす子がいないんだ」

と、言ったと聡士本人から聞いた。


 でも聡士とイブとクリスマスを過ごしたのはボクだった。

 イブからクリスマスにかけてあったゲームのイベントに誘ったら、聡士は静香ではなくボクのところに来た。


「面白くてハマったんだけど、細かいところで聞きたいことがあったんだ」と、スマホを持ってウチにやってきた。


「彼女はいいわけ?」

 一応は聞いた。


「具体的な約束はしていなかったから」

 聡士はウチでゲームをした。ボクはゲーム機とPCを使って聡士の質問に答えつつ、他のゲーム仲間も呼んでイベントをクリアした。


「ひとりならできなかったよ」

 聡士は屈託なく笑った。はじめはクリスマスを静香と一緒に過ごさせまいと思っていただけだったが、ボクも聡士と遊ぶのが楽しくなっていた。


 彼女よりも仲良くなって間もない友人を優先するなんて、義理堅いにも程がある。ちなみに聡士とは1年の時は同じクラスだったけれど、それほど仲が良いというわけでもなかった。2年になってクラスが分かれて、ボクはA組で聡士と静香がB組になった。


 静香の彼氏になったからカマかけるつもりで話しかけたら、意外と面白いヤツでめちゃめちゃ話が合ってしまった。元々ニコニコしていて頼まれたら嫌と言えない感じで、去年も今年も学級委員をしている。


 悪いヤツにいいように利用されるタイプなんじゃないか? と心配している。その日はケーキとごちそうをウチの家族と食べて泊った。父さんはいなかったので、普通の家族のような感じでいけた。


 それからもちょくちょく遊んでいて、1月になると複雑そうな顔で

「ボク、経次郎っていうか、義経と勘違いされてるんじゃないかな?」と言ってきた。


「なんでそう思ったわけ?」

 その可能性を疑わなかったわけではない。でも、そんなボクにとって都合がよいことが起きるはずがない。


 静香に静の記憶があって、まだ義経のことが好きで、聡士と間違えたことは問題だけど、その間違えたけれど義経と付き合っていると考えるのは虫が良すぎる。


「お正月に鎌倉の八幡様に行ったんだよ」

「うん。聞いたよ」

 年末に行くと言っていた。でも、鎌倉と聞いて、ボクはそれを邪魔できなかった。八幡様にお参りに行こうという人の邪魔など、とてもではないができない。そんな罰当たりができるはずない。


「自分から行こうって言ってきたのに、八幡様に近づくにつれてどんどん不機嫌になっていくんだよ」

「なるほど」


 鶴岡八幡宮にある舞殿は、静にとって良い思い出はないだろう。

 見るだけで嫌になるんじゃないかな。


 平安末期に義経は平家を滅ぼし、調子に乗っていたら鎌倉の兄頼朝の怒りを買い、出頭命令が出るも逃げることになった。調子に乗っていたわけではなく、ふつうにすごしていただけでそう言われてしまった。


 兄上もちゃんと自分の目で観て判断して欲しいのに家臣の言葉ばっかり信じちゃってひどいったらありゃしない。出て行ったら何されるかわからなかったから逃げたけど、女性の足ではキツイ道を行くとのことで静は吉野山に置いて行った。


 嫌ってではなくて、生きて欲しかったから危険な逃亡に連れていけなかった。吉野から京の都まではそれほど遠くはないから……(歩いたらけっこうあるけど)、京に行って鎌倉の兄上の追跡を逃れて欲しいって思ってたんだけど捕まって鎌倉に送られて、義経の行方を聞かれたんだけど頑としてしゃべらなかった。ボクらがどこに行くのか知らなかったはず。それなのに、鎌倉勢は静から聞き出そうとした。


 性格が悪いんだよ。あいつらは。兄上じゃなくて、その周囲にいる兄上の家来のことだけど。それで、いつまでも話さないから、京で有名な白拍子なら踊れって言われて八幡様の舞殿で踊ったらしい。


 京の文化に慣れ親しんだ、みやびなセンスの塊の白拍子が、田舎者集団の源氏の前で踊るなんて屈辱以外の何物でもないはずなんだよ。それでもあのプライドの塊の静は舞い、ボクを慕う歌まで歌い、兄上をめちゃくちゃ怒らせたらしい……。


 ……これ以上のホラーはない。

 こんな恐怖の舞が存在したなんて、ボクにとって悪夢としか言えない。静がどんな美しい舞をしていたのか観たいけれど、このシチュエーションは絶対に嫌だ。


 八幡宮の三の鳥居入ってしばらくするとある舞殿は、そういう場所だった。最近はあそこで結婚式挙げている人もいるらしい。


「人込みがすごくてお参りできないから「帰ろうか」って言ったら、何か言いたそうな顔をして、でも特に何も言わずに「帰る」って言ったから帰ったんだ」

 聡士はじっとボクを見て言った。


「そうだろうね」

 どういう顔をしたらいいかわからないから笑顔を浮かべた。


「経次郎、君は、本当は……」

 聡士が何かを言いかけた。


「せっかく行ったんなら、お参りしてくればよかったのに」

 たぶん、ボクは笑っていたのではないかと思う。


 そして聡士から「他に好きな子ができた」と告げられた。

 聡士はイケメンだし、こんなに性格もいいわけだから、女子からモテるのも無理はない。


「それなら、今カノと別れてからお付き合いしなさい」

 そう言ったんだけどな。


「そうだね。そうするよ」

 聡士もそう言っていたのに、柚葉ちゃんに告る方が先になってた。


 いいヤツだから、聡士なら静香の彼氏でいいって思ってたんだけど。

 でも、やっぱり嫌だと思っている自分がいたみたいだ。




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千年に少し足りないけどだから何? 玄栖佳純 @casumi_cross

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