第2話 前世は義経だけどだから何?
「話は終わったわね。それじゃ」
凛として彼女は言う。澄んだ綺麗な声で。そして凛としたまま踵を返し、立ち去った。
彼女の方が振られた。しかも新しい彼女の前で。そんな屈辱的な状況なのに、彼女は凛々しかった。
取り乱したり罵ったりもせず、ただ静かに別れを告げる。
その姿は格好よくて美しかった。
もっと駄々をこねるのかとも思った。でも柚葉ちゃんがいる前で、プライドの高い彼女はできないだろう。
プライドが高いで片付けられる物でもない。
あれ、ふつうできるか?
ぼんやりとそれを見送る聡士に、「幸せになります~」と明るく言う柚葉ちゃん。逃がした魚は大きいとか思ってるんじゃないよな、聡士。ダメだから。ボクんだから。まだ告白もしてないけどさ……。
欲しい物があっても欲しいと言わない。それでも彼女は魅力的だから、素敵な物が集まって来る。
昔と変わらないね。
もうほとんど見えなくなった後ろ姿。
早いね……。
捨てると決めると、スパッとって感じだね。
でも、歩く姿は綺麗だよ。姿勢が良くて、無駄な力もなく出てくる左右の足。それなのに目を引く。それはこの世の美を知り尽くしたかのような自然な動きだから。
前世と変わらない、森羅万象から愛されるかのような動き。
確かめたわけではない。
ただ似ていると思っただけ。
前世のボクが好きだった、
◇◇◇
自宅から最寄りの自転車で行ける距離の県立西高等学校(通称西高)に通っている。
ごく普通の家庭に生まれたごく普通の高校生。
しかし、前世は源九郎義経。
運動神経はいいかもしれないけれどスポーツはしていない。理由はルールが面倒くさい。突っ込んで行って倒せばいいと思ってしまう。小学校の授業でサッカーをしていてボールが来てテンパっていた時、11人の敵をどのルートで倒せばいいか考えてしまった。走るだけの陸上競技も持久力がないから無理。スポ根は自分でやるのは嫌だ。今も昔も楽して勝とうが信条。でも今世では怠け者と言われる。
成績は中の中。軍事力は学力に関係ない。コツコツはいらない。その場の風を読んで勝て。困った時はカンで切り抜け。
前世は義経だけど、それを事実とする文化は現在の日本にない。
『前世は義経です』と言っても誰も信じてくれないし、言ったところで変人扱いされるから言わない。日本には輪廻転生という考え方があるのに、どうしてなんだ?
ただ、そういう記憶があって、テレビとかドラマ観て『これ、知ってる』と思うこともある。
でも、家族がヘンで、父さんや妹の慶子がボクを義経だと言う。
父さんは田中
義経家来の
記憶の海尊と顔、変わってない。800年前も50歳くらいの顔してたし。それで20代とか言い張ってたし。でも、事実を知るのが怖くて生まれ変わっていない海尊本人なのかは聴いていない。
聞いたら何か、知らなくていいことまで話し出しそうで怖い。
妹の慶子は
弁慶に「お兄ちゃん」と言われていると思うと複雑だ。でも慶子はかわいい。小学生の頃は、ふつうにかわいい妹だった。普段は可愛い服装が好きなふつうの女の子だ。黒髪をツインテールにしたかわいい妹。
母さんと兄さんは普通な人たちだけど、この父さんと慶子がおかしい。ボクは素直だから、この二人に洗脳されて義経だと思い込んでいるのかもしれない。記憶だってテレビとか映像を物心つく前に見させられて、植え付けられている可能性も否めない。
なにより父さんは800年以上生きている化け物の可能性もあるし、わけのわからない技術による記憶操作を受けているかもしれない。
父さんはトレジャーハンターを
-- ボクは本当は誰なんだろう
そんなことに悩むこともあった、そんな時。
彼女と出会った。
小5でこっちに引っ越して、学校に行くようになった次の日くらいだった。小学校に向かっていると、前を歩いている彼女がいた。
パッと見ただけでかわいい子だと思った。
歩いているだけで綺麗が醸し出される。
そんな彼女を見ていると、記憶がよみがえった。
しかめた眉なのに優美な手足の動き。
世の中を斜に構えて見て、思っていたことは決して口には出さない。
それなのに旦那のことは常にののりしさげすみ、
挙句の果てに
「好きだし」
と言い放つ脅威のツンデレ。
つんデレ界の究極の最終兵器。
つんデレ界の最上位の女神様。
青天の霹靂だった。
小5でそんな空気をまとっていた彼女。
間違いなく彼女は僕の前世の妻、静御前だと、その時からずっと思っていた。
ずっと思っているのだけれど、話しかけられない。
……だって、ヘンなヤツだよね。
『前世でキミの旦那だったんだよ。だから付き合って』なんて。
だって、あんなに綺麗だし。
柚葉ちゃんも言ってたけど、静香は美しいだけではない。頭も良くて何気にスポーツも万能で、美術も何気に上手い。やたらにスペック高めの高嶺の花。さらにつんデレだから需要は高いが告白する猛者が居ない状態だった。
前世の彼氏(旦那)というアドバンテージなしに、どうやって戦えと?
しかも、前世のボクは静にかなり罵られていた。
かなりとってもすんごく。
嫌われていると思っていたほど罵られまくっていた。
つまり、ありのままの現在のボクでは静香に愛されない。
義経という、源氏の総大将としてのボクだってあんなに嫌われていたのだから、田中経次郎なんて、付き合ってもらえない。
そう思うと動けなかった。
「……何してんの?」
聡士の声で我に返る。
「ああ、聡士。今、帰り?」
静香の方からは隠れていたけれど、聡士の方からはそれほどでもなかった。
「うん。帰るけど、そこで何してるわけ?」
責める感じではなく、ふつうに聞いてきた。普段からあんまり感情を出すタイプでもないんだよね。
「校内を散歩してたんだけど、ひと気がない良い場所があるなと思ってたんだ」
ホントにたまたまここにいた。別れ話をすることは知っていたけれど、たぶんここかなという当たりはつけていたけれど、本当にたまたま見つけただけ。
「放課後に校内を散歩ですか?」
柚葉ちゃんが可愛らしく聞いてきた。
「うん。寒いから歩いている人も少なくて良いよ」
笑顔で柚葉ちゃんに言う。
「そうなんですか?」
柚葉ちゃんは目をぱちぱちさせて首を傾げた。
「寒いの好きなんだ」
空気がきれいな感じがするし嫌いではない。
「静香、行ったけど」
聡士が静香が去った方を指さす。
「そうだね」
静香は足が速いから、もう姿が見えない。
「じゃあ、ボクも家に帰るよ」
二人にそう言う。そして気づく。
「つけるわけじゃないよ。家、静香の近所なんだ」
嘘は言っていない。言い訳をしているわけでもない。
事実を言ったまで。
そう言って歩こうとするけれど、大事なことを言っていなかった。
二人の方を向いて笑いかける。
「お幸せに」
そう言って手を挙げて、祝福を表すように指を動かす。
心からの笑顔だった。
「はいっ! ありがとうございます!」
柚葉ちゃんもいい笑顔を返してきた。
聡士も良いヤツだけど、柚葉ちゃんもいい子だな。
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