千年に少し足りないけどだから何?
玄栖佳純
第1話 盗み見しているわけではない、たまたま。
1年の内で何月が好きかと聞かれたら、けっこう上位に2月が来るかもしれない。寒いのは苦手だ。そう考える人が少なくないためか外を歩く人も減る。
だから良い。ひと気がない場所に行くと、雄大な自然に囲まれることがあって、それがこの上なく好きだ。
そういう理由で、放課後、校舎のひと気なないところへ来たわけではない。
冬のひだまりも嫌いではない。夏のギラギラしている陽とは打って変わって、ポカポカ温かい。
たまに、夏の温度を冬に持って来られないだろうかと思う。夏の熱気をどこかに溜めておいて、冬になったら放出するとか。夏は蒸し暑いし冬は乾燥していて寒い。どうしてちょうどよい秋と春は少しだけなのだ?
そういえば、どこか海外には常春な地域があるらしい。旅番組でそういうのを観た。でも、そういう場所は住みたいと思う人間も多いはず。その地にはその地なりの苦労もあるだろう。
それに日本の四季は良い。暑い夏と寒い冬があるから春には花が咲き秋には実がなるのだ。寒さを耐えた後の花咲く春と、暑さを越えた後の食欲の秋。メリハリは大事である。
そんなことを考えながら寒さをしのぐ。
それとも寒いと思うから寒いのだろうか?
いくら午後とは言え、2月の倉庫の日陰は寒かった。天気予報では寒波がシベリアから吹き込んでいると言っていた。日陰にいるのは、日向だと目立ってしまうからだ。
ここにいるのはたまたまだった。
たまたま友人の聡士が彼女と別れ話をすると聞いただけだった。
別に見物に来たわけではない。
たまたま自分が好きそうな場所を探していて、なかなかよさそうな倉庫があって、そうしたらたまたま聡士の彼女の静香がいて、見つかるとまずいから隠れたというだけだ。
なぜ隠れたのか。
ただの習慣だ。
彼女に話しかけようとしたことは1度や2度ではない。こっちに越してきた小5の春からずっと話しかけようとして、できなかった。
ボクがずっと片思いしている子だった。
静香はショートボブ。さらさらな黒髪が綺麗な、かなりの美しい人。倉庫前の日向に立っているが、背筋をピンと伸ばし、立っている姿はシャクヤクっていうか綺麗だった。
制服も着崩すこともなく、これでもかという勢いでキチっと着ている。コートも学校指定。ウチの高校は校則がゆるゆるだから私服でもOKなのに、静香は学校指定の制服を着ている。制服と私服の割合は半々くらいで、どこの高校の制服でもいいし、アレンジを加えて着る生徒もいるのに、静香はそのまま。
ある意味正解かもしれない。
静香は由緒正しい美人だから、工夫をしなくても似合う。
ただ、綺麗すぎて周りを寄せ付けないタイプ。
表情も怖くて、これから果し合いでもするのではないかという感じだった。
こんなに寒いのに微動だにしない。
でも、彼女にとっては果し合いも同然かもしれない。
「静香、待った?」
友人の聡士がやってきた。後ろには新しい彼女の柚葉ちゃんもいた。でも静香は聡士に視点を定めたかのように柚葉ちゃんには目もくれない。
「待ったわよ」
静香の声。澄んだ綺麗な声。凄んでいるのに綺麗だ。気張っているわけでもない自然な音。声の出し方からしてセンスの良さが光っている。トーンもいい。さすが静香。
「ゴメン……」
聡士は困ったような笑顔で言った。あんな顔で言われたら、どんなに怒っていても許しちゃうんじゃないの? ずるいぞ、聡士。
すると静香が、ビクっとして柚葉ちゃんを見た。そうか、柚葉ちゃんをあえて無視していたのではなくて、気づいていなかったんだ。そもそもボクが知っている静香なら、気づいているのに無視をするというそんな七面倒くさいことはしない。
まっすぐピシャンでまっすぐドカン。
腹芸しません。外見が良いからそっちに目が行きがちだけど、才能があるだけではなくて、さらに努力を重ねてしまう。正々堂々できるだけの実力を持っている
そんな静香に見られた柚葉ちゃんの緊張が伝わってくる。
柚葉ちゃんは1年生。ボクらの1学年下。
それが2年のこんなに綺麗で怖い静香に睨まれて。
怖いだろうな、柚葉ちゃん……。
横から見ていたから気が付かなかったけど、聡士を盾みたいにしてたから静香に気づかれなかったんだ。ボクは二人の初顔合わせに遭遇してしまった。
静香は言葉を失っている。
そんな顔すら綺麗だよ。
「ごめんなさい。聡士先輩」
聡士の後ろにいた柚葉ちゃんが小さな声で聡士に言う。なんと上目遣いだ。申し訳なさそうに言うあの破壊力、聡士は耐えられるのか?
「あ、うん。大丈夫だよ」
耐えられそうになさそうだ。緊迫感から逃れるためなのか、かなりの笑顔を柚葉ちゃんに向けた。
静香の表情がこわばる。
怒れば怒るほど綺麗になるのは昔から変わらないね。
あの顔で怒られると、ダメージがかなり来るんだよ。
ボクはそれからよく逃げていた……。
だって怒られるの、嫌じゃない?
特に静香は綺麗だから怖いんだよ。
「えっと、その……」
聡士が困ったように言葉を止める。
それを静香は黙って聞いている。そして聡士をじーっと見つめる。
怖いな。
ボクじゃなくてよかった。
「言いにくいんだけど……」
聡士が何を言おうとしているか知っているから、聡士の気持ちもわからなくもない。
「好きな子ができちゃったんだ。別れてくれないかな?」
聡士は笑顔で言った。
すごいな。ボクなら言えない。
でも、聡士は言った。これ以上ない笑顔で。
聡士は静香に『付き合ってくれ』と言って、『別れてくれ』も言うことができた。
ボクにはない勇気だ……。
ボクを差し置いて静香と付き合うなんて何様だなんて思ったことを反省するよ。聡士、君はすごいヤツだよ。と心の中で思ってみる。
次に会った時に聡士に言おう。絶対に言う。
「あの……」
柚葉ちゃんが思い切ったように口を開いた。
「すみません! 私……、ずっと静香先輩に憧れていたんですけど……」
柚葉ちゃんの声が裏返っていた。静香の圧から逃れて声を出したんだから、その勇気を称えたい。
「その……、聡士先輩、私のこと……、好きって言ってくれて……」
ボクの心がチクっと痛む。
聡士から相談を受けてて『好きな子がいるんなら好きって言えば』とボクは言った。でも『付き合っている子と別れてから』と言ったんだけど、そこは少しだけ順番が悪いね。
「静香先輩は頭も良いしスポーツもできて歌も美術もなんでもできて美人だし、私なんて足元にも及ばない感じだし……」
ホント、静香はなんでもできるんだよね。だからボクは告白しようという勇気が持てなかった。
「私なんかより、ずっとずっと素敵な人なのに……」
そんなことないよ、柚葉ちゃん。キミだって勇気のある素敵な子だよ。ここでのぞき見しているボクよりも何十倍も勇気あるから。
「なんで聡士先輩がこんな私のことなんて好きって言ってくれるのかわからないんですけど」
……柚葉ちゃん。それ以上言うのは、さすがにやめてあげて。
「ほんっと~にゴメン!」
さすがに聡士が止めた。柚葉ちゃんの言葉を遮るように手を合わせて謝っていた。
静香は能面のような無表情でそれを聞き続ける。
その様子を見ていたボクは、怖いと思った。
「わかったわ」
凛とした声で静香は言った。
「さようなら。お幸せにね」
歌うような声だった。妙なる調べとでも言うのだろうか。彼女から出てくる声には切ない響きがあった。
綺麗な綺麗な静香から、綺麗な綺麗な言葉が紡がれる。
聡士に向けられた言葉のはずなのに、ボクに向けられたような痛みがあった。
別れの言葉が、魂にぐっさりと刺さる。
そして、静香がひとりで凛と立つ姿は、やっぱり美しかった。
キミは今でもひとりで大丈夫そうに見えてしまうんだね。
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