008 無双の閉幕と新たな旅路
『はっきよーい、残った! って言ったら』
「グレイアァァッ!」
「変質者ァァァァッ!」
俺の『累乗』で威力を進化させた拳と、グレイアの鋼の剣が、交錯する。
俺の戦いは、これからだ。
――バギィッ!
「へ?」
間抜けな声を漏らしたのは俺の方だった。
俺の拳が、グレイアの剣にヒビを入れた。
次の瞬間、
「な――」
グレイアが端正な顔に焦りと怖気を刻むと同時、彼の身体が、その場から消えた。否、正確には、俺の目の前からフェードアウトしたのだ。
物凄い、勢いで。
そのまま、彼は城の壁にめり込んだ。
凄まじい衝撃音に次いで、パラパラと瓦礫が散っていく。
『勝者、ルゥトさん』
麗しき精霊ことニヴルさんが左手を挙げ、俺が勝利した旨を発した。
勝敗は、決した。
「まじか」
俺は呆然と呟いた。
「グレイア……!」
王女様が、騎士のもとへ駆けつける。
「姫、様……」
瓦礫に埋まっていた顔を出し、今度はやや曇りがちの笑顔を向けて悔しそうに言う。
「負けて、しまいました」
「いいのよ、そんなの……。あなたが無事で居てくれたら、わたくしは……」
ピンク色、というよりは暖かなひと時。主従を超えた二人の男女の想い、それが彩る尊き情景が、そこにはあった。
「一見落着ってことっすかね」
俺は腕を組み、彼らを見守っていた。依然、パンイチのままだが。
『ルゥトさん。あなたは彼らにとって大切な青春という名の物語……その一ページをめくるきっかけを与えました』
「そんな大層なこと、したつもりはねぇよ」
『それでも、何だかんだあなたが良いことをしたのは事実です。ただ復讐に駆られてドヤァと無双したかと思えば「え、何かしました?」的なセリフをほざく連中とは大違いです』
「ニヴルさんも、色んな奴を見てきたんだな」
俺と精霊は老夫婦のやり取りをして、その場で青春の一ページとやらを静観していた。
ふと、桜の花びらが散ったのを見て、俺は柄にもなく微笑んだのだった。
◆◇◆◇
あれからすぐに、王女様と騎士は俺に頭を深々と下げて冤罪の撤回を述べ、代わりに真犯人であるイネクスを太い縄で縛って牢獄へと連れ込んでいった。
拘束し、連行したのは当然、想い人を穢されかけた騎士グレイアだ。
ボロボロの身体で連行されていく哀れな男に、しかし、俺はもう「去ねクズ」と呼びかけることはなかった。
だって、あいつとの因縁は終わったのだ。
俺もいい加減、服を纏う一方で心は一皮剥けたということだ。
そして、暫くの間、お詫びということもあって俺と精霊ニヴルは王城での生活を謳歌した。
特に広大なお風呂は最高だった。俺とニヴルさんは共に全裸で存分に浸かった。超級ダンジョンでマグマ風呂を共に浸かった仲なので、お互い恥は感じなかった。
ニヴルさんの、透き通るような水色の髪が張り付いたたわわな胸、鮮やかな桃色を頂に据えたその双丘をはじめとした白磁の素肌も、最高だった。
そうして共に過ごし、夜は互いに酒が入っているのもあって男女の一線を越えつつ、王城の豪奢な客室で過ごす何度目かの二人の夜で、俺は俺の胸元に顔を埋めるニヴルさんに言った。
「俺さ、旅に出ようと思うんだ。あなたが宿してくれた『累乗』、それがどこまで通用するのか試したいんだ」
『いいですね、是非、私もお供させてください』
互いに互いの心の裡が分かるようになっていた俺達は、お互い同じようなことを思っていたらしい。
やがて数日の時が流れ、俺とニヴルさんは正門の前で王女様とグレイアの二人に見送られていた。
「お力は認めておりますし、姫様と交際をするような仲になれるきっかけをくれたことにも感謝しております。しかし、どうしてかあなたを心の底から認めることは何故か出来んのです」
ぐぬぬ、といった効果音が出来そうなほど顔を顰めてそう言うグレイアに、俺は「ははは」と笑い、
「それでいいんだよ、騎士様。俺みたいな軽薄で半端な者まで恩赦で認めちゃあ、国を代表する姫様を守るなんていう大層なお役目は手に余っちまうってもんだぜ」
「なるほど、ではそのように心がけることに致しましょう。ありがとう」
「お、おう」
すんなりと彼の口から感謝の言葉が出たことに驚いたが、次いで手を差し出されたことにも重ねて驚く。
だが俺は鼻息を吐き、高貴な服で手をゴシゴシとしてから握手した。
「道中、お気をつけて」
「お前の方こそ、恋路という名の道中でヘマやらかすんじゃねぇぞ」
互いに微笑み、がしっ、と肩を叩いて男同士の友情を咲かせた。
「あ、だけど夜の営みはもっと静かにやりなさいよ? ほら、その……毎晩お声が響いてて」
「なっ、そ、それを今ここで、そしてよりにもよってあなたが言いますのっ!?」
横槍を入れる形で叫んだのは王女様だった。
「言っておきますが、あなた方の喘ぎ声も物凄く響いていたんですからねっ!」
「マジか」
「大マジですわっ!」
ぼんっ、と何かが噴き出る音がした。
『声が漏れていたなんて……恥ずかし過ぎます』
ニヴルさんだった。
俺は、しゃがみこんで茹で上がった顔を膝に埋めている精霊様に手を差し伸べ、
「生物としての本能、それに身を委ねて少しは感情豊かになったんじゃねぇの? 今のニヴル、人間らしくてより一層可愛くなってるぜっ」
歯を見せてサムズアップ。
ニヴルさんは、
『全然、カッコよくなんてありませんよ』
「がーん」
と言いつつも、俺の胸元をぽかぽかと叩いてくるあたり、本当に可愛い少女だ。
と、そんなやり取りをしているうちに馬車が来てしまった。
「さて、では征くとしますかね」
俺は大きな鞄を担ぐ。
「本当に、ありがとうございましたわ」
「礼には及ばねぇって。俺もあんたらも、無事に自分たちの物語を歩むことが出来ている……そのイカしたシナリオに、俺は万々歳だよ」
個人的には良いと思ったセリフで締めくくり、馬車に乗り込む。当然、ニヴルさんに手を差し伸べることも忘れない。
「お元気で」
「また会いましょうっ」
騎士と王女の初々しいカップルは、にこやかに手を振る。
「ああ」
『お二人も、末永くお幸せに』
俺とニヴルさん――無職と精霊のカップルも、元気にぶんぶんと手を振って別れを告げた。
「そうだよな、俺ってギルド追放されたから無職なんだよな」
旅路に踏み出した馬車の中で、割と大きな問題について言及する。
『王女様の手配で、今ギルドに戻っても問題は無いと思われますが』
「それもそれで気まずいし、かといって今更他のギルドに入るのも面倒だしな……」
どうするべきか、と漏らして暫し思案していると、ニヴルが、ふと思いついたようにして言った。
『魔法学の教師、なんていうのはどうでしょうか』
「俺が?」
『はい』
一瞬冗談かと思ったが、俺を真っ向から見つめるニヴルさんの目は本気だ。
「一応聞くけど……何で?」
『まず、ルゥトさんは面白いお方です』
「……それで?」
『身体を張って道を示す。その生き様が、後続を育てるに相応しい器であり姿勢だと思ったのです。後は、その……情事に耽る際も、手ほどきが未体験ながらにお上手でしてので』
「最後は関係無いだろ! いや、少しはあるかもだけど! 改めて言われると恥ずかしいなオイ!」
いや、しかし、教師か。
大変という言葉では決して言い表せないほどの過酷さを秘めているだろうが、それでも挑戦してみる価値はあるかもしれない。
やる前から恐れているより、やって確かめた方がずっといい。
「そうだな。魔法学の教師として、立派な魔術師を育てるのもいいかもしれねぇな。『累乗』のルゥト先生。いい響きだぜ」
『はい。ルゥトさ――いえ、ルゥトならきっと、務まりますよ』
「お前が言ってくれるなら間違い無しだぜ、ニヴル」
信頼と親愛の情を、言葉だけではなく唇を貪り合い、熱に乗せて交わす。
俺は、教師になる。
ろくに学べなかった魔法学をみっちりと勉強して、濡れ衣を着せられて超級ダンジョンに投獄されるような奴をこれ以上出さないために、強くて賢い若人を育てるのだ。
俺とニヴルは同時に唇を離し、熱と糸が余韻を示す状態で、囁くように愛の言葉を交わす。
そして、
「だがまずは旅を満喫しなきゃな」
『はい。超級ダンジョン、マグマ風呂巡りツアーですっ』
馬車の御主がぎょっとして俺達を振り向いたが、当の俺達は気にすることなく身を寄せ合って、過ぎる景色を眺めていた。
どん底に突き落とされたとして。
では果たして、深淵に待つのは絶望しかないのだろうか。
いいや、違う。
足掻けば、抗えば、希望の灯火はいつか光り出す。
暗闇のどん詰まりに追いやられても、その先で運命的な出会いがあるかもしれない。
努力と考え方次第で、再び世界の見方がぐんと変わるかもしれない。
俺が、それを、身をもって証明してみせた。
決意も覚悟も何もかも、掛け合わせて――それこそ一つの意志を累乗してしまえば、どこまでも強くなり、己を奮い立たせてくれるのだ。
俺は『累乗』使いのルゥト。
パートナーはこの世で最も美しい精霊。
これが、そんな二人が自由気ままに世界を闊歩する、どこにでもありそうでここにしかない物語だ――。
《完》
《「ハネムーン編」や「教師編」があるかもしれないが、とりあえず、完》
1000回蘇生記念で精霊様がチート魔法『累乗』をくれた件〜王女を夜這いしたとの濡れ衣を着せられた俺は超級ダンジョンに追放されるが、固有魔法『累乗』で勝手に脱獄して無双する。俺を神話と崇めてももう遅い。 アオピーナ @aopina
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