第20話
「こっちが胃袋かな……、これは膵臓?高く売れるのってなんだっけ。」
内臓を分別しながら何とか全て取り出し終えたころには体中が汗でびっしょりと濡れていた。内臓が抜けた流氷グマのお腹はぺっしゃんこになっていて子供なら2,3人は入ってしまいそうだ。
胃袋は若干膨らんでいたが中を確認するのが怖かったのでそのまま凍らせて布で包んでしまった。人とかが入っていませんように……。
内臓の布包みたちに煤で作ったインクを使い、番号を振っていく。これでまた掘り起こしたときにどんな内臓が埋めてあるのかわかるだろう。
内臓たちを埋め直し、また土を被せていく。他の野生動物たちが掘り起こさないようにしっかり埋める。それが終わったら流氷グマを浮かせてそりの中へ移していく。
「これ、魔法が使えなかったら一人で運ぶことなんてできないな。」
俺が魔法を使えるから浮かせてそりに乗せ、強化魔法を身体にかけて人力で引っ張って運ぶだなんて力技が出来るけど普通だったら無理だ。
解体中の重労働で汗だくになり、内臓を処理していた時についた血や脂で衣服がぐしゃぐしゃに汚れてしまった。これを着たまま帰るわけにはいかない。着ていたシャツもズボンもまとめて脱いで空中に浮かせた水球の中でざぶざぶ洗い、水は捨てて、衣服を風魔法で乾燥させる。
使用人たちと魔法の練習がてら洗濯物を魔法で行っていたから洗濯で使う魔法は得意になった。
いつもの洗濯ならいい匂いがするハーブも一緒に水球に入れて洗うんだけどどうせこの後家まで流氷グマを運んでまた汗びっしょりになるから水で洗うくらいで済ませておこう。
さっきよりはずっと綺麗になった服を着て、流氷グマがそりから落ちないようにするための荒縄をかける。しっかりと荒縄が流氷グマとそりの突起に結びついているのを確認してから身体強化魔法を体にかけるとそりの縄をしっかりとつかんで肩に背負い、ぐっと引っ張り始めた。
「重たいな!?身体強化魔法をかけてるのにこんなに重たいの?本当に俺じゃなかったら一人で運べないかも……。」
身体強化されているのにずっしりと感じる流氷グマの重み。それでも強化した身体なら運べない重さではなかったからゆっくりと運んでいく。途中でそりの重さに縄が耐えられなくなり、荒縄がちぎれて持ち手が外れてしまったり、倒木のせいで大きく迂回することになってしまったりと様々なことがあったが何とかブルフロッグ牧場まで戻ってくることが出来た。
「とりあえず休憩しよう……。」
小屋の脇にそりを置いて、外の水桶から手で掬ってがぶがぶと雪解け水を飲む。ここの水桶は岩場から湧き出る雪解け水を大きな岩を削って作った水桶に流れるようにして作ったものだ。
水桶からあふれ出した雪解け水はそのまま流れ落ち、流れに沿ってブルフロッグたちのいる牧場の沼地へ流れ込むようになっている。
「はぁ……落ち着いた。でもちょっと休んだらすぐに出発しないといけないな。もうあんなに日が落ち始めてる。」
春とはいえまだまだ日暮れは早い。うかうかしているとあっという間に日が落ちて夜になってしまう。夜の森は危険すぎるから早く帰らないと。
小屋の中にあった背負い籠を背負い、プリングベリーやハーブの束、モンサの干物がしっかり入っていることを確認してからそりを引くための荒縄を手に取った。
「まぁ、ウォル!大丈夫なの!?ちょっと!誰か来てちょうだい。ウォルの手伝いをしてあげて!」
なるべく急いだけれどやっぱり時間がかかってしまって森から出られたのは日がもう完全に落ちてしまう寸前のこと。そこから家に向かってそりを引きずっていると、どうやら帰りの遅い俺を心配していたらしいフェルナ姉さんが屋敷の前で待っていてくれた。
ゆっくり近づいてくる俺を見つけて屋敷に向かって大声をあげてくれた。姉さんは俺に近づくとびっくりした顔で俺の背負い籠を受け取ってくれた。
「ウォルったらこんな大きな魔物を狩ってきたの?大変だったでしょうに。お腹は減ってない?大丈夫?」
「大丈夫だよ、フェルナ姉さん。あ、その籠の中にプリングベリーとモンサの干物、あとはいくつかハーブの束が入っているから調理場に運んでもらってもいいかな。」
「ええ、いいわよ。あら、エイギットと…あれはパウルかしらね。二人とも!こっちよー!ウォルが運んでいるの、手伝ってあげて!」
ランタンを持って駆けてきてくれたエイギットと使用人のパウルは俺の運んでいる流氷グマの大きさに酷く驚いていた。
パウルなんてぽかんとした顔で流氷グマを見上げており、口が開きっぱなしだ。
「これは……本当にすごい。ウォルター様、これが例の流氷グマですか?」
「そうだよ。仕留めたところがちょっと遠くてね。運んでくるのに時間がかかったんだ。」
「そうでしたか。これでは確かに運ぶのは大変でしたでしょう。言ってくだされば手の空いている使用人をついていかせましたのに。」
「でも森の奥の方だからみんなで行っても危ないと思うよ。」
エイギットとそんな会話をしていると流氷グマを見て放心していたパウルの意識がこちらに戻った。
「……はっ!あの、ウォルター様。俺も運びます。縄を持った方がいいですか?それとも後ろからそりを押した方がいいですか?」
「後ろから押してくれる?」
「わかりました。」
パウルは普段重たい荷物を運んだり、屋敷内の重労働に従事していることもあって力が強い。大人二人分の力も加わってそりを引くスピードはグッと上がった。屋敷の表に流氷グマを置いておくわけにはいかないから裏の調理場と備蓄倉庫の陰になるところに運んでいく。
あたりも暗くなってきて明かりはフェルナ姉さんが持ってくれるランタンだけ。それでも何とか運び終わって改めて見た流氷グマは本当に大きかった。
「肉の解体や毛皮を剥ぐのは明日にするよ。確か兄さんは明日俺と狩りに行く予定だったよね。」
「はい。それでは明日の解体はパウルにも手伝わせましょう。この大きさではお二人だけではずいぶん時間がかかってしまいます。」
「はい。お任せください!」
パウルの元気な返事を聞いて思わず笑顔になる。パウルは優しい性格で俺がまだ狩りに出る前の頃、空腹でじっとしている俺を見つけては自分の食事からパンやチーズなど少しでもエネルギーになるものを分けてくれた。自分は体が大きくて普通の使用人より食事の量に恵まれているからと言って差し出された食べ物に飛びつく俺をずっと陰から助けてくれていた。
俺が狩りに出るようになって、元気になったことを一番喜んでくれたのもパウルだ。だから俺はパウルのことが大好きだ。
「じゃあ、パウル。明日はよろしくね。」
「はい、ウォルター様!」
流氷グマに布をかけて日差しから守り、明日の予定を少し話し合ってからエイギット達と別れた。フェルナ姉さんが背負い籠のものを運んで処理をしておいてくれると言うのでお願いして俺は風呂にむかった。
次の日バルド兄さんと二人で午前中だけ狩りに行った。ラゴポスと呼ばれる雉の仲間で帝国内ではこの辺りにしか生息していない鳥が目的だ。鶏より一回り大きく、冬の間も雪の中で餌を探して動き回るため肉は筋肉質で弾力がある。またブラン苔という雪の下に生える甘い苔が好物でその身にはたっぷりと甘く爽やかな脂が乗っている。
狩りはうまくいって雄と雌が合わせて3羽も取れた。午後には流氷グマの解体作業があるからその場で下処理をする。肛門周りを傷つけないように腹を裂き、内臓を取り出したら食用にならない部分を捨てて、痛まないように雪を代わりに詰め込んでおく。
「よし、じゃあ帰ろうか。」
「うん。急いで帰ろう。」
背負っていた籠にラゴポスをしまって急いで森から帰った。屋敷について裏手に回り、狩りの獲物を解体する用の小屋へ向かう。解体小屋は半分地下室になっていて解体した獲物の肉を熟成させたり、簡単に毛皮の加工などをする作業台などがある。
「ウォル、ラゴポスはとりあえず雪樽の中にいれておけばいいのか?」
「うん。雪はあまり被せなくていいよ。ラゴポスを重ねてその上から雪を軽くかけるくらいで大丈夫。」
「分かった。やっておく。」
バルド兄さんがラゴポスの熟成処理をしてくれている間に流氷グマの解体準備をする。よく研いでおいた切れ味の鋭い解体用ナイフ。毛皮をうまく剥ぐための特殊な毛皮剥ぎナイフ。どちらもきちんと手入れされていて丁寧にたたんだ布の上に置かれていた。パウルが準備しておいてくれたんだろう。
大きな桶に水を溜めてナイフの血脂を落とせるようにしておく。適当な布や肉を包むための油紙や空の桶もいくつか用意した。
あとは毛皮を張っておく板を用意したかったけど多分大きさが足りないからどうしようかなぁ………。
仕方ないので毛皮は流氷グマを運んだそりをひっくり返して底板に貼り付けよう。
そうして準備を整えたらバルド兄さんの方も終わったらしい。道具を持って小屋の外へ出るともうすでにパウルは外で待っていた。
「バルド様、ウォルダー様、お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「いや、大丈夫だ。さてパウルも来たし早速だが流氷グマの解体を始めようか。」
「はい、兄さん。」
腹ペコ魔法使いの美味しい辺境生活 @annkoromoti
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