第19話

「今日のスープはうまくいったな。」




大満足の昼食を終えて鍋や食器を洗い、よく乾くように竈の上の棚に軽く立てかけておく。


お腹がいっぱいになってエネルギーが補充されたので体の隅々まで魔力が満ちている。




これなら埋めてきた流氷グマを一人で掘り起こせるかな。


辺境伯が滞在していた期間も含めるとかなりの日数が立っているからそろそろ回収しないと。


いくらしっかり氷漬けにしてあるとはいえそろそろ毛皮や内臓などが痛んでもおかしくない。




でも今日は狩りもしたいし……。いや流氷グマの肉も確か食べられるはずだから今日の肉は流氷グマの肉にしよう。




「流氷グマを運ぶなら結構大きめのそりがあったほうが楽かな。」




この小屋には多少の木材が置いてあるがこれは小屋の補修用だったり、棚やテーブルを作ったときの端材なので今回のような運搬用のそりを作るには向かない。そりが作れるくらいの木材はブルフロッグの牧場小屋にあるから牧場に戻ろうか。




「モンサの干物も持って帰ろう。」




さっきの箱の中に入っていたのはモンサと呼ばれる川魚で作った干物。


この魚は体長30~40㎝の身が厚い白身魚で黄色い背びれと縦じまの黒い模様があるのが特徴だ。この辺りの村ではよく食べられている魚で一般的には香草焼きにして食べる。




領民にとって貴重な食料だし、冬前の備蓄にも使われるから毎年この魚が十分に捕れないと冬越しに大きな影響を与える。


領地の中に流れている川の上流はこの森の中にあるので俺は時々川に異変が起きていないか巡回にいく仕事を時々父さんから任されることがある。


本当は父さんも行きたいんだろうけど森の中は危険だし、父さんは当主だから他の仕事もあって忙しい。俺なら狩りの仕事中に巡回できるしね。




モンサの干物はハーブと塩で作った燻製液に一日漬け込んでから日陰で乾燥させる。


それから半日燻製にして、天日に三日干すと完成だ。作り方が簡単だしここでたくさん作れるので毎年大量に作っては家に持ち帰っている。




手に取った干物はカッチカチだ。水分はもうほとんどないから長期保存が出来る。料理に使うときには水で戻してからスープの具に使う。


減ってしまった家の食料備蓄の足しに少しでもなると思うから残っていた干物をまとめて布で包む。背負い籠に入れて運ぼう。




「忘れ物は無いな。よし、流氷グマの回収だ。」




小屋を出て牧場への道を戻る。道中にあったハーブの枝を折って束にして背負い籠の中に放り込む。辺境伯のおもてなしでかなりの種類の備蓄が減ってしまったから補充できるものは片っ端から回収しておかないと。




ハーブやこの時期に取れるプリングベリーを摘み取りながら牧場にたどり着いて荷物を降ろす。プリングベリーはこの時期にしか取れないベリーの仲間で夏に取れる他のベリーたちとは違いかなり粒が大きく、一つ一つの大きさが親指の先ぐらい大粒なのが特徴だ。




見た目は薄い灰色で皮が少し薄い。味はさっぱりとした甘みでしゃくしゃくとした食感が楽しい。ジャムにするのはあまり向かないからエレナ姉さんはよくサラダに使う。




あまり甘味が強くないのでスライスしてオイルと塩とハーブ、それとヤギチーズを崩して和えたサラダを作ってくれる。さっぱりしたベリーの甘味とヤギチーズのクリーミーさがとても良く合う春の定番サラダだ。




プリングベリーは生えているのが魔物除けの茂み近くなので他の動物たちに荒らされることはあっても魔物に襲われる心配が少ない。


採集するときは困らないけど群生地にたどり着くまでが危ないからほとんど俺の独占状態だ。




採ってきたベリーがこのままだと潰れてしまうので少し小さめの籠に移し替えて小屋に置いておく。帰るときに忘れないようにしないと。




小屋の材木を使ってそりを作る。流氷グマを運ぶときに落ちないように箱型のそりにしよう。幸い木材は足りたのでそりは完成した。載せてから縛り付けるための荒縄も積んだし、早速回収しに行こう。




とはいえ5mはあった巨大な流氷グマだ。


それを運ぶためのそりも随分巨大になってしまった。そのそりをえっちらおっちら落とし穴のところまで引いていく。


オーズィラックスを釣っていた湖を通りかかり、様子を見てみると湖の氷はだいぶ薄くなり、この間のように氷の上で釣りをするのは難しそうだった。




代わりにオーズィラックス以外の魚たちも動き出しているみたいであと少ししたら氷も完全に溶けて他の獲物も取れるようになるだろう。


そりを引きずりながら湖を迂回して歩き、やっとのことで流氷グマを落とした落とし穴のある場所までやってきた。




「あらためて見てみると本当にすごいなぁ。」




流氷グマを埋めておいたこの場所は森の中でも少し奥まったところにあるので二週間以上前に埋めた流氷グマはしっかりと凍っていた。




「運ぶには一回掘り起こさないといけないか。あっ、掘り起こした後に解体しないといけないじゃん!」




運ぶことに集中していたけどこの巨体を一人で解体するのはとても大変だ。


凍っているから血液も、内臓も、下手をすれば胃袋の中に入っている流氷グマの獲物も全部残っている。


これを家まで持って帰って解体するとなるととても大変だし、何よりさすがの姉さん達もびっくりしすぎて倒れてしまうかもしれない。




「うーん……、とりあえず内臓だけ取り出してまたここに埋めておこうかな。兄さんに聞けば内臓の使い道もあるかもしれないし。もしかしたら内臓のほうが高く売れるかもしれないしな。」




でも保存状態が良くないと買いたたかれてしまうかもしれない。本当なら壺か何かに入れて保存したいけど難しい。仕方ない、そりに乗せた籠から布と油紙を取り出して準備する。




「よし、掘り起こすぞ。」




魔法を使って周りの土を柔らかくして流氷グマを少しずつ掘り起こしていく。


昔に比べて土魔法も随分とコントロールがうまくできるようになった。掘り起こすと同時に流氷グマ自体に浮遊魔法をかけて落とし穴から持ち上げていく。




体感で20分くらいかかったが無事に流氷グマを掘り起こすことが出来た。


毛皮のあちこちに土の塊がついているが流氷グマの毛皮は光を浴びて透き通るような薄青色に輝いている。




流氷グマの毛皮は氷魔法の効果がついていて死んだ後も効果が残る。


この毛皮で作る防寒具の耐寒性能は最上級で、見た目の美しさ、その効果から北部の貴族たちの中では家宝として扱われてもおかしくないものだ。




この流氷グマは仕留めるときの傷が口から頭を貫いた時のものしかないので毛皮の価値は最高級。売ればしばらく遊んで暮らせるくらいの財産にもなる。


でもせっかく自分が仕留めた獲物だ。この毛皮で大人になったときの防寒具を仕立てよう。




「でも毛皮の加工の伝手がないな。辺境伯にお願いしようかな。代わりの貢ぎ物か、同じくらい珍しい獲物の毛皮なら対価になるか?」




この大きさで丸々一匹分の毛皮が使えるなら俺の防寒具を仕立てても毛皮は余る。残りの分は姉さんたちの婚礼衣装に使ったり、兄さんの防寒具も仕立てられるかな。




そんなことを考えながら今度は流氷グマを横向きに横たえる。


上着を脱いでそりにかけて腕まくりする。気合を入れてから持って来た解体用ナイフで余分な傷を毛皮に残さないように切り裂き、内臓を少しずつ取り出していく。




完全に凍った状態だと取り出せないので腹膜の部分や切り取るときだけ半分解凍し、少しずつ内臓を分けていく。


お腹の部分に切り込みを入れた時にも感じたが流氷グマの毛皮は普通の熊の毛皮とは違い手触りが滑らかで柔らかい。


普通の熊の毛皮はかなり固くごわついているものがほとんどだ。そのためカーペットやラグ、猟師用の防寒具に使われることが多い。




流氷グマは獲物を狩るとき海中に潜ったり、泳いだりする。


滑らかなのは毛の密度を高めることで水中での抵抗を減らすためだろう。


柔らかくて手触りがいいがその毛皮の強度は魔物の中でもトップクラス。氷魔法の効果で毛皮の表面を硬化し、滑らかでつるつるにすることで攻撃を受け流してはじく仕組みになっているんだろうな。




攻撃されたときの衝撃は毛皮の下にある分厚い脂肪と筋肉に吸収される。氷の槍をぶつけた時に全くダメージが通らずに流氷グマを怒らせただけだった理由がよくわかる。




「本当にっ、重ったいな……。」




毛皮の下の脂肪は本当に分厚く、7㎝はあるだろう。何度も刃を入れているうちに脂肪の脂がべったりと張り付き、白っぽく鈍っていく。




切れなくなるたびに布で丁寧に脂をふき取らなければあっという間に使えなくなる。


ずっしりと重い腹の皮を持ち上げながら内臓を種類ごとに分けて油紙で包み、さらに布で包む作業を黙々と進めていった。


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