『Dear K』
八重垣ケイシ
『Dear K』
「奇妙な手紙が届いた。白い封筒には切手も消印も無い。家に帰宅したときにポストの中に入っていたのを見つけた。ということは昼間、俺が留守にしている間にうちのポストにこの手紙を入れた誰かがいる。封筒の表には『Dear K』と書かれているだけ。表、裏とひっくり返して見てみるが、他には何も書かれてはいない。差出人の名前も無い。俺には英語で手紙を送るような知り合いなんていないんだが、加えて俺のイニシャルにKの字は無い。なんだこの手紙は? いったい誰が誰に送った手紙なんだ? うちのポストに入っていたのだから、俺宛てか? 中身を見れば何か分かるかもしれない。胡散臭いものを感じながらハサミで封筒を切り中身を取り出す。折り畳まれた紙を広げて見れば、そこには、」
「こんや、12じ、だれかが、死ぬ」
「殺害予告が出てきた!? 雪に閉ざされたペンションか? いきなりなんだ?」
「いきなり送りつけられてくる手紙となれば、殺害予告か怪盗の予告状か不幸の手紙だろう」
「いや、ラブレターというのもあるかもしれないぞ」
「なんだ、今回のお題は順調に書いているのか?」
「それが試しに書いてみただけで、ここからどうしたものかと悩んでるところだ。お題は『Dear K』だから、『Dear K』と書かれた手紙が届いた、という始まりかたでやってみたんだが」
「『Dear K』か。英語の手紙の定型文、親愛なるKへ、というヤツか」
「なので謎の手紙から話が広がらないかな? と」
「なんだか今回は漠然としてるな」
「季節や天気や雰囲気に関わるものが無いからな。これって、親愛なるK、という人物が出てくればいいのか?」
「K、というのが何者か。謎の手紙が届き不審に思いKという人物のことを調べる。するとこれまで気がつかなかったある真実を知ってしまい、主人公は深みへと嵌まっていく。ホラーかミステリーかサスペンスか」
「まさにそういう出だしを書いてみたところだ」
「その場合『Dear K』は発端となるが、タイトル回収としては弱い。物語は最後まで読み終えてタイトルを見直したときに、ストーリーと繋がるものを感じられるのが良いタイトルになる」
「そうなると、オチで『Dear K』に繋がらないといけないのか?」
「タイトル回収という点で見ると前回の『凍えるほどにあなたをください』では、野々ちえって人の恋愛ものの短編は素晴らしかったな」
「あー、あれはお題のフレーズが本編に出てきたところで、上手いなあって唸っちまった」
「お題で書く、というのは序盤でタイトル回収するとこうはならない。落語の三題噺でもオチで絡めることでウケるわけだ。歌で言うなら出だしでは無くサビのところでタイトル回収して上手く嵌まると、読む人はそうきたか、と感心する。その見本のような作品だったな」
「ということは『Dear K』もオチで『Dear K』に繋がる何かが無いといけないのか」
「『Dear K』という手紙が届くことが事の発端ならば、主人公がラストに『Dear K』で始まる手紙を書くとかな」
「ん? それ、何がどうしてそうなる?」
「実は『Dear K』で始まる手紙は主人公のところに届いた不幸の手紙だった。主人公は不幸の手紙の災いから逃れようと不幸の手紙を書くことにした」
「『Dear K』が新しい都市伝説みたいになってきた」
「ちなみに不幸の手紙はもともとは幸福の手紙だった。同じ文面で三人から五人に手紙を送れば、あなたのもとに幸せが訪れる、というものだった」
「それがなんで不幸の手紙になった?」
「幸せってのが、他人の不幸は蜜の味ってことだったのか? 誰が幸福を不幸に逆転させたか分からないが、幸せになるおまじないの手紙を書くよりも、オカルトの持つ強迫観念から不幸の手紙を書く人の方が多かった、というのもあるんだろう」
「なんだか、まるで人を不幸にするのが幸福みたいなのがモヤッとする」
「マジメなヤツだな。さて、さっきの試しの手紙の話だとKという人物が何者かを探るのがストーリーになる。となるとKの設定が重要か」
「いなくなった人物を探っていると不思議なことに巻き込まれていく、というのはありがちな話かな?」
「ホラーやミステリーでは、遺された遺書から始まる展開は事件の発端として使いやすいか。探っているうちに死んだと思われた人物が生きていた、というのもアリか」
「事件に巻き込まれて死んだと思われていた。しかし実は人里離れたところでひっそりと生きていた。貴重な事件の生存者の証言者の発見だ」
「しかし、発見された彼は既に人とは言えない不気味な怪物と化していた」
「ミステリーからホラーに! 何があった!?」
「Kという人物、と言ってはいるが別に人で無くてもいいだろ。人間じゃ無くなったから死んだと見せかけて失踪していた、なんてのもアリだろ」
「もとが人間の怪物ってどんな?」
「こういうのはクトゥルフ神話とかでやりやすい展開か。『インスマスの影』では半魚人だったが、Kはどんな怪物かな? もしかしたら朝は四本足、昼は二本足、夕には三本足になる生き物かもしれない」
「ひどいバケモンだなK」
「他にもKが、人が作ったロボットとか人工生命でもいい。人工生命の実験体のサンプルナンバーがKとか」
「その場合『Dear K』の手紙を書いたのは、Kを作った研究者か?」
「遥かな未来、地球上の人類は過酷な環境の中で滅び、地上に生きるのは人工生命のKとその仲間たちだけになっていた。そこでKはかつての産みの親が書いた手紙を発見する」
「壮大なSFになってきた。でもKが何者でもいいとなると、ペットでもいいのか。ご主人の飼ってる犬か猫の名前がKとかもアリか」
「それで思い出した。SFでいうと『暗殺者は方舟に乗って』 著者は、古代 紫。これは猫が主役の小説だ」
「その猫の名前がKか?」
「違う。Kは主役の猫の目的の人物だ。遥かな未来、人が滅んだ世界で文明を築いているのは犬と猫だった。犬族と猫族は、自分達こそが人類の叡知を受け継ぐ後継者であるとして、地上の覇権を争い、長く戦争をしていた」
「犬と猫で戦争? 地上の覇権? どうしてそこまで進化した?」
「犬と猫の知能を高める研究をかつての人類がしていたから。で、犬族は長い戦争に終止符を打つべくタイムマシンを開発する」
「タイムマシン作っちゃった? 犬が?」
「作れちゃった。犬だけど。そして犬族はタイムマシンで過去に暗殺者を送り、猫の知能を研究する科学者を殺して歴史を変えようとする。猫が知性を得られず犬だけが人の恩恵を得られたなら、未来の地上は犬族が支配できる」
「変な小説もあるもんだ。未来から来た犬の暗殺者って」
「猫族は犬族の計画を阻止すべく、一匹の猫がタイムマシンで過去に行く。狙われる科学者を守る為に。この科学者というのが猫族に伝わる『二つのK』を持つ者だ」
「二つのKってことは、イニシャルがK・Kか?」
「そのK・Kを殺そうとする犬と猫族の未来の為に守ろうとする猫、種の存続を賭けた戦いの物語だ」
「デカイ話だけどその戦い、見た目は犬と猫のただのケンカだよな?」
「ちなみに犬の戦士も猫の戦士も、見た目はただの犬と猫だが未来の超科学で改造された戦闘サイボーグだ。サイボーグ猫とサイボーグ犬が現代人に見られぬように、都会の闇で激闘したりする。これは犬猫版のターミネーターという感じの話か」
「跳んでる設定だなあ」
「イルカの知能を上げよう、なんて研究は実際にあった。そういうのがもとネタかな?」
「水族館のイルカショーとか見ると、イルカって賢いな、とは思うけど。生物の知能の研究か」
「重量だけ見ればイルカの脳の方が人の脳より重量はある。まあ、人間的知性は脳梁の重量や表面積では分からないが、もしかしたらイルカの方が人より賢いのかもな」
「イルカの知能を上げようって、イルカに言葉を教えて会話をしよう、とか? イルカと話ができたらおもしろそうだけど」
「イルカの知能の研究はもっと現実的だ。イルカのソナー能力を活かして敵国の潜水艦を見つけたりとか、魚雷に体当たりして味方の潜水艦や船を守らせようとか」
「悲惨な話が出てきた。いやロケットの研究も、もとはミサイルの研究だったわけだけどさ。イルカに魚雷に突っ込めって」
「機雷に突っ込ませるとか、爆弾を身体に巻き付けて敵の船に体当たりさせるとか。軍事利用が目的だと資金集めもしやすいのが人の社会の一面か」
「動物愛護団体が黙ってないだろそれ」
「話を戻して、『Dear K』というお題だとなんでもアリになるか。その分、タイトルを効かせるのが難しいお題なんじゃないか?」
「いっそのこと主人公の名前を『Dear K』にしてしまうか。それなら、Dear Kの宇宙開拓史とか、Dear Kと賢者の石とかやれるか」
「いいんじゃないか? ちなみに機動戦士ガンダムSEEDに出てくる金髪褐色の男でディアッカ・エルスマンというのがいる。女性に人気があって、人気投票では主役の二人に続いての三位だ」
「本当にいたよ、Dear K(A)」
『Dear K』 八重垣ケイシ @NOMAR
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