新約 モモタロウ

白林透

新約 モモタロウ い〇がわ風味

昨今は結婚の平均年齢が随分と高くなっているそうですね。

30代での結婚も多い世の中で、それはもう晩婚ブームと言いますか、「別に子供なんていらないよ」なんて人も多いと聞きます。

ええ、時代でしょうか。

しかしまぁ、それは今の価値観の話で、大昔おおむかしには12になれば「成人だ、子供を生め」なんて時代もあったそうですよ。


さてさて……、そんなむかぁしむかしの話なんですがね?



とある山に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

このおじいさんとおばあさん、星のめぐり合わせが悪かったんでしょうか、若くして結婚したものの子宝こだからに恵まれなかった。

家業かぎょうのほうも、歳を重ねるにつれてきつくなってくる。


もうおしまいだ、なんて空気さえ流れていたある日の事でしたよ。


いつものように、おじいさんは山へ芝刈しばかりに、おばあさんは川へ洗濯せんたくに向かいました。

ろくに整備されてない、二人だけしか通らない獣道けものみち

そこをえっちらおっちらかき分けてくだって行くと、それはもうきれいな水の大きな川へ出る。

そこで洗濯をしたり、水をんだりするのがおばあさんの日課にっかだったんですねぇ。


ああ、今日も水が冷たいねぇ、晩御飯ばんごはんは何にしようかねぇ、なんて考えながらじゃーぶじゃぶと洗濯物を洗ってますとね、川上かわかみの方から、


どんぶらこ~、どんぶらこ~、


と、それは大きなももが流れて来るんだ。

おばあさんは「あっ!」と驚いて、でも次の瞬間には川に両足を浸してたんですね。


ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃ、


何だかわからないけど、あの桃を拾わなきゃいけない、咄嗟とっさにそう思ったんですね。

捕まえた桃はお婆さんが両手を広げても手が回らないくらいの大きさで、普通なら到底、一人で運べるもんじゃない。

けれど不思議な事にこの桃、なんだかに軽かった。

おかげで、洗濯物そっちのけで、何とか家まで運ぶことが出来たわけなんです。


「持って帰ってきたはいいけど、どう料理したものかねぇ~」そんな風におばあさんが悩んでいると、ようやくおじいさんが山から帰って来た。


「おまえさん。おまえさん。さっき、大きな桃を川で拾ったんだよ」

「えぇっ、これがそうかい? 立派な桃じゃないか。すごいねぇ」


ひもじい生活を送っているものですから、ちょっとおかしな桃でもふたりはついつい嬉しくなってですね、早速おじいさんがなたで割ってみる事にしたんです。

くさると良くないですからね。

桃のてっぺんにサクッと鉈を入れて、力いっぱい押し切ろうとしたその時ですよ。


ぱかっ


「うわぁ!」


桃がひとりでに割れたんです。ええ、まるで自分から割れたみたいに。しかも中から、


おんぎゃあぁ~、おんぎゃあぁ~


と鳴き声がするもんだから、おじいさんとおばあさんはと震えあがった。


桃が泣くなんて、ある筈がない!


けれどですよ。よく見ると、本当なら桃の種がある場所に赤ん坊が居るんです。

それが、おんぎゃあぁ、おんぎゃあぁ、と泣いている。

一体、どういう事なんでしょうねえ。

桃の何処どこかを切って、子供を入れたような形跡けいせきはないんだ。でも、確かにそこにいる。


こわいなぁ、こわいなぁ、そう思いながらもおじいさとおばあさんは子供を桃から取り上げました。とてもかわいらしい赤ん坊なんですよ。

おじいさんとおばあさんは何とも言えない気持ちになってですね、「この子を育ててみようか」なんて気持ちがついつい芽生えてしまったんですね。


それから、数日。

桃から生まれたその子を、おじいさんとおばあさんは桃太郎と名付けました。

最初は大切に育てようと決めたんですけどねぇ。この桃太郎、普通ではありえない速さで成長し始めた。

一日って目が覚めると、口を開いて「じいじ、ばあば」としゃべり、翌日にはハイハイを始めたかと思うと、夕方には二つの足で歩き始めた。


おじいさんとおばあさんは流石に気付いた。


こいつ、この世のもんじゃない。


でも、恐ろしくて捨てる事も殺すことも出来なかった。

下手をしたら、自分達が殺される。そんな思いを隠して、ニコニコ、桃太郎の機嫌をうかがいながら暮らしてたんです。

やがて半月が経つ頃には、もう桃太郎は立派な青年にまで成長したんですよねぇ。

家業の手伝いをして、それはもう誠実せいじつに育ったんですが、やっぱりおじいさんとおばあさんは気が気じゃぁなかった。


そんなある日の事。

街に凶悪な鬼が出て、手当たり次第に金目の物を根こそぎ奪って、女を連れ去った、といううわさがおじいさんとおばあさんの耳に入った。

そこでおじいさんは考えた。


鬼なら、桃太郎を殺せるかもしれない。


おばあさんも賛成しましてね、桃太郎を鬼退治に行くように仕向けたんです。


「それでは、行ってきます」

「待ちなさい、桃太郎」


出発前に、おばあさんは桃太郎を呼び止めて、心を込めてこしらえたきびだんごを持たせたんですね。でもこのきびだんご、普通のきびだんごじゃなかった。

そりゃそうですよ。桃太郎が生きて帰ってきたらたまったもんじゃない。

鬼退治の途中で、野垂のたれ死にしてくれるのが一番なんだ。

当時は道もに整備されていないですから、山道の途中で野生の動物に襲われて死ぬなんてよくあったんですねぇ。

だからおばあさんは、おじいさんが山へ芝刈りに行ったときにんできた、獣が好きな匂いを出す植物の葉を団子に練り込んだ。

そうすれば匂いを嗅ぎつけた動物に桃太郎は襲われて、志半こころざしなかばで野垂れ死ぬ。

完璧な計画だ。


……でもね、皆さんはもう知っているんですよねぇ。この話の結末を。



こわいなぁめでたしこわいなぁめでたし

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