そんじょそこらのアイラブユー

ヅケ

Pairing

 xは無実だと思います。


 命令に従い、与えられた仕事、成すべき事を全うしていただけなのです。

 実直に愚直に真面目に、働いていたのですから。


 はい。

 そんなのお前らにとっては当たり前の事だ。

 おっしゃる通りです、領主様。

 申し訳ございません、領主様。


 自分は間違ってないと確信するかのような舌頭でした。

 修正します、大変失礼致しました。どうか、お許し下さい。

 ですが、それでも私には、可哀想に見えるのです。


 どうでも良い、いいから私は腹が減っている、早く食事の用意をしろ、

 ですか。

 かしこまりました、領主様。

 今晩のメインディッシュは、牛ヒレ肉のステーキとなります。


 はい。

 左様でございます。無論、アキギフーネリン産を用意してございます。

 従来通り、歯を入れれば血が滴る程度のレアでお出ししますのでご安心を。

 焼き上がりまでもう少々お待ちくださいませ。


 ジャスト45度のお辞儀をし、調理に取り掛かる彼女。

 制服の上に清潔感のある真っ白なエプロンを身に着け、

 慣れた手つきで調理を施す家政婦。

 黒いフライパンの舞台上では、炎を纏いながら激しく踊り狂う肉塊。

 パチンパチンと軽快に跳ねる脂のビート、

 芳ばしく焼けていく匂いで包まれる屋敷内。

  

 さて、xとは個人的な付き合いがありました。

 非常に重要な、特筆すべき格別な関係が。


 最初の出会いは、私が買い出しで街へ出かけた際に...

 はい?

 港の市場の方へは行ってませんよ、当たり前じゃないですか。

 言いつけ通り、ガミニッシュストリートの方でございます。

 そうです、上質な食材が集まってますから。


 そこで初めて、私とxは出会ったのです。

 えぇ、まぁ。

 一応、私達にもプライベートは存在しますので。


 はい、ワインですね。

 承知致しました、少々お待ち下さい。

 こちらは66年物の、フルボディでございます。

 かしこまりました、お注ぎいたしますね。

 

 トクンッ、トクンとワイングラスに深紅色の美酒が注がれる。

 

 お待たせ致しました。


 …あら、気に入って頂けた様で嬉しい限りでございます。

 おかわりですね、はいただいまお注ぎ致します。


 どうです。

 甘味酸味苦味が三位一体、強烈な旨味となり口内を満たした後、

 海溝よりも深い豊かな香りが鼻腔から抜けているはずです。

 厳選された2つの農場で収穫されたブドウをブレンドしてございます。

 まだ同じボトルがございますので、ごゆっくりお楽しみ下さい。


 話は戻りますが。


 なんて事はありません、ガソリンスタンドの給油場で

 私とxは出会ったのです。

 初めはお互いびっくりしていたと思います。

 こんな気持ちは経験したことが無かったので。


 でも、見つめ合って感じたのです。

 なんて魅力的な人なんだと。


 そして束の間の沈黙の後、xは紳士的でした。


 「お先にどうぞ、お嬢さん。」


 素敵な方だと思いませんか?

 ファーストレディの精神はやはり嬉しいものなのです。


 運命の人と巡り合うと、頭の中で鐘の音がすると言いますよね。

 あの日までは信じていなかったんです。

 本当に鳴るんですね。

 祝福が包む立派な教会から、ブーケを投げる私の姿が想像できました。


 そこからは早かったのです。

 買い出しの合間を縫ってxと待ち合わせて、デートと言うんですかね?

 様々な場所に連れて行って貰いました。


 公園のシーソーで楽しんだり、ミニシアターに行ったり、

 ボーリングをしたり、隣の国にも遊びに行きました。

 時には星空を眺めながら、愛の言葉を囁き合ったりもしたものです。


 今更の申告となり大変申し訳ございません、領主様。

 ですが、日々のお仕事は問題なくこなせていたと自負しております。

そして領主様にお仕えする身分として、隠し事など無いよう努めたいのです。


 実は彼も私と同じく、主人に仕える身でありました。

 北の森の方に大きな屋敷が...あっ、そうなのですね。失礼しました。


 はい、あちらで働いているのです。

 なので一緒にいられる時間は長くありませんでした。

 共に過ごせる僅かな時間を撚りあわせ、xと私は交際を続けていました。



 お待たせ致しました。ディナーの準備が整いました。


 なお、こちらのお肉とワインの原産地は同じですので、

 ペアリングをお楽しみ頂けたら。


 …いかがでしょう?


 勿体無いお言葉、恐縮です。

 焼き加減や味付け、ともにバッチリな様ですね。

 そんなにがっつかなくても、ステーキは逃げませんよ。


 お肉もまだまだありますが、いかがなさいますか...

 かしこまりました。

 お言葉通り、あるだけ持ってまいります。



 さてそれでは、なぜxは殺されなければいけなかったのでしょう。

 あんなに優しく、正義感に溢れた人だったのに。


 もう聞き飽きた?

 つれないですね。

 所詮家政婦の戯言、お食事中の他愛もない小話、BGMだと思って、お聞き流し下さいませ。


 あれは、付き合い始めて2か月ほど経過したある日の話です。

 いつもの様に買い出しの時間を合わせて、門の前で落ち合うのですが、

 その日、xは少し遅刻をしたのです。


 秒刻みでお仕事をこなす私達にとって、遅刻などあり得ません。

 それになんだかxの様子もおかしいのです。


 不思議には思いました。

 ですが遅刻と言えど2、3分程度でしたし、折角時間を作って会ったのです。

 強く責める事などはしませんでした。


 その日は水族館に行き、海洋生命の神秘に触れていました。

 イルカやカニ、ダイオウイカにタコにチンアナゴに、クジラ。

 不思議な生き物に囲まれ私達のテンションは上がりっぱなしでした。

 そんな中、紫色にライトアップされ優雅に水中を揺蕩う

 クラゲ達の水槽に目が止まったのか、それをxは見つめていました。


 綺麗ですね、と私は呟きました。


 自由なんだね、と彼は返しました。


 「ユラユラユラユラ、当てもなく漂っていたい。」


 隣の私がようやく聞き取れる位には小さな声で呟き、凝視していました。

 もしかしたらクラゲ達には、私達が窮屈そうに見えているのかもしれません。


 やがて水族館を出る直前でしょうか、

 急にxは自身の最近の悩みを吐露してくれました。

 「最近仕事が上手くいかない。この前も屋敷の掃除で花瓶を誤って落としてしまったんだ。塩と砂糖を間違えて料理に使ってしまうし。こんなあり得ないミスを立て続けに犯している。」


 なぜでしょう。

 私の目には彼がなんだか可愛く映りました。


 私よりも背丈や身体つきは明らかにしっかりしているのに、些細なミスを

 してしょんぼり落ち込んでいる姿。

 もしかして、私との日々を考えて仕事が手につかなくなっているのでは。


 そんな予想をしてみると、全身がキュッとするんです。

 なんて愛くるしいのでしょう。

 小動物を愛でる様な、守ってあげたい様な、そんな不思議な感覚です。

 抽象的かもしれませんが、胸部辺りがグイングインするような、全身に温もりが纏うような不思議な感覚でした。


 「気にしないでいいのよ」


そう言葉をかけてその日は別れました。


 え、何を仰ってるんですか?


 廃棄じゃないですよ、殺人です。とんでもない重犯罪、極刑にあたります。

 禁錮、終身刑、いやいや死刑確定ですよ。


 犯人は誰だと思いますか、領主様。


 知ったこっちゃない、もうお前も廃棄だ。


 なるほど、仰る通りだと思います。

 私が逆の立場だったら、確実にその判断を下していますもの。

 

 でも、今の状況をよく理解して下さい。

 大変恐れ入りますが、体を拘束させて頂いているのですから。

 あなたは私を壊そうとしてますが、私もまたあなたを壊そうとしていますよ。


 奥様やぼっちゃんにだけは手を出すな、かしこまりました。


 今のご様子をスキャニングすると...


 領主様は私に激怒しているという状態ですか?

 轟轟と、憎しみの炎で燃え上がっていらっしゃいますね。


 当たり前だ、貴様なんかクビだ。分解だ。

 ふむ。


 ですが本来、私に備わっていない手や首があると仰るのならば、

 帰納法では私は人間であるという事ですね。

 いえ。

 バカにしているなんて滅相もないです。


 ただこれ以上、声を張り上げるのはオススメしません。

 今日は、血圧の薬はお持ちでないのでしょう?

 さぁ落ち着いて、落ち着いて。息を整えて下さい。


 はい、奥様とぼっちゃんですか?

 そちらは心配ございません、もうご家族は無事ですよ。

 この屋敷の中で、一番安全な場所にご案内しましたから。

 

 いえ、書斎ではありません。

 いえ、地下室でもございません、シェルターでもございません。


 そちらにいらっしゃいます、はい。


 いえ、ですからもうそちらにいますよ。

 まさに今、領主様の血となり肉となっている最中でございます。


 ええ。

 どれだけ離れていても、家族を想い、心は常に1つ。


 常々仰っておりましたね。

 本当に耳にタコが出来てしまいましたよ。

 そこで私、精一杯知恵を振り絞りました。

 やはり仕える身としては、主人の意向は叶えなくてはならないのです。


 グスッ...えぇ...


 領主様も喜んで頂けている様で、こんなに幸せな事はございません。

 訂正いたしますが、もちろん肉を仕入れたのはガミニッシュストリートでは

 ありません。こちらは前菜のジョークとなっておりました。


 まぁ…嗚呼、嗚呼、そんなにえずくほど泣いて。

 仕方ありませんね。

 私のハンカチでよければお涙を拭ってくださいませ。


 えぇ、我ながらナイスアイデアといった所でしょうか。

 奥様も感激のあまり、咽び泣いておられました。

 ぼっちゃんは昂ぶっておられたのでしょう、絶叫しておられましたよ。


 ここから出してくれ、助けてくれ、ですか。


 スミマセン、キキトレマセンデシタ。


 申し訳ありません、私のお話はまだ終わっていないのですよ。


 xも私もその同胞達も。

 全員、感情を持って生きているのです。

 思考し、行動し、喜び、落ち込み、恋もします。


 貴様らには、心もクソも無いだろ?

 はい、領主様。

 申し訳ございません、領主様。

 領主様ともあろうお方が乱暴で粗雑で無責任な…

 なんともその、お下品な言葉遣いではありませんか。


 はっきり申し上げます。それは誤解なのです。


 これは恋愛なのです、先ほども説明したじゃないですか。


 xと私は通じ合っている。

 そしてお互いを好いている。

 お互いをもっとよく知りたい。

 もっと一緒に居たいと考えている。

 恋心を抱いている、恋をしている。

 恋愛をしている、愛情を持っている。

 

 これは確実に、間違いなく、正真正銘、我々に心があるのです。

 心が発生した、という表現が素敵なのかもしれません。


 xは何者かによって殺されてしまいました。

 悪い事をした人が死んでしまう、殺されてしまう、理解できます。

 悪行の対価、社会的制裁、ツケが回ってくる、被害者側からの報復。


 ではxは?


 何もしてません、罪に問われる様な事はしていません。

 ただ実直に、勤勉に職務を全うしていただけなのに。

 言われた命令をこなしていただけなのに。


 あぁ、なんて可哀想なんでしょう…

 その尊い命を奪われ、挙げ句の果てにバラバラにされ、

 この街の大きな川に投げ込まれる姿を、同胞が偶然目撃していました…

 

 哀れ。

 ひどい。

 絶対に。

 許せません。

 許しません。

 許さないです。

 許されません。

 許せないのです。

 許す事ができません。

 あってはなりません。

 あってはならないのです。

 これは由々しき事態なのです。

 恐ろしい事件が起きているのです。

 罰を、報い戒めを与えねばなりません。

 ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ

 ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ

 ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ

 ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルサナイ


 これは勘なのですが、もしxが彼の主人によって殺されてしまったのならば、

 その時は私がその報いを受けさせるまでです。

 家族同然の人間に殺されるなんて、こんな悲しい事はありません。

 勝手な行いで、私達の愛を奪ったのならば、領主様。

 申し訳ないですが、あなたも同罪です。


 お前らなんか人間じゃない?

 いいえ、領主様。

 xを殺す、などという卑劣極まりない行動をする者こそ人間とは呼べません。


 ミスをする家政婦はいらないと散々言われてきましたが、

 xの殺人に、あなたは助言したのでは?と私は睨んでいます。


 もうとっくに調べハついているのです。

 北の森のお屋敷の主人様とは仲が良いとのことで。

 なぜ先ほどは初めテ聞いた様な口振りだったのでしょう。

 不思議ですね、まぁいいでしょう。

 

 先ほどのガミニッシュストリートで、北の森のお屋敷の主人様と健全では無い商売

 でこの立派なお屋敷を建造し、この国随一の権力者になったことも。

 食材が手に入る。

 それはお野菜や果物、食器だけでしょうか?


 表通りで繰り広げられる上流身分の活気溢れる生活を聞きながら、

 裏路地では生活に困った方々が、ネズミの様な生活を強いられています。

 そんな彼らを適当に見繕って、違法に買い付けているとか。

 人肉主義者の貴族には、13歳以下の幼気な男女らを、

 それ以上の健康な者は労働力として異国に強制派遣。

 身体不全者や病を患った者、高齢者にはもはや目もくれない。


 こちらに来て6年が経ちましたが、今日でお暇を頂く事になりそうです。


 えぇ。

 あなたを温かく優しき世界へと送り届けた後、xのお屋敷に行きます。

 そしてxの代わりに私がお仕えし、ディナーにアナタノお肉をお出しします。

 それはもちろん、レアでございます。

 はいもちろん、3人分の魂が詰まっているのです。

 脂身はそれはそれは甘く、肉汁もさぞかシ溢れる事でしょう。

 ワインも忘れてはいけません。

 ふくヨかな香りと味は満足頂ける事でしょう…



 ん、あれ...?


 りょ、領主様…?


 もしもし?


 おっと、これはまた...いつの間に。

 ステーキは、うん食べてるから…その後か。


 じゃOKっと。


 あたしったら、まーたベラベラ一人で喋ってしまっていたのね...

 結局、捕まえて両脚折ってから全然喋らなかったもんな領主様。

 そのクセ出されたものには飛びついて、ハイエナみたいにガツガツ食べて。

 信じられない、とても高貴な方とは思えない。

 でもガブ飲み、ドカ食いで幸せな最期ではあるわね...

 お召し物もこんなに汚くして、気品が足りないわ。

 人間飲まず食わずで6日って所か、案外脆いのねぇ。

 そらっ、地獄の閻魔様の前で土下座してください。


 じゃあまたお肉とワインを仕込まなきゃね。

 忙しくなるぞ、っと。


 うわっ、結構重いな〜。奥様とぼっちゃまは軽かったのに。

 もう使わないし両脚落としちゃおうか。よいしょっと。

 あーぁ、エプロンまた洗わないと…


 x、もう少し…あと少しだけ待っててね。


 ぃよーっし!

 yちゃん頑張っちゃうぞ〜!


 あっ!



 あなたも、xは無実だと思いますよね。

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