第7話 風呂場にて
「ここが脱衣所ね。脱いだ服はそこに掛けといて。服は入ってる間に様にしとくから。ゆっくりしていきな」
優しく言うと女性は目を細めてほほ笑んだ。見るものが安心するような笑顔。
樹は礼を言い、脱衣所のドアが閉まると服を脱ぐ。
そして上を脱ぐときに気づく。
「ペンダント……?」
首元から伸びる糸。その先にはペンダントらしきものがついていた。
薄い黄色の、ひし形の一つの角を引っ張って伸ばしたような、そんな形だった。
樹のさっき見た刺繡の六芒星が目の裏によみがえる。
このペンダントが六つ集まったらさっきの六芒星っぽくなりそうだな、となんとなく思う。
どちらにせよこのペンダントも高級そうだったので。失くさないようにしっかりと服のそばに置いておく。
風呂場はそれほど広くなく、シャワーと椅子と人が入れる五右衛門風呂のような浴槽があった。室内は湯気に満ちていて、前にある鏡が曇りきっていた。
樹は椅子に座り、シャワーを浴びる。
やっと考える時間ができた。
眼を閉じ、水を浴びながら樹はそう思う。
鏡に押しつぶされたと思ったら空中にいて落下中で、落下して死ぬと思ったら地面すれすれで止まって、生き延びたと思ったら今度は赤い男が降ってきて、しかもそいつは俺と瓜二つで……。
整理してみても訳が分からない。まったく分からない。序盤の方で見失っている。
樹は膝に肘を置き、顎に手を当てる。考える人のポーズをとる。
髪が完全に濡れ切っていくのを感じる。目の前に垂れてきたのでかき上げてオールバックのようにする。
普通ならあり得ないが、おそらくここは自分が過ごしてきた世界とはまた別の世界なのだろう。言うならば、鏡の中の世界というものだろうか。
「あっちの世界では散々だったなぁ…まさか俺の運が日本一悪いとはな……ハハ」
そして思いを巡らせる。すると引っかかるものがあった。
樹は整理する。
まてよ。
樹の中で
まさか、俺は何か騙されているのだろうか。
いやいや。樹は首を振る。
騙すような人がこんな親切な対応をしてくれるか? いいやしてくれない。
「見知らぬ人にお風呂まで入らせてくれるなんて——‼」
言いながらなんとなし気に鏡にシャワーの水をかけた樹は絶句した。
樹は今までのことを忘れ、鏡を割りそうな勢いで鏡に顔を近づけ、凝視する。
「なんだよ……これ…どういうことだっていうんだよ」
風呂場の鏡は、
安心して 運だけはいいから 田中 @zakosi2
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