第6話 ちょっとずつの違和感

「起きたみたいね」


「わぁ!」


目を開けると目の前には赤髪の美人な女性、エリが微笑んでいた。


「随分とぐっすり寝てたのよ。そのソファ。寝心地良かったかしら」


うふふと笑いながら彼女は机を挟んだ位置にある椅子に座りコーヒーを啜った。


「……あ、はい。恥ずかしながら」

そこで自分が寝てしまったことに気づいた樹は、自身の醜態を恥じる。

どれくらい時間が経ったのかと窓の外を見ると、日が傾き始めていた。

コーヒーを勧められるが、「流石に」と思い、断る。が、喉が異様に乾いていたため飲むことにする。


良い温度のコーヒーを啜る。

ほんのりと甘さもあり、凄くおいしい……まずぅ‼


前触れなく苦みが脳内に勢いよく広がり口から勢いよくコーヒーを吐き出してしまう。

黒い液体が直線で飛び、前に座っていたエリーにクリーンにヒットする。

勢いよく着地したと同時に侵入していくコーヒーたちに、樹は青ざめる。


「すいません! 急いで拭きますんで……熱っ」

コーヒーを自分にも溢してしまう。付いていた綺麗な刺繍が黒に染まっていく。

やばいやばいと樹は軽いパニックになりながらおどおどと周りを見る。


「いいのよこれくらい。ただ次からは気を付けてね」

おどおどとしている樹を軽くたしなめながらエリーは席を立ち、キッチンの方へ歩いていく。

何をしていいのか分からずにその場でとどまる樹。

自省しながら、今までこんなことなかったのになと、若干違和感を覚える。


「こっちの世界……というかこの場所だとなんか味の感じ方が変わるのかな。それとも高級なコーヒー豆は最初は甘くて後で苦くなるみたいな……」


樹は自分の着ている服を見る。素人目で見てもわかる淡紺の仕立てのいい生地を使っている。そして左胸のあたりに黄色の糸で六芒星のような形が縫い付けられている。


どこからどう見ても高そうな服だ。

樹は「借り物だったらどうしよう」と心配になりながらも、次も迷惑をかけるわけにはいかないと言いつけ通りにその場で女性を待っていた。


そそくさと濡れた布巾をもってきた女性が樹に近寄る。

そして、濡れた雑巾で樹の服をつまむようにふき取る。


「シミにならないならいいけれど」


「ありがとうございます…」

樹は懸命に動くエリーを見る。彼女の服はまだコーヒーをかけてしまった時のままだ。黒い色が少しずつ乾き始めている。これでは洗っても少しは色が残るだろう。


「あの、俺自分で拭きますんで。自分の服拭いてください」

布巾を受け取りながら言う。


「わかったわ」

エリーはそう言ってほほ笑んだ。


「お気遣いありがとうございます」

樹は言いながら自分の作業を始める。

この服が自分の物かは分からないが、誰のものにしても綺麗にしておくに越したことはないだろう。


さっきの拭き方を意識しながらつまむように拭いていく。が、一向にとれている気配がない。気のせいか、悪化しているような気もする。


意識をより服に集中させる。……しかし汚れがとれている気配がない。


「あらあら。貸してください」

そう言い、エリーが拭きだす。彼女が来ている服の方に目を向けると、大分汚れが落ちていた。


「これは家で一回洗いましょうか? 高級そうな服なので、出来るだけ早い方がいいと思うんだけれど」

エリーが手を顎に当てながら言う。


樹はそこまで迷惑はかけられないと思った。ここで帰るつもりだった。しかし急に気持ちが変わってくる。

変わるというか、それは片方の気持ちが膨れ上がっていくような感覚だった。


このまま帰っても行くあてもないし、何かの縁だと思ってこのありがたい誘いに乗っておこう。


「いいんですか。気が引けますが、ありがとうございます」

少しお辞儀しながら言う。


「じゃあその間、お風呂にでも入っていてください。汚れも落とせますし」


「はい。お言葉に甘えて」

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