同じ道を帰るのは嫌い

「ダメだったかー」


私の提案書、採用されなかったな...


大学を卒業して三年目、ようやく一人で仕事を任されるようになってきた、秋

上司と長年の付き合いがある社長さん、中古車を販売しているこじんまりとしたお店


「新しいサービスを提案してこい」


上司にそう言われて、中古車販売の仕組みや業務の手続きの流れとか、必死に調べて勉強した

車庫証明は警察に届けを出すとか、間取り図を手描きするとか

ぜんぜん知らなかったもん


それなりに社長さんの仕事を勉強したつもりだったけど、私の提案書は駄目だった

一瞬で突き返された


空も味方してくれない


雨が降ってきた


コンビニで傘を買おう


同じ道を帰るのは嫌い、こんなに悔しい気分の時はなおさら


社長さんに会いに行く時は自信満々で、背筋を伸ばして無い胸を張り、お尻をきゅっと持ち上げて、お気に入りのブラウンのパンプスも跳ねるようにアスファルトを踏みしめていた、こういうのを「凛とした」と表現するのかな?


自惚れていた

少し自信があった

頑張ったんだから認められると思った

でも駄目だった


いまは水溜まりを避けながらふらふらと歩き

肩が雨に濡れた重さで沈んでる

気持ちのせいじゃない、みんな雨のせいなんだ

そう自分に言い聞かせながら、歩きながら

泣いていたのかもしれない


しばらく歩いていたら、一軒のラーメン屋さんを見つけた

どこの街にでもあるようなラーメン屋さん、一時間前にここを通ったはずなのに気が付かなかった、こういうお店は有名店でもないのに絶対潰れない、なんでだろ?


「鶏の店かな?」


鶏ガラスープの良い香りがする

こういう感じのお店はスープを仕込まないで既製品の業務用スープとかを使ってて、まずくもないけど、飛び抜けてうまいわけでもない、大衆の誰もが満足する一定の味という事が多いけど、違う、良い予感がする、寄って帰ろう


「いらっしゃい、お嬢さん

なんだ肩が濡れているじゃないか」


タオルなんて気の効くものはないけどこれでも使えと言わんとばかりに、おしぼりが三本出てきた、おしぼりが温かい


「お嬢さん、何にするかい?」


店主さんは壁に貼られたメニューの短冊を指差しして左から右にすぅーっと動かして行き、一番右端の二枚の短冊のところで止まった

私は自然と指先の短冊に視線を奪われて、壁を見上げていた


醤油と塩のラーメンか


こう見えて私は先輩たちにいろんなお店に連れていってもらってて、味覚には自信があるんだからね、ここはごまかしの効かないアレを頼んでみよう


「塩ラーメン」


店主さんは注文を聞くと山びこのように

いや、私の声よりも大きな声で発せられた「塩ラーメン」が店内にこだましていた


手際が良い


店主の手が小川に流れる赤い紅葉の葉のように、急ぐわけでもなくだらけるわけでもなく自然に麺を取り上げて、軽くほぐし、粉を落として寸胴の中へ

体を回転させて鶏の骨を炊いて仕込んでいた寸胴のスープの香りを確認して、そっとかき混ぜ、大きめのレードルでスープをすくい、網でこしながら用意していた丼へ注ぐ


あれ?いつの間に丼を用意していたの?

お塩とかタレとかを丼に入れるところを見落としちゃった、ほんといつの間に


ピピピッピピピッ


きれいなラップで包まれたタイマーを止めて麺を寸胴からすくい、素早く、リズミカルに、茹でられた麺が地球の重力にもてあそばれるように落下を繰り返して湯切りされている、その音が心地良い


ラップは毎日取り替えているのかな?

こういう細かなところの清潔感って大切よね


「はい、おまたせー」


店主さんの手、指先とかガサガサに荒れてる、洗い物がたくさんあるからかな?

これから冬になって水も冷たくなるから大変だろうな


まずはスープから


「うまっ」

「どうだい、うまいだろ!」


店主さんはニコニコして「麺が伸びるから早くお食べ」と言わんばかりに、手をクイクイと私に向けて動かしていた


そうだよ「インスタ映え」とか言って写真をパシャパシャたくさん撮ってるバカは地獄に落ちろ


美味しかった

雑誌やネットで注目をされるようなお店とは違う、この味はー


私の怪訝な表情を見逃さなかった店主さんが、すかさず語り始めた


「雨の日はねぇ、人は不思議と塩味(えんみ)を欲するんだよ、この店を初めたときには気がつかなかったんだけど、雨の日は塩ラーメンの注文が多いのに気がついてね

それから試行錯誤をしてね、ほんの少し、ほんの少し、雨の日は気持ちだけ塩を増やしているんだよ、これは科学的にも証明されているらしくてー」


このあとの話は全く頭に入ってこなかった


ほんの少しの塩、このほんの少しの気持ちなんだ


「ごちそうさま、ありがとうございました」

「お嬢さん、また寄ってね」

「はい、また明日来ますね」

「明日も来るのかい?気に入ってもらえて嬉しいよ」


「はい、私のお気に入りのロクシタンのハンドクリームを店主さんに使ってもらいたから、また明日、持ってきますね」

「ハンドクリーム?ロクシタン?なんだいそれ?」


同じ道を帰るのは嫌いだったけど


明日、提案書を書き直して、もう一度、社長に会いに行こう

また突き返されるかもしれないけど、今はこれでいいんだ、これの繰り返しなんだ

試行錯誤していいんだ、同じ道を歩いてもいいんだ


何度でも、何度でも繰り返しながら

いつか社長に認められて、私の提案書を受け入れてもらえる

その日が来るまで…

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オレンジペコ おちさん @ochisan0412

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