1:湯けむり美青年の選択4
死因は、第一の事件と同様、刺殺だった。
現場に落ちていたサバイバルナイフは、その遺体の傷口と一致し、凶器と断定された。
また、第一の事件では見つかっていなかったナイフの切り口と一致したことにより、これは連続殺人事件とされた。
そのふたりと知り合いであり、現在姿を消している・・・・彼が犯人である可能性は、より一層高くなった。
「凶器って詳しくわかってるんですか?」
「ホームセンタ―とかに売ってるやつだ。キャンプ用のナイフだよ」
「でも、新しいブランドだよね。ほら、この辺とか女子向けであんまり日本にないデザイン」
パソコンをカタカタ動かせば瞬時にナイフの写真が出てきた。
「かわいい~」リエが食いついてモニターを見る。
柄は木工細工に白色の塗装。細工は薔薇にツタ、そして幾何学模様。いかにも女性が好きそうなデザインで、ネットショップページでは、そのナイフを使って小さな木の枝を切る、ブロンドで青い瞳をしたキャンピングスタイルの女性が笑っている。ページを進めれば商品の詳細文だが、アルファベットに似通った文字で読めない。
「海外メーカーのやつで、かなりコアなメーカー。この夏に出来たばっかりのブランド。」
「なんでそんなの詳しいんだよ・・・」
「武器とか、整えるのも仕事なんで。かわいいのじゃないとイヤってやつもいるし」
「かわいい方がいいじゃない~」
リエの声に合わせるように、美佳はピンクのポップな柄した催涙スプレーやまるでマカロンのバスボムのような手榴弾を見せた。田宮の顔はそのファンシーなアイテムとは裏腹にげんなりしていく。
「――そんなもん人に対して使うなよ」
「殺してないからいいでしょ。言っとくけど、ほとんどが正当防衛だよ」
エルが田宮を軽くあしらう。
「確かに近隣でホームセンターとか、取り扱いのネットショップを調べたが、取扱店舗は4,5件。しかも購入履歴はなかった」
「いやいや、その情報を早く言えよ」
美佳の小言に
「言う間もなく 珍しい~とか カワイイ~とか言われたんだよ」田宮が屁理屈で切り返す。
カタカタとPCを動かし、エルはナイフメーカーの代理店を探し始めた。
「輸入代理店は限られているはず。ご親戚のお仕事、海外家具の取扱、されてましたよね」
「ああ――でも、あの夫婦はどう考えても無関係だろ。土地の権利書がほしいのにばあさんじゃなくて別の人間殺してたんじゃ意味がないだろう」
「正直動機はよくわかんない。でも、逆に考えてよ。凶器が、あの夫婦にしか手に入れられなかったってわかったら、事件は変わるよ」
「・・・」
それもメジャーな凶器ではなく、すでに今現状誰も手に入れられる可能性がないんだ。ここを洗わずにどこを洗うんだよ。
一瞬考える表情を見せた田宮は、それでもなお食い下がる。
「でも、それ普通自分の取引先から買うか?すぐ足がつくだろ」
「卸業者から、直接買ってる可能性がある。
ネカフェとかで通販するより足もつきにくいし、信頼している会社なら黙っていてくれる可能性も高い」
ビンゴだ。とエルがモニターを見せた先には、親戚の会社におろしている代理店が、凶器のナイフメーカーの取り扱いを行っているページだった。
ハッとしてそのページを見ていた田宮だが、瞬時に冷静になる。
「いやそれ、黙ってるなら、足のつかせようがないだろう」
エルは渋い顔をして田宮を振り返る。
「お前・・・ああ言えばこう言うな」
「悪かったな、こういう仕事なんだよ」
イライラする二人を無視し、美佳はモニターに近づきそっとマウスでスクロールする。
その代理店のページには、営業の男性たちが『僕たちがお伺いします』の文言のもと笑っていた。
「うーーーーん、いや、まあ、そうなんだよね・・・」
代理店メーカーの人間で、誰が担当しているかなんて調べればすぐに分かるだろうけど、殴って吐かせるにはちょっと無関係すぎて可哀想だ。
警察権力を使っても先程エルが言っていたように、黙秘権を使われる可能性もあるだろう。
しかし、私達に暴力以外の選択があるか・・・?
「ねえエルちゃん、担当さんって男の人かなぁ」
リエが反対側からモニターを覗き込む。
田宮といがみ合っていたエルも、振り返ってモニターへと向き直る。
「多分。社員数少ないし、営業マンのところに男の写真しかないし」
「ふ~ん」
ぷっくりとした口元に人差し指を持っていき、可愛らしいポーズでモニターを見つめるリエ。しかし顔は真剣で、一定の速さで瞳を動かし、営業マンの顔を捉えていく。
そのポーズと表情に、美佳はピンとくる。
「あ、もしかして接触するの?」
リエはしばらく答えない。その瞳が最後の営業マンの写真を捉えたあと、小さなため息とともにリエは笑った。どうやら あらかた顔と名前を把握したらしい。
「うん、近づいたらなにかボロ出してくれないかな~って」
「ボロって・・・、さすがに出さないだろ」
先程から察するに、どうやら性悪説派の田宮の言葉を無視し、美佳はエルの座った背もたれを勢いよく掴んだ。
「社内のシステムとかサーバーに入れれば、エル、行ける?」
身を乗り出すようにエルへ顔を寄せる。エルの前に設置されたメインモニターには、すでに件の会社の社内システムを調べている。
「おそらく。社内サーバー入るパスワードさえわかればどうにかなる」
「社内システムに入ってどうすんだよ」
田宮が不審顔で聞いてくる。無理もない、他社のシステムに入るのは犯罪であり、そして彼は警察官だ。
美佳はエルの背もたれから手を話し、田宮を見据えた。
「あの変わったナイフが、店には卸されずに売れているということが事実であれば、代理店の在庫から1個減っているはず。それも不自然な形で」
あの会社の名前を隠して販売したもの。それはすでに仕入れられたものだったはずで、何らかの形で処理をしなければ会計上おかしな点が出てくる。不良在庫の処分という名目や、仕入を操作している可能性・・どうしてもおかしなところが出てくるだろう。
「誰かの名前が残ってればラッキー、もしくは個人購入の形になっていたとしても、経理上処理をした営業の名前が入っていれば追い詰める十分な証拠になる。お前が売ったナイフは殺人事件に使われているぞってね。そしたら、流石に誰に売ったか吐くでしょ。会社は取引先だから黙っているとしても、個人で追い詰められれば、どうしたって保身に走るもんよ」
やっと出てきた可能性に、美佳は口元がニヤけるのを隠せない。一方のエルは、コスパの良くない作業が嫌いでため息をつく。
「得られる益は少ないけど、これしかないな」
その様子を『こんどは恫喝か』そんな面持ちで見つめていた田宮が、不審そうに口を開いた。
「それ、具体的にどうするつもりなんだよ・・・」
重々しい田宮の言葉を、リエは明るい笑顔とともに吹き飛ばす。
「田宮さん、合コン開いてくれません?」
「はぁ?」
***
「はじめまして、よろしくおねがいします~」
甲高くて甘い声、どこか間延びした語尾。女同士なら、お前どっから声出してたんだよってツッコミ入るところだが、男性には一定数、このタイプが好きな男がいるもんだ。
挨拶もそこそこに、リエの前にいた男が早速声をかけてくる。
相手の男性たちはもちろん、ナイフを降ろしている輸入業者の営業たちだ。
「おい、ほんとにこんなんでうまくいくのかよ・・・」
そして美佳、田宮、エルはそれを少し離れた席で監視している。
「さあ、どうだろ」
「どうだろってなんだよ!」
「そのまんまの意味よ。正直、今日中にどうにかならなくても、何も害がないからね。今日はコネができるだけで儲けもんでしょ。――生ハムとチーズの盛り合わせ食べていい?」
「ソーセージのやつも」
「おまえらなぁ、そんなゆっくりしてる時間は」
「シッ ちょっとまって」
美佳はカナル型のトランシーバーを耳で抑える。
リエのバッグに仕込まれた盗聴器から聞こえてきたのは、探りを入れるリエの声。
どうやらリエは、コネを作るだけなんて前座では終わらせるつもりは無いらしい。
「リエちゃんの趣味は?」
リエに興味を持って話しかけてきたのは顔が長めの、茶髪でひげを生やした男性。営業なので無精髭ではなく整えられたひげなのだが、どうしてもチャラい感じは否めない。
「私、いま、アウトドア関係が熱いんですよ~」
「あれ、そうなんだ、意外~」
「いま、いい薪割りナイフ探してて~おすすめあります?たしか、そういうったものも扱ってありますよね?」
ああ、とヒゲの男性がスマートフォンを操作する。先程から扱っていたスマホとは別のものを取り出したため、その一台は業務用の可能性がある。
「うーーーーんこれかな」
見せてきたのは多機能型のサバイバルナイフ。見せてきたページはどうやら社内の管理ページらしい。
「あ、いいかんじ~使いやすいですか?」
言いながらスマートフォンを借りてスクロールする。在庫数なども記載されているし、出庫した際の担当者や販売先も、表として記載されている。
「評判はまぁまぁかな~でも女の子にはごついよね~」
さりげなくスマートフォンを取り返される。しかし、見たいページはそれではないため、リエは深く探りをいれていく。
「全然大丈夫ですよ~でも確かに海外メーカーにはおしゃれなのもありますよね~どこでしたっけ、確か北欧メーカーで、最近のブランドの・・・」
「そんなのあったっけ?うちじゃ取り扱い無いのかな」
ヒゲ男の声に、リエは少し動揺しつつも、さらに攻めていく。
「あれ、ほら、あの白いグリップの、珍しいのかな?薔薇とかの模様が入った・・・」
薔薇、の言葉でピンときたらしいヒゲ男は、隅っこに座っていた男性を振り返る。
「ああ、それなら・・・田中~~」
「なにー?」
やってきたのはサラサラのおろした髪型にウェリントンメガネの男性で、ヒゲの男性の比べれば少し地味な印象だ。
「お前たしか、北欧のアウトドアブランドの取扱してただろ、仕事で」
「うん」
「リエちゃんが薪割り用のナイフ探してるんだってさ、かわいいの見してよ。ほら、夏に取引はじまったとこあるじゃん。」
この人が担当者か。
リエの目が一瞬鋭くなり、そして急に甘くなる。
「え、田中さん、もしかしてあのブランド関係の担当なんですか?」
さり気なく身を乗り出して距離感を少し縮める。
田中さんとやらが、ヒュッといきを飲んだのがわかった。
「あ、いや、海外の商材をあつかってて」
「わ、すごーい、かっこいい!英語ペラペラなんですか!?」
「た、多少は・・・」
「え~~すごい!聞きたい~」
二人の空気に、ヒゲの男性は空気と化している。
ヒゲ男性は何度かリエに声をかけるものの、全てを田中さんとの会話にもっていくリエの発言をインカムで聞いていた美佳は、
流石だな、と感心する。
一方前の席の田宮はなんとも寂しい顔をしている。どうやらヒゲの男性に同情しているらしい。
「これとかですかね?」
田中が業務用のスマートフォンをリエに見せる。どうやらビンゴだったようで、リエがテーブルの下から指でOKを作った。先程から一生懸命に生ハムを食べていたエルが、慌てて飲み干しノートパソコンへと向き直る。
「あ、かわいい!これってどこかに在庫あるかどうかわかります?」
「あ~ちょっと待ってくださいね」
通知メニューから Bluetoothをオンにして、一度業務用のスマホを返す。
「〇〇のお店と〇〇店にありますね。」
「ありがとうございます~あ、もう一回お写真見せて下さい」
もう一度業務用のスマホを借りる。ページは詳しい在庫のページではなく、写真のページに戻っているがおそらく履歴から追えるだろう。
リエの手にスマホが戻ったのを見計らったように、スマホの画面がひとりでに動き出す。
Bluetoothはエルのパソコンに繋がっており、エルはいま「魚拓」と呼ばれる、このページをまるっと保存をしようとしているのだ。
スマホを返してほしそうな田中に気が付き、リエはちらりとエルの方を見る。
リエも目立たないインカムをしており、
『ごめん、もう少しまって』代わりに美佳が答えた。
リエはスマホを手にはさみ、祈るようなポーズをして田中を見つめる。ポーズももちろん、ぶりっことしての意味があるが――主に、画面を見えないようにするためだ。
「あの、これって、もし、次に会えるとしたら、持って来てもらうのって可能ですか・・・?」
「え、次・・・」
「だめ、ですかね・・・?」
ちょっと思わせぶりに目を伏せると、田中は慌てる。
「あ、いや、だめとは・・・」
「平日って何時頃お時間大丈夫です?」
田中はリュックからスケジュールを取り出す。
大きなA4型のスケジュール帳で、リエは目を細める。
第一の男が殺されたのは土曜日だ。
その2日前、木曜日のスケジュールには、あの親戚の会社の名前が入っている。
証拠としては弱いが、このタイミングで買っていたならおそらく、計画的犯行じゃない?
『OK.とれたよ、証拠。』
エルの声が聞こえ、リエは思わず小声で笑った。
「ありがとう!」
「そしたら、来週の木曜日とか・・・」
「あら、もうこんな時間!ごめんなさい、もう帰らなきゃ」
わざとらしくリエは席を立ち上がる。
「えっ」
「また連絡しますね!」
可愛く笑って洋風居酒屋を後にする。後から連絡なんて、特に連絡先も交換して無いのだけれど。
***
居酒屋から出て大通りへと出る。
そこには大きなポニーテールをしたスポーツウェアの女と、中学生くらいの部屋着っぽい女のこ、そしてくたびれたスーツの男が歩いていて、自然にそこへ並び歩く。
秋の、もう暗くなるのが早くなった土曜日。繁華街のここは一足おはやい、冬みたいなイルミネーションが飾っており
周囲はカップルでいっぱいだ。そこを、どう見たって不自然な4人で歩く。
「エルちゃん、ちゃんと証拠とれた?」
「誰に聞いてんだよ」
野暮だったわねぇ、とリエが笑う。
そして美佳の方を見つめると
「これで、どうにかなりそうかしら?」と微笑んだ。
「ありがと」
相変わらずの心の強さに尊敬の意味を込めて言ったお礼に、ふふん、とドヤ顔で返された。
「エルも、ね。ありがと」
一方のエルは、不機嫌そうに顔をそらすだけだった。
多分照れているんだろう。子供っぽい仕草がおかしくて思わず笑ってしまう。
二人のおかげで、状況は完全に変わった。
田宮は先程から無言で考え込んでいる。
それもそうだ。
警察の見解は完全に覆るかもしれない。
凶器は、丸中純には手に入れられないものだった。
購入の形跡があるのは、この卸業者から直接買った一件のみ。
エルが時間をかけて見つけたページには、購入者の欄にあの親戚の名前が記載されていた。
あの親戚に、第一の男を殺した動機があるかといえば、おそらく金の件だろう。
第一の男は親戚に雇われており、金払いが悪いと愚痴っていた。金銭面でトラブルが合ったとなれば、凶器、動機と揃う。
しかし、それで謎になってくるのが第2の犯罪だ。
2番めに殺された男は、あの親戚と関係があったのか・・・?
考えごとのせいか歩みが遅い田宮に合わせて速度を落とし、肩を並べた。
「なんだ?」
「第2の男って、どこまでわかってるの?」
「同性愛者で、丸中純にべったりだったそうだ。今回も逃亡を手伝っていた末、仲間割れというのがこっちの見解だ。ちなみに、銭湯などで第一の男との接触はない。つまり、親戚とも接触はなかった。」
「そっか・・・」
今回の事件は、同じ凶器が使われたのが決定的だったのか、連続殺人事件で報道されている。
そもそも、あの凶器を手に入れられたのはあの親戚だけだったのに、第2の殺人に動機がないのだ。
それはつまり、凶器を奪われたと言ってしまえば逃れられる。凶器は奪われて、あいつがふたりとも殺した、が成立しやすくなる。そしてそれを否定できる材料もない。
「――なんで一緒の凶器を使ったんだろ?」
「たしかに、別の凶器にしてしまえば、足が付く可能性も少なくなるのにね」
いつのまにか、美佳と田宮に歩幅を合わせていたリエが答える。
すると前を歩いていたエルが歩幅を調整しながらよってくる。
「だからこそ、これは彼に罪を着せたいとおもっての犯行じゃないの?彼に罪を着せる以外の理由で、同じ凶器をつかうにはデメリットが大きすぎる」
「たしかに――ってかそれなら、なんで丸中純って疑われてるんだ・・・?あ、逃げてるからか・・?」
そういえば、親戚が犯人だとして、なんで丸中純は逃げてるんだ?警察が、そう決めたから?
「元カレの怨恨って線もでてきたな」
「え?」
「2番めの男は、丸中純にべったりだったんだろう?それなら仲が良かった1番目の男を殺して、自殺したって線もあるな」
「うーーーーんそっか、そういう形もあるか・・・」
それなら、凶器が同じだって普通だ。丸中純が怖がって逃げた、という可能性も出てきて自然だが、じゃあ2番めの男が、凶器はどうやってあの親戚から手に入れたんだよ、って話になって・・・。
「はーーーーーーっとなると、あれだ」
「ん?」
「2番めの男を洗うしかないんだな、これは」
確実に進んでいるはずなのに、いつも新しい人間の身辺確認が始まってしまうのは、まったく捜査が進んでいる感じがしない。
果たして、私達は丸中純に・・・真実に、近づいているのだろうか。
トーキョーの天使たちへ 鞠緒リオマ @liomadoka
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