聞きたがりの君と僕

@yuu_asagi

第1話 桜と君と

「ねぇ、なんで桜の花びら付いてるの?」 話しかけられて、僕は振り返った。後ろには同じクラスで委員会まで同じになった顔馴染みの少女がいた。彼女は手を伸ばして僕の髪から花びらをつまんだ。

「多分、うちの近くの八重桜が咲いてたから、それだな。」

「そっか。ソメイヨシノはあっという間に散っちゃったもんね。」

この春に僕たちが入学した東高校は、駅から学校までの緩やかな坂道沿いに桜並木が続いている。桜の名所としても知られていて、満開になると花見客や趣味のカメラマンが集まるくらい有名だ。今年は例年より桜の開花が遅く、そのおかげで入学式まで桜が持つんじゃないと言われていたが…桜が盛りになると同時に雨で流されて散ってしまっていた。おかげで入学式の日は、歩道に雨で濡れた花びらが積り散々な状態だった。

「この桜並木に憧れて受験頑張ったのにさ。」少し拗ねた頬が膨らんだ。

「しょうがないだろ、来年見られるよ。」

柔らかそうな頬が、また少し膨らんだ。


。゜*。。*゜゜。*。*。。*゜゜。*。。゜*。。*゜゜。*。*。。*゜゜。*。

「校外学習が4月25日にあって実行委員を2人決めないといけないんだけど、誰かやってくれる人いないか?」入学式の後に戻った教室で担任が言った。すでにクラス委員は半ば担任の推薦という形で決まり(たぶん、入試の上位とか推薦入試で良い評価だったとかで選ばれたんだろう)、とりあえず急ぎで決めなければいけない委員だけ決めたいと言った。

「仕事内容は校外学習の準備だな。スケジュールの確認やしおり作成、当日の準備など。月末までで期間は短いが少し忙しいかもしれないな。できれば部活が決まっている者じゃないほうがいいんだが。」うちの学校は部活が盛んで、すでに入部を決めているやつも多いんだろう。担任の計らいに部活優先組の気が緩んだのが分かった。同時に「誰かやれよ」というプレッシャーを感じる。気のせいかもしれないけど。まあ、やってもいいかと思う。期間限定の作業なら1年間続く他の委員会より楽だろう。僕は手を挙げた。

「やります。」

「じゃあ、私もやりまーす。」

隣の席の黒髪セミロングが手を挙げた。

「じゃあ、ええと…」担任は名簿を見て名前を確認している。

「高山篤です。」

「斉藤真衣です。」

「ああ、助かる。まだ、名前と顔が一致してないからな。」

担任は僕等の名前をメモしながら1回目の実行委員会が明日の3時からあること伝えた。


「よろしくね。高山君。」

さっさと帰ろうとした僕に斉藤さんが話しかけてきた。

「こちらこそ。斉藤さんは部活はいいの?」

「私、中学までは新体操やってたんだけど、もういいかな~って。入るとしても緩めのところにするつもり。高山君は?」

「僕も部活は入らないでバイトする。」

「そっか。それもいいねぇ。ね、一緒に帰ろうよ。私、同じ中学からここに来てる人いないから友達いないんだよね。」

「いいけど、僕、地元だから。駅まででいいならね。」


駅までの下り坂で僕たちは他愛もない話をした。1時間30分かけてここまで通っていること、駅からの桜並木が好きでこの学校を選んだこと、入学式に桜が見られるのを楽しみにしていたのに散ってしまって残念なこととか。彼女の柔らかいけど芯のある声はとても聴きやすくて、たくさん話しているのに嫌な感じは全くしなかった。

駅に着くと彼女は僕のほうをみて右手を振りながら「じゃ、また、あしたね。」と言って改札を通った。並んで歩いていたときは気づかなかったけれど、後ろ姿がとてもきれいだった。

そういえば、新体操やってたんだっけ。

僕の耳には彼女の声がまだ残っていた。

。゜*。。*゜゜。*。*。。*゜゜。*。。゜*。。*゜゜。*。*。。*゜゜。*。


「ええと、37部だっけ。」

「担任の分もだから38部。」

2回目の実行委員会が終わり、しおりを両手に抱えてクラスに戻った。配られたしおりはコピー用紙に印刷されただけのもので、ページ順に並べてホチキスで止めて配布する。これを明日までにやっておくことが僕たちの仕事だった。

教室に戻り、すぐに作業を始めることにした。窓からオレンジ色の夕焼けが見えて、今日の委員会は思ったより長かったなと思った。僕たちは、効率を考えてページ順に一枚ずつ取り、一部ずつ互い違いに重ねて最後に綴じることにした。僕は別にかまわないけど、家が遠い斉藤を早く帰らせないといけない。

「なんか、1枚ずつ取りにくいな。」

静電気のせいなのか紙が2枚付いてきてしまう。

「それ、いい方法あるよ。」

斉藤は紙の束の上を人差し指で円を描いてくるくるとなぞり始めた。すると紙が円形に少しずつずれていった

「すごいでしょ!」と得意そうに斉藤が言った。

「高山もやりたくない?!やりたいでしょ!」

「僕は先に取った分がダブりがないか確認しておく。斉藤は他のもやっといて。」

彼女はちょっと不満そうに「も~やってみたらいいのに~」と言いながら残りの束もくるくると指でなぞっていった。

僕はすでに組み合わせてあったしおりをダブりがないか数えなおしながら横目で斉藤を見ていた。

斉藤は楽しそうにくるくると指先を回していた。その指先のピンクの爪が桜の花びらのように見えた。


「桜の塩漬けって八重桜で作ってるんだって。知ってた?」

「知らなかったけど…」

「けど?」

「あれだけ桜さくらって言ってたのに、実は団子派か。」

「しょうがないでしょ。もう、お腹すいたよ。桜の塩漬けが乗ったあんぱんが食べたいな~」

僕たちはしおりを作り終わった後、急いで駅に向かった。けれど、斉藤の乗る予定だった電車には間に合わず次の電車まで一緒に待つことにして、駅の反対側にある公園に来ていた。公園には八重桜が通路に沿って植えられていて、薄闇の中静かに散っていた。

散る花をじっと見つめながら、彼女は零れ落ちたように「綺麗。」とつぶやいた。

彼女の手は風でみだれそうな髪を押さえていて、髪には花びらが何枚か絡み付いていた。

僕も同じ言葉を心の中でつぶやいた。


もうすぐ電車が来るからと、僕たちは駅まで急いだ。

改札前まで着いたときに彼女は振り向いて言った。

「ねぇ、さっき私のことめっちゃ見てたでしょ。何で?」

「え…何でって…」

「髪、ぼさぼさになってる?」

手で髪を梳きながら彼女は言った。

「や、大丈夫。」

「あっ、電車来ちゃった。またあしたね。」

ひらひらと手を振りながら彼女は改札を通りホームに向かって走って行った。


僕は動揺していた。

本当は斉藤のことを見ていた。八重桜なんて目に入っていなかった。彼女の爪先と髪に絡まった花びらが同じ色だと分かって嬉しかった。同じ桜の下に居たけれど綺麗だと思ったものは違うんだ。

きっと、彼女も気づいていない、僕だけが知っていること。

僕は斉藤が好きなんだと思う。







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