第8話 クローン・キャスト浩太の堕落/⑤ 決 別

 小梅は浩太にカチンときたが、小梅が言い返すより先に、浩太の方が小梅に詰め寄ってきた。

「オババンのおかげで、何もかも台無しですよ。ボクは、これからずっと沙紀先輩に引き立ててもらえるはずだった。なのに、オバハンの余計なお世話で、沙紀先輩を敵に回してしまった。どうしてくれるんですか!」


 美鈴が浩太に近づき、肩をつかんで小梅から引き離す。

「浩太、私が小梅先輩にお願いして、浩太を止めてもらったんだよ」

「なんで? なんで、そんな余計なことをした! ボクが沙紀先輩にワイロを払ったら、沙紀先輩はボクを『美男組』に引き上げるだけじゃなく、美鈴も『美女組』に引き上げるって、約束してくれたんだ」

「なんですって!」

美鈴が驚いて浩太の肩から手を離す。

「そんな話、聞いてない」

「言えなかった。10万クララのワイロを全部集めるまで、この話を美鈴にできるわけがない」


 バシッ!

美鈴が浩太を平手打ちする音が、天井の高い大道具部屋に響いた。

「私が、いつ『美女組』に入りたいって言った? 一度もないよ。だって、そんなこと、望んでないもの。それなのに、沙紀先輩にワイロを渡して私を『美女組』に引き上げてもらうですって! いくら姉弟みたいな幼馴染だからって、勝手に私の生き方を決めないで!」

—―昨日は女の情念に流されて少しイカれ気味に見えたけど、今はなかなか良いことを言うじゃないか。

小梅は美鈴に感心する。浩太がどれほど美鈴と親しくても、美鈴の生き方を決める権利はない。


 しかし、浩太は美鈴に頬を張られても、ひるまない。

「美鈴こそ、この先のことを、ちゃんと考えろ。ボクたちクローン・キャストは50年しか生きられない。ラムネ星人がボクらに断りもなく、そういう遺伝子設計にしたからだ。たった50年のクローン人生を『機構』に命じられるまま、その他大勢になったり動物になったりして、すり減らしたいのか? ボクは、嫌だ。寿命が50年しかないなら、せめて、その間『美男組』でスポットライトを浴びていたい」


 浩太の言い分も分からなくはないと、小梅は思う。小梅は『なんでも屋B組』のクローン・キャストだから《その他大勢の人間役》と《動物役》しか演じられない。そのように遺伝子設計されているのだ。

 ところが、《なんでも屋A組》の浩太と美鈴には⦅美男役》、《美女役》も回ってくる。中には《美男組》、《美女組》に定着する者もいる。

 上に昇るチャンスがある分、浩太は自分のキャリアについて迷い、悩むのだろう。


「小梅先輩も、このバカに何か言ってやってください」

美鈴が小梅に助けを求める。

「あたしには、何も言えることはないよ」

「ええっ!」

当てが外れて驚く美鈴。

「《なんでも屋B》から上に昇るチャンスがないあたしと、⦅なんでも屋A》から上に昇るチャンスがある浩太では、条件が違う。あたしが浩太のキャリアを、とやかく言えるもんじゃない」


「だったら、なんで、余計なお節介をした! 言ってることとやってることが、矛盾してるぞ!」

浩太が小梅に食ってかかる。

「だから、それは、私が小梅先輩にお願いして……」

美鈴がとりなそうとするのを制して、小梅は浩太に向き直る。

「あたしが、さっきあんたを止めたのは、あんたが借金地獄にハマるのが見えてたからだ。月に30パーセントの利息だなんて、日本昔話に登場する悪徳金貸しより、もっと悪質だ」


「だから、借金しても、それに見合う見返りが……」

言い返す浩太を

「人の話を最後まで聴け!」

と怒鳴りつけ、小梅は話を続ける。

「あそこでアユから金を借りても、あんたに返済できたとは、思わない。しかも、アユは、あたしと同じ《なんでも屋B組》だよ。あんたに《美男組》の役を引っ張ってくる力なんか、ありゃしない。この先ず~っと、あんたにたかって金をゲットし続ける気だったんだ」


「アユ先輩がボクにたかり続けるって、それ、小梅先輩の勝手な決めつけじゃないか。借金だって、返せるかもしれない」

浩太が口を尖らせて言う。

「浩太、まだ、そんなバカなことを言って」

美鈴が浩太の肩に回そうとした手を、浩太が振り払う。

「なるほど。確かに、やってみなきゃわかんないね。じゃ、これからアユの所に詫びに行きな。お節介ババァの小梅は録音なんかしてなかったって、本当のこと言って、頭下げて、金を借りるんだね。その金で沙紀にワイロを払って《美男組》に引き上げてもらいな」

「あぁ、そうするとも」

浩太が小梅をにらんで言う。


「私は、《美女組》に引き上げてもらわなくて、結構」

美鈴がキッパリ言う。

「なんでだ? 将来のことを真面目に考えろって言っただろう」

「沙紀先輩の奴隷になんか、なりたくない!」

美鈴が吐き出すように言う。

—―うん、また、女の嫉妬が出たか? 

と小梅は思う。

「奴隷なんかじゃない。仲間にしてもらうんだ」

「奴隷だわ。浩太、沙紀先輩から言う通りにしないと⦅美男組⦆から追放すると言われたら、逆らえるの?」

浩太はすぐに返答できない。


「沙紀先輩にワイロを払わず保安部に通報するキャストが出てきたとするわよ。『そのキャストと一緒に昔話を演じてわざと失敗させろ。そうしないと⦅美男組⦆から追い出す』――沙紀先輩にそう言われたら、浩太、あなた、どうするつもり?」

「それは……」

浩太が言葉に詰まる。

「このままワイロを払って《美男組》に入れてもらうような浩太なら、沙紀先輩の言いなりになって、心の真っ直ぐなキャストを破滅させるに違いない。私は、自分がそんな風になりたくないの」

—―ただの嫉妬じゃなかった。良いことを言うじゃないか!

小梅は、またも美鈴に関心する。


 これ以上話してもムダだと、小梅は思った。

「美鈴、大げさなことを言うようだけどさ、こればっかりは、人生観の違いだから、仕方ないよ。美鈴には美鈴の生き方、浩太には浩太の生き方がある。親しい幼馴染にも、別々の道を行くときが来るもんだ」

自分には親しい幼馴染などいない小梅が、分かったようなことを言う。


「そういうものでしょうか……」

美鈴が目を伏せ、涙が床にこぼれる。その美鈴が、はっとしたように顔を上げた。

「浩太が録音なんかなかったと白状したら、小梅先輩の身を守る保険がなくなります! 小梅先輩が録音を持っていると思えば沙紀先輩もアユ先輩も小梅先輩に仕返しできませんが、録音がないと知ったら平気で仕返ししてきますよ」

「美鈴、それは大丈夫だ。沙紀とアユが欲しがってるのは、金と奴隷だ。それさえ手に入れば、あたしみたいな下っ端に用はないさ」

「本当にそうでしょうか?」

美鈴が心底心配そうな顔になる。

—―こいつ、イイ奴だな。

と、小梅は思う。


 小梅は、浩太に言う。

「アユに詫びを入れるんなら、急いだほうがいいぞ。それから、沙紀にサボタージュされなくても『浦島太郎』を演じ損なう危険は、他にも、いっぱいある。沙紀によく教えてもらって、きちんと成功させるんだな」

浩太が大道具部屋から駆け出して行った。

 美鈴が涙に濡れた顔を小梅の胸に押しつけてきた。小梅は美鈴の細い身体に腕を回して背中をさすってやるのだった。


〈おわり〉



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日本昔話再生支援機構/クローン・キャストたち 亀野 あゆみ @FoEtern

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