第7話 クローン・キャスト浩太の堕落/④対決

 美鈴の可愛い顔に似合わぬ女の執念に、小梅は圧倒された。小梅は至って男性的に出来ているので、同僚の女性キャストに女の情念をぶつけられると対処の仕方が分からず、お手上げになることが多い。

 美鈴に対してもまさしくその感じで、浩太が沙紀の代理人にワイロを渡す所に立ち会って欲しいという——それが何になるのか大いに疑問な——美鈴の頼みを断り切れず、美鈴と一緒にワイロの受け渡しを見張ることを約束してしまった。


 翌日、小梅は美鈴と一緒に、ひと気の絶えた大道具部屋の隅で息を潜めていた。薄暗い非常灯が『浦島太郎』で使う竜宮城のセットをボォッと浮かび上がらせている。

 浩太が大道具部屋に入ってきた。落ち着かない素振りであたりを見回す。五分ほどして、女性が現れた。その顔を見て、小梅は

「アユじゃないか」

と、声を殺して驚く。

「小梅先輩のお知り合いですか?」

美鈴が小声で尋ねる。

「クローン人間養育所の後輩だ。あたしと沙紀がシスター役で面倒を見ていた」

「それで、沙紀さんの手先を務めているのでしょうか?」

「多分な」


「約束の10万クララを持ってきたか?」

アユが浩太に訊く。

「半分の5万クララを集めるのが、やっとでした。もう少し、待ってください」

「あんたが『浦島太郎』を演じるのは、あさってだ。もう、待てないね」

浩太が青ざめる。

 アユが狡猾そうな目で浩太を見る。

「なんだったら、不足分の5万クララは、あたしが貸してやってもいいよ。あんた、あたしのタイプだから、利息は月30パーセントにまけてやる」

「月30パーセントの利息だなんて、そんな、無茶苦茶な」


 顔を歪める浩太に、冷たい笑みを浮かべてアユが言う。

「あんたは、『桃太郎』、『一寸法師』、『聞き耳頭巾』と、重要な昔話3つの主役で成功してきた。『浦島太郎』も成功させれば『なんでも屋A組』から抜けて、晴れて『美男組』の仲間入りだ。だけど『浦島太郎』で失敗したら『なんでも屋A組』に逆もどり。二度と『美男組』の役は回ってこないかもしれないよ」

「ボクは、ここで失敗するわけにはいかない! ここで成功してビッグになって、ボクを馬鹿にした『美男組』の連中を見返してやるんだ」

「だったら、あたしから金を借りるしかないだろう」


「小梅先輩、なんとかしてください。このままだと、浩太はアユさんからお金を借りてしまいます。月の利子が30パーセントだなんて、借金地獄に落ちるのが目に見えてます」

美鈴が小梅の肩を揺さぶる。

「そう思うんなら、あんたが止めなよ」という一言が言えない小梅は、仕方なく、身を起こし浩太とアユに歩み寄る。


「誰だ!」

アユの鋭い声が飛んでくる。

「クローン人間養育所でピーピー泣いてたあんたが、今では、沙紀の手先でワイロの取り立て役かい? しかも、高利貸しを兼業ときた。人の成長ってのは、侮れないね」

「小梅先輩? 小梅先輩じゃないですか。こんな所で、何をしてるんです?」

「あんたの成長ぶりを見に来たのさ。それと、今の会話は」

と言って、小梅は服のポケットから小さな箱のようなものを取り出し、アユにかざしてみせる。

「バッチリ録音させてもらった」

 アユが「ははは」と笑う。

「先輩、それをどこに持ち込むつもりですか? どこに持ち込まれても、沙紀先輩も私も、痛くもかゆくもないですよ」


「そうかい? あたしは、今月と来月は回り持ちで職員食堂の娯楽提供当番なんだ。音楽の代わりにこの録音を職員食堂のスピーカーで流したら面白いことになるだろうね」

アユの表情が歪む。

「そんなことをしたら、先輩だって、タダでは済みませんよ」

「そうだろうねぇ……お互いにダメージを受けるわけだ。でも、あんたがこの坊やからワイロを取り立てるのを止めれば、あんた達も、あたしも、傷つかない。それとも、はした金のために、あんただけじゃなく、沙紀まで破滅させるかい?」


「チッ、余計な邪魔が入った」

アユが独り言のように毒づき、つづいて浩太に向かって吐き捨てるように言う。

「浩太、あんたが『浦島太郎』でしくじってスターへの道が閉ざされたら、このおせっかいなオバハンのせいだからな。オバハンを恨むんだね」

 大道具部屋から出て行こうとするアユの背中に小梅が声をかける。

「アユ、今度の『浦島太郎』が不成立になったら、そん時も、この録音を職員食堂で流すぞ。沙紀に、気合入れて公演を成功させろと伝えときな」

アユが振り向き、悔しそうに言う。

「小梅先輩、今日のところは先輩の顔を立てておきます。でも、このままタダですむと思わない方がいいですよ」

「あんたたちが、どんな汚い手を使ってくるか、楽しみにしてるよ」


 美鈴が飛び出してきて、小梅に抱き着いた。

「小梅先輩、すごいです。録音機を用意してたんですね」

「録音機? 違うよ。これ、あたしの好物のキャンディの箱。録音機だって言ったのは、とっさの思いつき、ハッタリだ」

「ええーっ、ハッタリ。それがバレだらどうするんですか?」

「知らないよ。あんたが何とかしろって言うから、ない知恵絞ってハッタリかましたんだ。文句があるなら、自分で自分に言いな」


 目の前で起こっていることが分からないみたいに呆然と小梅とアユの応酬を眺めていた浩太が我に帰って、小梅に怒鳴りかかってきた。

「小梅先輩、よくも、ボクの成功を邪魔してくれましたね!」

「今度の『浦島太郎』は成功するよ。あれだけ脅しておけば、大丈夫だ。」

「今度だけじゃなくて、ボクは、この先も沙紀先輩に引き立ててもらって、大スターになるつもりだったんです。これで、沙紀先輩を敵に回しちゃいました。よくも余計なおせっかいをしてくれましたね、オ・バ・ハ・ン!」

「はぁ?」

小梅はカチッときた。


 

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