第6話 クローン・キャスト浩太の堕落/③幼馴染の思い

 小梅はクローン・キャストの間でワイロが動いていることに驚いたが、浩太がそれを払うつもりで金策に駆け回っているということには、もっと驚いた。

「ワイロとはびっくりだけどさぁ、それって不正行為だぞ。浩太は断わりゃいいじゃないか。ワイロは払わずに、保安部に訴えればいい。どうして、そうしないんだ?」

「浩太が保安部に訴えたら沙紀さんが『浦島太郎』を失敗させ、浩太は二度と『美男組』の仕事をするチャンスがなくなるんです」

「何だって! 確かに沙紀はW主役の一方だから『浦島太郎』をわざと失敗させることはできる。だけど、そんなことしたら、沙紀も責任を問われる。あいつも『美女組』から追放されるじゃないか?」


 美鈴が唇をかみしめ、大きな瞳を見開く。そして、口を切る。

「プロジェクト管理部長が沙紀さんとグルなんです。『昔話再生審査会』が『浦島太郎』が失敗と判定しても、管理部長は沙紀さんの責任は問わないんです」

「だけど、保安部は真相追及に動くだろう」

「保安部もグルです。沙紀さんの不正を訴えても取り上げません」

「なんだって?」

「私たちの二年先輩の『なんでも屋A組』の男性キャストさんから訊き出しました。その人も『浦島太郎』役に選ばれた時、沙紀さんからワイロを求められたそうです。払うのを断り保安部に訴えたら沙紀さんのサボタージュで『浦島太郎』を失敗させられた上に、保安部には何の調査もしてもらえなかったそうです。その先輩は、それ以来、その他大勢の役しか回ってこないと言っていました」


「参ったな。クローン・キャストの上の方は、そんな闇の中で仕事をしてるのか? あたしみたいに動物変身中心のローン・キャストは、実にクリーンで単調な毎日を過ごしているんだけどな」

「私も、そんな闇があるなんて、初めて知りました。私がまだ『美女組』の仕事に選ばれたことがないからかもしれません」

「待てよ。ワイロは払わない。だけど、保安部に通報もしない。そういう手もあるだろう?」

「あります。でも、その場合でも沙紀さんは『浦島太郎』を失敗させます。そして、浩太には二度と『美男組』の仕事は回ってきません」

「それでも、いいじゃないか」

「浩太は、泥水をすすっても、『美男組』の仕事にに引き上げてもらうのだと言っています。なんといっても、昔話の主役は『美男組』・『美女組』ですから」


「浩太がそういう覚悟なんだったら、浩太の好きにさせるしかないだろう。なんで、あんたがあ、たしなんかに相談に来てるんだ」

 美鈴が伏し目がちにうつむく。

「私、なんとか浩太をこの黒い穴から救い出したいと、藁をもつかむ思いなんです」

小梅は思う。

—―えぇ、あたしは藁なんか? 失礼なことをズケズケと言う奴だな……まぁ、実態はそんなもんだけどな……

「あんたが浩太を助けようと藁をもつかむ思いでも、浩太はあんたに助けて欲しいとは思ってないんだろ?」

「それは、そうなんですけど」

美鈴の声が細くなる。


「でも、私……」

美鈴がうつむいたまま言葉に詰まる。

「でも、なんなんだ?」

小梅は、美鈴の話を聞くのが面倒くさくなってくる。もう結論は出てるじゃないか。

「私、浩太が沙紀さんの言いなりにさせられるのが、我慢できないんです」

小梅が泣きそうな声になる。

「あんがた我慢できなくても、浩太がその気になってるんだから、仕方ないじゃないか」

「浩太を沙紀さんに奪われるみたいで、悲しいんです」

そこまでうつむいたまま言うと、美鈴が顔を上げた。大きな瞳が見開かれ、強い光を放っている。

「私、浩太を沙紀さんに渡したくないんです!」

美鈴が激しい口調で言い放った。

「ええ~っ」

可愛い顔して女の業を剝き出しにする奴だと、小梅は驚くのだった。

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