二十

 雅也の車が自宅ガレージに止まると、雅也から先に連絡を受けていた美々子の母親が自宅から飛び出して来た。

「美々子! 無事なのね、何ともないのね」

「うん、大丈夫」

 重かった頭もスッキリとし始めていた。

「とにかく二人とも、家に入って!」

 母親に即されるがまま、家の中へ入ろうとした時、

 ピローン

 美々子のスマホにメッセージが届いた。

「藤乃よ!」

 メッセージには、ネットページのアドレスが書かれていた。

「なに、これ」

 美々子が差し出した画面には、横たわる藤乃と真由の姿があった。

 母親が小さな悲鳴を上げた。

 眠っているのだろうか、息をしているのは確認できるが、二人とも動かない。

「警察にっ!」

 美々子の母が親エプロンのポケットから取り出したスマホで連絡をしようとするのを、雅也が制した。

「警察は少し待ってください。美々子ちゃん、そのアドレス、僕にも送って! 僕は久城の家に行きます!」

「私もっ!」

「だめだ。美々子ちゃんは、安全な場所に居て。必ず連絡するから」

 電車内で痴漢から助けてくれた時の雅也と同じ表情だった。

「分かった……。必ず連絡してね」

「本当に警察には連絡しなくて良いのね?」

 母親の真剣な視線が納得できない様子で雅也の視線を捉えた。

「必ず僕の方から状況を知らせますので、待っていただけませんか」

 今囚われている二人は代々続く政治家の家の娘だ。それは美々子の母親も知っているだろう。ならば、今ここで自分達が先走る事は許されない。

「ママ、私はこうして無事だったんだし、ね。雅也君任せよう」

「仕方がないわね……。でも明日になっても何も分からなければ、私が警察に連絡しますから」

 娘は救出する事が出来たとはいえ、娘の友達がまだ眠らされ軟禁されているのだ。

「もちろん」

 雅也はそう明るく言って、美々子の母親に頭を下げると、車へと戻った。

 

 美々子から転送されてきた映像は、録画ではなくライブ配信だ。

 雅也は直ぐにそれを歩美に転送し、歩美に連絡をした。

「もしもし? 歩美おばさん? 今送ったの、見た?」

 今忙しいから後で見ると言う歩美に、直ぐに見るように伝え、車を久城家に向けた。


 歩美は二人の少女が横たわる姿に悲鳴を上げた。

 直ぐに真由のスマホに連絡をしたが、電源が切られている。

 これは、誰かのイタズラではなく、娘の身に起きている現実だ。

 歩美が次に連絡を入れたのは、警察でもなく夫の勝也でもなく、綾川浩三だった。


 冷静に運転できる自信がない。

 歩美はタクシーで綾川家に向かう事にした。娘の身に危険が及んでいると言うのに、こう言う判断が出来る自分が嫌だった。

 普通の母親なら、直ぐに警察に電話をして大騒ぎをするのだろうか。

 あの時だってそうだ。周りの大人の事など気にしないで直ぐに警察に連絡していれば、今頃冬子は生きていたかもしれないし、娘の口から藤乃の名を聞く度に、後悔で全身が固まる様な気分になる事もなかったかもしれない。

 

 表通りに出れば、タクシーくらい直ぐに捕まる。そう思っていたが、こんな時に限って通るのは客を乗せたタクシーばかり。

「おばさん、どこ行くの!」

 歩美の前に止まったのタクシーではなく、雅也の運転する車だった。

「ああ、雅也くん。ちょうど良かった。今から綾川家に向かうのよ。乗せてって」

「もちろん、乗って! 場所知らないからナビってよ」

「これ、住所!」

 歩美が差し出したのは、昔冬子から届いた手書きの年賀状だった。

 この年賀状を受け取ったその年に、あの事件が起きた。

 山村美々子が軟禁されていた経緯と状況について、雅也から聞き出しながら、歩美は昔の自分を思い出していた。

 冬子の事件以降、自分を責めるあまり心身のバランスを崩した歩美は外へ出られなくなった。

 そんな歩美を支えたのは、恋人だった父の秘書村井勝也だった。

 何度か冬子に会いに行こうとしたが、お互い傷付くだけだと勝也に止められた。

 今思えば、会いに行けばよかった。

 会いに行って、何か話しでもできれば親友との結末は違ったものになっていたかもしれない。

 冬子が子供産んだと聞いた時、子供の父親について恐ろしくて聞けなかった。

 誰も口には出さなかったが、事件の犯人が父親に違いない。

 冬子が藤乃を産んだ年に歩美は勝也と結婚をし、翌年真由を産んだ。

 藤乃が桃美女学園の幼稚園に入園したと聞いて、真由には別の幼稚園に通わせた。冬子と顔を合わせるのが怖かった。

 冬子があんな目に遭ったのは、自分のせいだ。そう責められるのが怖かった。

 ただ自分が頑張る姿を冬子が見れば、冬子の方から連絡をしてくるかも、そんな淡い期待を持ちながら、早くに亡くなった父の後を継いだ。

 

 自分達の身に降りかかっている状況を知らないまま眠る二人の少女の姿は、あの頃の自分と冬子に見え始めた。。

「おばさん、着いたよ」

 歩美は大きくし深呼吸をすると、親友が生まれ育ち命を絶った場所へと降り立った。

 ここへ来るのは何年振りだろうか。

「このまま雅也は帰りないさい。関わらない方が良い。彼女は無事だったんでしょ」

「それは無理だよ。美々子ちゃんのお母さんには状況を報告する代わりに警察への通報を待ってもらってるんだ」

「そう、じゃぁ一緒に来なさい。ただし、報告をする内容については、こちらで精査した事だけよ」

「分かった」

 エンジンを止めた雅也は、歩美と一緒に綾川邸へと足を踏み入れた。

 

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箱入令嬢復讐ノ章…暴かれた動画 みや(弥也) @miyathubo

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