十九
凄く眩しいし、うるさい。
スマホのアラームがけたたましく鳴っている。
もう少し寝ていたいんだけどなぁ。
美々子は重い瞼を何とか開いた。
重いのは瞼だけではなく、頭も身体も重かった。
「えっ?」
視界には入る景色に、思わず声が出てしまった。
ここは、どこ?
手に握っていたスマホからは相変わらずアラームが鳴っている。
慌ててアラームを止めた。
小さな一人用ソファにテーブルと冷蔵庫、そして今美々子が寝ていたベッドがあるだけの部屋。
ベッドの側には、見覚えのあるスーツケースが。
そうだ、あのスーツケースを待って藤乃と真由の三人で大阪へ行ったのだ。
何がどうなっているのか、思い出そうとすると頭痛がした。
怖い。
テーブルの上には、美々子のショルダーバッグが置かれていた。
「あの! 誰か居ますか?」
思い切って声を出した。
返事はない。人の気配すらしない。
「藤乃? 真由?」
誰の悪ふざけだろうか。
そっとベッドから降り、バックを抱きしめて恐る恐る部屋の中を確認した。
誰か居たら、このバッグで殴ってやるんだから。
雅也と知り合うきっかけになった痴漢事件以降、美々子は何度も雅也と痴漢撃退の練習をした。
もしかしたらこれは藤乃と真由の悪ふざけで、二人はどこかに隠れているのではないか。
だとしたら、おふざけが過ぎる。
しかし、浴室もトイレも、誰もいなかった。
外に出ようかとも思ったが、怖くなってやめた。バッグの中を確認したが、盗られた物はなく、現金もカード類もあった。
助けを呼ばなくちゃ。
それにしても藤乃と真由はどこに行ってしまったのだろうか。
『二人とも無事? 私、目が覚めたら知らない所にいたんだけど』
グループメッセージを送った。
時間は午後七時過ぎ。
アラームは午後七時にセットされていた。
確か大阪から東京に着いたのは午後一時だった筈。
突然、スマホから雅也からの着信を知らせる着信音が大音量で鳴り響いた。
今日は美々子達が大阪から帰る日で、昼過ぎには東京に戻っている筈だった。
「戻ったらすぐにお土産を渡したいから、連絡するね」
と言っていた美々子から何の連絡もなく、メッセージを送っても読んだ形跡がない。
今までこんな事は一度もなかった。
何かあったのかもしれない。
心配になって、アルバイトに入る前に確認をしてておこうと思いかけた電話だった。
「雅也君! 助けて!」
美々子の第一声に胸騒ぎが現実になった。
もし、電話をしていなければ、アルバイトが終わるまで美々子の置かれた状況を知らずにいるところだった。
店長に何も告げずに店を出てきてしまった。
一秒でも早く美々子を安心させたかった。
クビかな……。
別にアルバイトをしなくても小遣いに困る様な事はなかったが「親の金で遊ぶ」という事に引け目を感じて、遊ぶお金だけは自分で稼ごうと高校生の時に始めたのが、このスーパーのバイト。
しかし、美々子から「私のスーパーヒーロー」と言われていては、ヒロインの危機に動かずにはいられなかった。
美々子は雅也に電話で指示されたとおり、ドアチェーンをかけ、何かこの場所の住所が分かるものを探すと、テーブルの上に郊外の住所が丁寧な文字で書かれたメモが置かれていた。
美々子の自宅まで、車で三十分程の場所。
急いで雅也に知らせた。
こんな状況にも関わらず、スマホには家族からの連絡はない。
山村家の夕食は午後七時半と決まっていて、夕食の時間が美々子の門限でもある。。
門限を過ぎて家族が騒ぐ前に、美々子を目覚めさせるためにスマホのアラームをセットしたのだろう。
だとすると、美々子の家庭の事情を知る者と言う事になる。
盗聴や盗撮の可能性もあると言われて、雅也が到着するまでの間、自分の荷物や部屋中の確認をしたが、何一つ怪しい物もなかったし、荷物にはここ数日の思い出がぎっしりと詰まっているだけだった。
ピンポーン
玄関のインターホンが鳴って、モニターには心配そうな雅也が映し出された。
メモに書かれた住所は、嘘ではなかった。
慌てて玄関まで行き、ロックを外した。
「美々子ちゃん、大丈夫かっ?!」
ドアが開くと同時に雅也が飛び込んで来て美々子を抱きしめた。
「直ぐにここを出よう」
雅也に言われるがまま、美々子は謎のマンションを後にした。
「藤乃と真由に連絡が取れないの、どうしよう」
乗りなれた雅也の車に乗って、ほっとしたのだろう。
その目には安堵と不安の混じった涙が溜まっていた。
「もう一度メッセージ送ってみたら」
さっき送ったグループメッセージも読んだ形跡はなかった。
『二人とも大丈夫!? 私は雅也君に助けてもらって安全な場所にいるよ』
無事であってほしい。
ほんの数時間前まであんなに楽しかったのに。
一体だれが、何のために。
美々子はあふれ出る涙を止められなかった。
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