十八
「え!」
真由からの想像もしなかった提案に、思わず大きな声を出してしまった。
「藤乃、声が大きい! ミミが起きる」
「ごめんなさいっ!」
美々子を見ると、ぐっすりと眠っていた。
「藤乃と色々話しをしていて思ったの、藤乃となら政治の世界に入ってもいいなって」
「わたしと? それは無理なんじゃない?」
「どうして?」
「だって」
どう考えても無理だ。真由の母九城歩美と藤乃の祖父と綾川浩三は、それぞれ別の対立する政党の有力者だ。
「党が違うから?」
「そうよ」
真由が不敵に微笑んだ。
「藤乃は古いな」
「え?」
「私達にしか出来ない事をしようよ」
私達にしか出来ない事、これは若くして父の地盤を継ぎ、妻となり母となった国会議員久城歩美のキャッチフレーズだ。
真由の目の輝きが藤乃にはまぶしかった。
「どう言う事?」
「二人で新しい政党を作るの!」
「新しい政党……」
思いもしなかった。学校の昼休み、真由とは政治や国際問題について様々な話をした。その時間は、本当に楽しく脳の隅々にまで酸素が行き届いているような気分になっていた。
「ね、凄く楽しみでしょ?」
「う、うん」
曖昧な返事をしてしまった。
もちろん、本当にそんな未来があるのなら楽しみでしかたがない。
しかし、そんな未来はどこにもないのだ。
真由は自分たちの政党の名前を考えながら眠ってしまったが、藤乃は眠れなかった。
聞かされた真由の計画は、藤乃にとって思いもしない未来だった。
もし本当にそんな事になれば、どんなに良いだろう。
でも真由の話しぶりを聞いていると、不可能な事ではないような気がしてくる。
本当に政治家への道を進み始めれば、浩三も納得してくれろうだろう。もし、新しい政党を作る事に浩三が反対したとしても、その時は真由も一緒なのだ。
独りじゃない。
きっと龍也も手助けしてくれる。
藤乃は龍也にメッセージを送った。
結局一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。
最初に目を覚ましたのは美々子だった。
「おはよう藤乃。私いつの間に寝ちゃったんだろ」
「ものすごい顔して寝てたわよ」
二人の声に真由も目を覚ました。
「ちゃんと写真撮っておいたから」
真由がスマートフォンで撮った美々子の寝顔写真を見せた。
「ちょっと!」
美々子が真由からスマートフォンを奪おうと襲いかかった。
「きゃー、ちょっとミミやめて!」
「真由が写真削除すればやめる!」
二人が大騒ぎしている姿に、藤乃はこころが落ち着いた。
今なら、今なら言える。
「ん? 藤乃、どうかした」
藤乃の様子に美々子が気付いた。
「二人に大事な話があるの」
「なに?」
二人に見つめられた藤乃は思い切って言った。
「私妊娠してるみたい」
美々子は薬局へと向かい、部屋には真由と藤乃の二人だけになった。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
「なんだか言い出せなくて」
本当は言うつもりなどなかった。
でも、昨夜の真由の話を聞いて、計画を中止にした。龍也にもそれは知らせた。
計画が中止にした次、自分の中に育っているかもしれない命をどうしたら良いか真由に相談したかった。
真由ならきっと良い案を出してくれる。
「何かあったらどうするつもりだったのよ。無事で良かった……」
真由に抱きしめられた。
本気で心配してくれている。それが嬉しかった。
薬局の妊娠検査薬の前で美々子は立ち尽くしていた。
「とにかく確認しないと。私検査薬買ってくるから」
自ら名乗り出たものの、手に取るには後少しの勇気が必要なようだった。
浩三や歩美の支持者は全国に居る。その孫や娘の顔を知る人も居るかもしれない。
だったら自分が買いに行ったほうが、色んな意味で安全だ、と判断したのだ。
自分の身体の中に、命が宿るってどんな気分なんだろう。
思わずお腹を手を当ててしまう。
私もいずれ妊娠するのかしら。その子供の父親は一体誰なんだろう。
「いらっしゃいませ」
白衣を来た店員が、美々子の背後を通り過ぎた。
「え、あ、はい」
慌てて検査薬を掴んでレジへと向かった。
レジで店員にチラっと顔を見られた気がした。
ちがうの! 私じゃないの!
思わず言いそうになったが、結局無言で会計を済ませて茶色い紙袋にいれられた検査薬をバッグに入れると急いでホテルへと戻った。
「ごめんなさい、やっぱり計画は中止にします」
藤乃からメールを受け取った時、やはり、と思った。
きっと大阪の旅が楽しかったのだろう。なんなら三人で将来の夢でも語り合ったのかも知れない。そして、過去を恨んで計画を実行するよりも未来を見ようとでも思ったか。
藤乃を見送った時は心が揺らいだが、この家で母の苦しむ顔、祖父の無念、そしてたった独りこの家で過ごした時間を思い出すと、それも消えた。
未来を見る藤乃と、過去にこだわりこんな事をしている自分。
藤乃の計画は、冬子がされた事を真由に。そんな単純な計画だった。ただ、真由を襲ったりはせず、どこかに監禁して二十年前の真相を久城歩美に話させよう。
真由と藤乃を監禁する場所の準備と、眠らせて監禁場所へ連れて行き、動画を撮り久城歩美と綾川浩三に送り付ける、それが藤乃の計画した龍也の役目だった。
甘い。
そんな事で、話すわけがないだろう。
そもそも龍也にとって、二十年前の冬子の事件や藤乃の父親が誰であるなどと言うのは全く興味の無い事なのだ。
龍也の目的はただ一つ。
この田舎の小さな家に暮らした者達を不幸にした綾川家への鉄槌だけだ。
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