Lord of Lords〜銀貨一枚から始まる成り上がり〜

@shololompa

銀貨一枚から始まる成り上がり

 生まれた頃から、スラムだった。

親も弟も身寄りも誰もいない。一人で生きていかなければならなかった。


「クソガキっ!よくもうちのりんごを!」

 りんごを盗んで、失神するくらいに殴られた。

気付いたら、道路の真ん中で馬に轢かれる直前だった。


「お前みたいなのはまともな人生送れないんだから、せいぜい俺らの馬車馬になるのがお似合いなんだぜ?」

 ドブさらいの仕事をして、もらったお金が言われていた額より安かったから文句を言ったら殴られた。文句を言ったせいで結局お金も貰えなかった。


 奴隷階級っていうものがある。

スラムの人間はみんなそれだった。でも、実際に奴隷として使役されるわけじゃない。あくまで、通称みたいなものだ。


 僕は力も常人並だし、顔もそこまでいいわけじゃないし、要領もずば抜けてるわけじゃない。

貴族なんかの私的奴隷になれるはずもないし、ましてやスラムでドブさらいばっかりしてた人間を慈しむ人もいない。


 絶望だ。


 今日はそんな僕は大通りの片隅で物乞いをしてる。

物乞いなんて不思議なことじゃない。それに、運がよかったらドブさらいより多くのお金が貰える!でも、あまり良くは見られない。


 当然だ、真っ当に働いてないから。

でも……スラムの人間はどれだけ努力しても無駄だということを知ってるんだ。どうしようもない差があるから。だから、スラムの中で争っては一位を決める。縄張りもある。どこがどこのドブを管轄してるか、どこがどこなら物乞いしたらいいか駄目か、とか。



「君、努力はしないのか?」

「え?」

「お金、欲しいなら働かないといけないんじゃないか?」

 そんなふうに一人で考えてたら、突然声が聞こえた。。

綺麗な子だった。きらきらしたフリルのついた薄青色の綺麗なドレスを着てる、黒髪の女の子。


「僕、スラムの人間、だから」

「階級なんて関係ない。それは言い訳だろう?」

 たしかに、普通の人ならそうなのかもしれない。

でも、僕はスラムの人間だ。努力したって、階級なんて関係ないとか言われても、何も成し遂げられやしない。


「……スラムの人間は、努力しても無駄なんだ」

「どれだけ努力しても、僕らは人間として見られないから」

「ふぅん」

 少女が、ごそごそとお金を取り出した。

キラキラ光る銀貨だった。ドブさらいを一ヶ月しても、手に入らないようなお金。


「これ、あげる」

「いいの?これ、だって銀貨だよ。すごく、高価じゃないか」

「私にとっては父様から貰ったお小遣いの一部。だけど君にとっては違うんだろう?」

「え?」

 少女がくりくりとした宝石みたいに翠緑(エメラルドグリーン)の色をした瞳で僕をじっと見つめる。


「じゃあ私は行く。次は物乞いなんてしないようにな」

「ま、待ってよ!本当にいいの!?」

「いい。二度は言わない。またな」

 そう言って少女は去っていった。

銀貨の重みが、僕の手にのしかかっていた。









 銀貨があれば、服も買える。

宿にも泊まれる。お金さえあれば、何でもできるんだ。


 物乞いはいいものだな。

ドブさらいなんて馬鹿みたいでやってられないや。

そうだ、今日はチキンを買おうかな?

人生はじめての、チキン。街の子供がみんな食べてる、美味しいやつ!いくらでも、銀貨があったら買って食べられる!


 でも、女の子が言ってたことが気になった。

僕にとっては違う……この銀貨が?


 きらきらと太陽に反射してきらめく綺麗な白銀色の銀貨。

僕にとっては違う……こと。


 僕にとっては違うこと。

この銀貨で、やれること。






「いらっしゃい!――ってお前スラムのガキか?わりぃが、お前みたいなのに盗まれるほどこの『バルディン武具店』は甘くねぇぞ。死にたくないならさっさと帰りな」

「あの、これ……」

「あ?こりゃあ、銀貨じゃねえか。どこで手に入れた?」

「ぬ、盗んでないです。ちゃんと、僕のもの、です」

 少し口調が尻すぼみになってしまう。

強面のおじさんがジローっと僕の顔を舐め回すように見る。すごく怖い。


「嘘は言ってねぇみたいだな。なら、お前は立派なお客さんだ。疑って済まなかったな」

「い、いいんです!慣れて、ますから」

「それで小僧、お前なにが欲しいんだ?剣か?槍か?銀貨で買えるもんはたかが知れてるが、一通りはあるぜ」

 おじさんはにっこり微笑めば、僕に対してやっぱり怖い声でそう聞いてきた。欲しい武器……って言われても、僕あんまり武器のこと知らないし……。


「あの、あんまり武器のこと、知らなくて。おすすめのやつとか、って、ありますか?」

「あんまり武器の事、知らないだぁ?」

 びくっと肩を震わせてしまう。

まさか、怒らせちゃった?なら、いそいで謝らないと!


「あの、ごめんなさっ」

「ガハハっ!気にすんな小僧!お前みたいな年のくせに逆に自分に合った武器知ってるほうがおかしいわ!」

「え?」

「お前、変わろうとしてんだろ?」

 おじさんが、ずいっと顔を近づけて僕にそう言う。

変わろうと……してる?


「えっと、その……」

「俺もスラム生まれでな。ガキんころはスラムでガキ大将張ってたんだ」

「そ、うなんですか?おじさんも、スラム生まれ、なんですか?」

「おうよ!だがな、ある日、オジキに――もう死んじまったが、一人のドワーフのおっさんが露店開いてたから武器盗んだんだわ」

 おじさんは、カウンターの奥から椅子を引きずり出すと、ぼんっと僕の横に置いて座るよう促してくれる。


座ってもいいのかな……?そっーと座ると、おじさんは何も怒らない。大丈夫みたいだ。


「そしたら拳骨食らっちまってな。しょんべんたらして気絶しちまったんだ。でもよ、そのあとドワーフのおっさんから俺はこう言われたんだ」

「お前、ワシの息子にならねぇか?ってな!」

「普通、自分の店で盗みやらかしたガキを養子にしようとするなんて頭おかしいだろ?だから俺も文句言ったんだがよ。結局、なっちまったんだ」

「それは、すごい、ですね」

 おじさんはドワーフの人に救ってもらったんだ。

でも、僕にはそんな人いない。やっぱり、スラムから抜けるなんて無理なのかな。


「あぁ。でもよ、それがきっかけで俺は"変われた"」

「"変われた"?」

「あぁ。スラムにいた頃は努力なんざしたって無駄だー、俺は人にこき使われるだけの人生だーって思ってたんだがよ。俺は気づいたんだ」

「スラムの人間だから駄目って思い込んでることから"変わらないと努力なんてモンはできない"ってよ」

 おじさんは僕の目をしっかりと見て、一つ一つ言葉を繋いでいた。

おじさんの目は――すごく輝いている。


「ま、スラムの殆どの人間は変わらないほうが楽だし失敗やらを知らなくていいからしねぇのかもしんねぇ」

「でもよ、小僧。お前は違う……目が違うんだ。お前の目、すげぇ今キレイだぜ」

「ぁ……え?」

「へへっ、話し過ぎちまったな。さて、小僧に合う武器か」

 おじさんはそう言ってカウンターから離れると、奥の倉庫みたいなところに向かっていった。飾られてる武器とかは高いのかな……そう思ってちらっと名札を見てみる。


 金貨6枚、金貨2枚、銀貨50枚……。

すごい値段だ。銀貨が100枚で金貨だったと思うから――思わず萎縮(いしゅく)してしまう。


「あったあった!小僧が武器扱ったことねぇんなら、これとかどうだ?」

 そう言って奥からカウンターに戻ってきたおじさんが持っていたのは、僕の身長くらいある長い剣だった。


「まぁ初心者には小剣(ショートソード)使わせろとかいうやつもいるが、小剣(ショートソード)だけじゃ攻撃を防ぐことは難しいし盾が必要になる。だが小僧が持ってるのは銀貨一枚だ。そこで俺は一本で守りも攻撃もできるコレを持ってきた」

 古ぼけた茶色の革製の鞘から、おじさんが長剣を抜いてくれる。

銀色の刃が、すごくキレイに輝いている。


「俺が若えころに打った代物でな。できはそこまで良くねぇが、これでも銀貨5枚はする……でも、小僧が変わるってここで約束してくれんなら、サービスしてやる。銀貨1枚で売ってやらぁ」

 変わる。僕が……変わる。

変われば、努力しても、報われるのかな?


「おじ、さん」

「おうよ」

「変われば、努力しても……報われますか?」

 頭がガシガシとおじさんに撫でられる。

すこし、こそばゆい。


「あたりめぇだろうが!ここに変わった人間がいんだ。小僧も変われるに決まってるだろ!」

「ならっ、僕変わります!変わって……おじさんみたいになります!」

「おいおい、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!よし、なら契約成立だな。この剣、たしかに銀貨1枚で売ってやる!」

 そして、鞘に入った長剣をおじさんが持って僕に差し出す。

剣の鞘と柄を両手でしっかりと握る。


 重い。

でも、嫌な重さじゃない。


 僕は、変わる。

この剣を使って、絶対に変わってやる!

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