最終話 ──真実──

 どうなった……?


 俺は大聖堂ごと消滅したのか……?



「────────!」


 ……天使の呼び声?


「────!」


 いや、俺のところに天使が来るはずないか……。





「助けて!」



「助けて、クラウス!!」


 カリン……?

 ということは俺も──



 生きていた。


 どういうわけか俺は、生きていた。

 身体のあちこちが痛むものの、どうにか生きている。起き上がると、周囲の景色が目に飛び込んできた。まだ目の焦点はうまく合わない。


 だが。


 ──巨大なクレーターのようなくぼみ。

 それだけは認識できた。


 自滅魔法は間違いなく発動したらしい。大聖堂が跡形あとかたもなく消えている。


 近くにはマーシャの姿も見える。

 巻き込まれる寸前に助けられた、のか……?

 炎がかき消されたことで瞬間移動を使えるようになったとか? 


「助けて……!」


 カリンの声……そうだ、カリンは天馬から落ちたんだ。どこか骨折しているのだろう。早く治してやらなければ。


 カリンがうつ伏せの状態でひじをつき、ってくる。


「動かなくて良い! 待ってろ、カリ──」


「助けて!」



が死んじゃう!!」


 ようやく目の焦点が合ったところで。

 カリンが泣き叫ぶ理由を理解した。


 ──マーシャの下半身が……。

 もう……。


「あたしが殺す前に、死んじゃう……!」


「くっ、《メルト・ヒール》!」


 出血量が多すぎる。


「──────」


 マーシャが口を動かしている。まだ息はある!


「しゃべるな! 大人しく、していろ!」


 回復魔法を腹の底から練り上げる。手の平を介して可能な限りの治癒を尽くす。


 ──無理だ……。全く追いつかない。俺の回復魔法では全然足りない。


 クレアなら……回復魔法のエキスパートであるクレアなら、治せるかもしれない。

 だが、マーシャはすでに呼吸が止まる寸前、虫の息だ……。

 悠長にクレアの封印を解いている場合ではない。


 ここは頼るしかない。背に腹はかえられない。

 生かしも殺しもしない魔法。封印魔法。


「《メル・トジコ》──彼の者を封印せよ」


 マーシャの身体が光に包まれる。

 少しの間、待っていてくれ。すぐにクレアを呼び起こす。


 と、その前に封印の代償があるんだったな。

 さっさと終わらせる。早く来い……!


 強烈な目眩めまいに吐き気──

 マーシャの記憶が、流れ込んでくる。



 ──



 ────



 ──────



「ゼギル様! あの子の命がある間に、どうか会わせて下さい……!」


「おお、マーシャよ。双子の姉のことか? あやつはもうダメだ。精神が壊れておる」

「──《▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎》は失敗だ。妹と同様、じきに死ぬ」


 私たちの可愛い娘が、実験台にされていたなんて……!


「どうか、どうか顔だけでもお見せ下さい……!」


「そんなに涙を流してどうしたのだ? はっ……! そうか分かったぞ!」


「娘たちに嫉妬しっとしておるのだな! 研究者である母親を差し置いて、娘に呪印を与えてしまうとは……ワタシはなんて外道なことをしてしまったのか」


 ち、違う……! 何言ってるの……?


「申し訳ない、マーシャ! これで許してくれ。《吸魔の呪印》──新作だ。お前にも刻んでやろう」


「や、やめ……きゃああああああああ!」


 い、息が、できない……苦しい……。


「素晴らしいぞマーシャ! 瘴気しょうきを抑制できておる! これなら人間に紛れ込めるぞ!」


「うーむ、しかし呼吸が困難になってしまうのか……いや、これは首に刻んだせいか? 気道への負担が大きいと見た。刻む場所に気をつければ問題なさそうだ」


 あ、悪魔……!


「さすがだ。さすがだぞマーシャ! 《吸魔の呪印》は成功だ! それに、お前たちのおかげで封印魔法も完成した。褒美ほうびをくれてやらなければ……」


「《若返りの秘薬》──改良を重ねた自信作だ。今度は死なぬはず。ほれ、口を開けろ」


「ごほっ、うぅ……あ……ぁ……」


「おお! おおっ! 赤子まで若返りおった! 完成だ……!」


「《吸魔の呪印》と《若返りの秘薬》、これで完璧な偽装ができる! 魔王軍から家出してしまったクラウスを、探しに行けるぞ!!」


「ゼギル様、失礼いたします──なっ⁉︎ マーシャ、なのか……?」


「おおっ、ベルモンド! 良いところへ来たな。お前の▪︎は魔族のかがみだ」


「マーシャ、どうしてこんな、幼い姿に……」


「そういえばお前たちは娘に会いたいと願っておったな……。おおっ! 見ろ! 今、まさに娘が誕生したではないか! 目の前で!」


「ワタシは優しい、なんて優しいのか……! ああ、邪神様。魔族でありながら優しすぎるワタシをどうかお許し下さい……!」


「な、何を……何を言って……」


「よし、【お前たちはここで幸せな家庭を築くのだ】。ワタシはクラウスを探しに行くのでな。ああ、楽しみだ」


「…………今のは洗脳、か……? 効かなかった……?」


「ゼギルめ……! 俺たち家族を蹂躙した罪、絶対に許さない!」


「マーシャ、俺は育ててみせる。ゼギルを、絶対に殺してやろう」




のどの調子はもう大丈夫か?」

「ええ、吸魔の呪印……気道を痛め付けられたけど」

「おかげで、この力を手に入れた。瞬間潜行せんこう《蛇のみち》──メカニズムが分かったから、あなたも使えるはずよ」



「地下都市で情報を集めてきたわ。どうやらゼギルは、冒険者の変身能力を利用して大司教になりすましているみたいね」

「大聖堂に立てこもっているわけか……人手が必要だな。三人では……もっと欲しいところだ」


「マーシャ、《逆目さかめ円蛇えんじゃ》という組織を知っているか? 地下都市の不良集団だ。これを乗っ取ろうと思う。やつらは欲深いからな。《蛇の眼》に《蛇の路》、この奇跡のような技術をチラつかせれば、教祖にだってなれる」



「ようやく始動ね。冒険者を標的にする守護聖徒がいるらしいわ。その子を狙いましょう」


 あの子、ついにジャルメラを標的にした……!


「出番よ、ジャルメラ。守護聖徒を殺しに行きましょう」


 ジャルメラはあの子に封印させる。大聖堂の襲撃計画が成功すれば良いけれど、もし失敗した時に……間違いなく必要になる。


 連れの男の子には、眠ってもらいましょう。仕掛けナイフ、痛いけど我慢して──


 え……? 今、ナイフを弾いたのって、瘴撃波しょうげきは……?

 まさか、クラウス……⁉︎ こんなところにいたなんて……。

 ずいぶん、大きくなったのね。



「そちらの黒髪の陰湿な青年と可憐な少女はどちら様かの?」


 この声、大司教……こいつが変身したゼギルなのね。

 ふふ、内心ではさぞ驚いているでしょうね。まさか私と、探し求めていたクラウスが同時に現れるなんて予想もしなかったはず。


 さあ、どうするのかしら? クラウスを封印する? 少しでも隙を見せれば、すぐにでもベルモンドたちが殺しに来る。さあ、やってみなさい……!


「《アンチ・カースドブレイン》」


 私にかけられた洗脳を解くフリをして、上から洗脳をかけるつもりね。《蛇の虚膜》がなければ危なかったわ。


 そろそろ、ね。大聖堂の襲撃計画。

 ベルモンド、どうか気をつけて……。



「はぁ、はぁ……!」

「おい大丈夫かマーシャ。めちゃくちゃ泣いてるぞ」


 う、嘘……! 一瞬でみんな殺されて……。ベルモンドも生け捕りに……!


 ……やるしかないのね……。


 第二の計画。

 この子たちに、《蛇の虚膜》を授ける。


 脳に語りかける洗脳を拒む力。

 会得するためには、良心をズタズタに傷付け、▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎状況を作る必要がある。


 二人とも……それにペトラって子も……。

 巻き込んでしまって、ごめんね……!


「ひぃっ……⁉︎」

「──刻印解放《腹のむし》──」


 えっ……どうして、《放魔の呪印》を……?

 あの子と同じ、お腹に……。

 ま、まさか、生まれ……変わり……?

 そんなことが……?


慈悲じひ深き我らがしゅよ」


 ま、待って……封印、しないで……。


「残念ですが、平和な世界にあなたは不要です」


 あ……あぁ……あぁああ……。


 ……。


「うふ。うふふふふ」

「何を……笑っている?」

「どうかしら? 善良な冒険者を封印してしまった気分は?」


 私は今、どんな顔をしているのかしら。とてもみにくい表情をしているに違いないわ……。


 もう、進むしかない。いったんお別れね。ここで計画のことを話しても、絶対信用してもらえないでしょうから。


「ここでお茶会でもしましょう──生きていれば、ね」

 クラウス、この子を守ってあげて……!



 あれから二日。


「待っていたわ。やっと会いに来てくれたのね」

 クラウス、無事で良かった。でも、あの子は……?


「コイツが……ペトラを……コイツさえいなければ……!」

「カリン、冷静になれ。絶対に手を出すな」


 あの子のお姉ちゃん、カリン……カリンって言うのね。良い名前。

 もしも私たちの子と同じなら、この子もポッキンチョコには目がないはず。そして、きっと胸に呪印が──


「い、いらないわよ! おなか空いてないし!」

 ……でも、抱きしめることは許されないのでしょうね。こんな私には。


「……うまく行くと良いのだけれど、ね」


 この作戦はきっと成功しない。ジャルメラ、アイツが向こうにいる限りは。

 でも、だからこそチャンスがある。


 蛇教徒の中で封印されたのは彼だけ。ベルモンドたちは殺された。


 ゼギルにとって得体の知れない蛇教徒。必ず監視下に置くはず。

 そこで《強欲分身》の真の力に気付けば、間違いなく利用してくる。


 ──無限に影武者を作れる能力、無敵と言っても過言ではないでしょう。

 その状態になれば油断する。何があっても必ず対処できる、と。


 大聖堂からわざと禍々まがまがしい瘴気を発生させたのは、私たちを誘い込むため。


 そして侵入者が私とクラウス、カリンの三人と分かれば、アイツは逃げずに迎え撃つ。


 私たちの能力はほぼ全てバレているのだから。広範囲魔法を使うクラウスの魔力を最初に奪っておけば、アイツの勝利は確定する。


 ──普通だったら。


 アイツは気付いていない。カリンに呪印が刻まれていることに。

 アイツはロマンの欠片もない男だから、「生まれ変わることなどあり得ぬ」と言っていたけれど。


 人間が魔族に転生することは、確かにないのかもしれない。

 でも、魔族が人間に転生することはある。


 自分自身の手にかけた子が、転生して牙をくなんて、夢にも思わないでしょうね。


 これが、勝利の決め手になる。

 因果応報。

 アイツは自分の犯した過ちのせいで、自らを殺すことになる。


 きっと本当の作戦を話せばこの子たちは反対する。優しい子たちだから。



 ──クラウスの自滅魔法の▪︎▪︎▪︎▪︎になるなんて、許してくれないでしょうね。


 だから、この子たちを……信じるしかない!



「ぐ……ぅぅ……ぃあああぁあぁああ!!」


 白い炎、思ったよりも熱い、熱い……!

 けど、クラウスから、絶対に目を離さない!

 少しでもタイミングを間違えれば……終わる……!


「あぁぅぅぁ……ああぁあぁ!」


 に、逃げたい……今すぐ瞬間潜行で……逃げたい……。

 ダ、ダメ……! 今逃げたら、二度とチャンスは来ない……耐えろ……!


「──《全地収束》──」

 い、今、だ……!



 ──二人は、どうなったの……かしら。


「助けて!」

「動かなくて良い! 待ってろ、カリ──」


 良か、った……生きて、いるのね……。


「あたしが殺す前に、死んじゃう……!」

「くっ、《メルト・ヒール》!」


 回復、してくれるのね……クラウス……。私のこと、恨んでいるでしょうに……。殺したいほど、憎んでいるのでしょう?

 でも私はもう……。

 せめて最期に一言、一言だけ──わがままを言わせて……。


「──────」

 クラウス、アナ──


「しゃべるな! 大人しく、していろ!」



 あれ、声が、出ない…………。








 ──この子たちを…………よろしく、ね……。






 ──────




 ────




 ──



 マーシャ……バカ野郎……バカ野郎が……!


 黒いマフラーが焼け焦げている。

 初めて見たマーシャの細い首。顔以上に念入りに化粧をしていたようだが、それも溶けて。


 円形に並んだ八個の黒い丸──呪印が、痛々しく目に焼き付いた。

 

 この時、俺は初めて知った。






 ──


 封印は失敗していた。正確には、封印中に死亡してしまった。


 くそっ、代償を払ったのになんで成功しないんだ……!


「うっ、うぅ……お願い……」


 カリン……さすがに真実には気付いていないのだろうが、本能的に何かを感じたのか。

 すがるような目で見つめてくる。




 まだ……。


 まだだ……。


 まだ、クレアなら……!


 なんとか、できるかもしれない……!



 封印解除の魔法、思い出せ。


慈悲じひ深き我らがしゅよ──」


 一字一句、絶対に間違えるな。

 カリンからもらった魔力も残りわずか。

 失敗は許されない。


「願わくば、刹那せつなの輝きを与えたまえ──」


 途中で噛むのも厳禁だ。

 最初からやり直しになる。魔力の消費を最低限に抑えろ。



「《ジ・ユーダ》──の者を──」


 確実に……!

 確実に、発動させろ!


「──解放せよ──」


 周囲が深い闇に包まれる。


 仰向あおむけに寝転んだ。も、もう動けない……。

 消費が激しいなこの魔法……ゼギルのやつ、さてはあの時点で分身を使っていたな。


 間もなくして、小さな夜が静かにけた。



 封印の解除は……。







 ──大成功だ。



 寝転がった俺の上で、クレアがちょこんと正座している。

 そういえば、ペンダントを首にかけたままだった……。



「起きたばかりで申し訳ない……が、マーシャをどうか頼む……俺は──」


「クレア、助けて……!」


 カリン、身体を引きずりながら……腕だけでい寄って……。


「そうだ、クレア……カリンも大怪我、してる……高いところから落ちてしまったんだ……みてやってくれ……俺は──」



「助けてよ、クレア……」



 ……。



 ……。








、助けてよ! を……!」




 ──俺は、もう良いから……。



 黒い瘴気しょうき


 魔族の証。


 クレアの身体からよどみ出る瘴気は、他の魔族を圧倒する濃度で。


 常軌じょうきいっした黒だった。





「やめて……! 何度も……何度も……刺さないでよぉ……!」



 カリンがクレアの服にしがみついている。

 良いんだ、カリン。

 俺が封印したせいなんだから。

 自分自身を傷付けるくらいなら、それで良い……。


「はぁ……はぁ……やめないなら……!」

「《内なる──」

「ごほっ、ごほっ! くっ、刻印解放で……魔力が……!」



 良いんだ、カリン。


 クレアは、よく頑張った。

 今も必死に抵抗してるんだろ?


「~~……~~……~~っ~~!」


 き上がる憎しみに。

 口が、震えてるぞ……。


 それに。


「そんなに泣くな……そのナイフに、俺の最後の魔力を込めておこう……おまじないだ」


 やっと捕まえたぞ……ナイフ……。

 変な感触だ。

 あ、手の平に……刺さってるのか……。



「アンタ……誰も、傷付けたくないって、言ったじゃない……!」


 良いんだって、カリン。

 そんなに、痛くないんだ……。


 たぶん……俺の流した血よりもはるかに、涙があふれてるんだろう……二人の、涙が。


 左手に刺さったナイフからも。

 右手を握るカリンの指先からも。


 伝ってくる。


「やめて……お願い……やめてよぉぉ……!」



〝──この子たちを、よろしくね──〟



 マーシャ、すまない……役目を……微塵みじんも果たせなかった……。



 クレア、カリン……力になれなくてごめ……ん……。

 どうか、生きてくれ……。



 せめて最期は……二人の……笑顔が……見たかっ…………。




 ……。




「いや……いやだ……いやあぁ……」

「~~……~~……~~っ~~!」




「うわああぁぁあああぁぁぁあぁあああ!!」

「~~……っ~~…ぃ…~~~~!」




「あぁぁ……あぁぁぁあぁあああ!!」

「~~……ぃっ~~……っ、~~~~!」




「ぁああぁああ──────!」




「──────────────!」




「────────」




「────」




「──」






◆◇ ◆◇



 ──その日、世界に新たな魔王が誕生した。


 誰よりも魔族を憎んだ少女が、あらゆる魔族の頂点に君臨した。


 深い、深い絶望が。

 心の底から魔王に変貌させた。



 闇に堕ちたプリーストは。


 ゆがんだ心に誓った。


 自分と同じ目に遭う人間が、二度と現れないように。


 けっして復讐の感情が生まれることのないように。


 平和を願って。








 手にかける────と。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平和を願うダークプリーストは、冒険者を手にかける ~魔王軍殲滅のためならば~ 丸井まご @marui_mago

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ