第16話 決死の願い
ゼギルとアルフレッドの抹殺作戦を決行すべく、俺たちは大聖堂前に来ていた。
建物全体が先ほどよりも
間違いなく、この中に洗脳研者ゼギルがいる。そんな予感がした。
「マーシャ、頼んだ」
「魔力の準備は良いかしら? しっかり
呼吸を整え、マーシャの肩に手を置く。もう片方の手で青白いペンダントを握りしめる。
──クレア、見ていてくれ。
「──瞬間
俺たちは大聖堂前から姿を消した。
侵入は成功した。端正な顔立ちの女神像が邪気を放っている。
その隣に第一位、アルフレッドが立っていた。
「──
赤毛を見るや
が、アルフレッドの反応速度は魔槍を
これは想定内。あの第二位クリストフの光剣の雨から帰ってきた男だ。そのくらい、不思議ではない。
それでも俺が撃ち込んだのは、コイツの体勢を崩すため。浄化魔法を使わせないため。何より──
アルフレッドの避ける先を見越して瞬間移動したマーシャ、その手に持つナイフが首を切り裂いた。
よし、コイツの浄化魔法は封じた。あとは──
「
聞こえるはずのなかった詠唱。
振り返る。
白髪の老人、大司教の姿……響き渡る声の主。
先刻の作戦会議の様子が頭をよぎる──
『ちょっと待って、アルフレッドを殺すの……? 洗脳されてるだけなんでしょ……?」』
『嫌ならここで待っていろ、カリン』
『そんな、あたしだって……!』
『だったらカリンは──ゼギルを狙ってくれ。それならどうだ?』
『ドルトン様……大司教の立場を利用していたヤツ、よね。あの姿は卑怯よ……』
『いや、洗脳が効かなくなった今なら、真の姿が見えるはずだ。ゼギルは髪がない』
『──待ってほしいのだけれど。もともと《蛇の虚膜》で洗脳を受けつけない私にも、彼の白髪がはっきりと見えていたわ。彼は変身能力で白髪の老人になりすましているのでしょう』
『何……? (魔王軍では開発に失敗したはずだが、冒険者の間では普通なのか?)』
『はぁ? 変身? 何それ? どこで聞いたのよ、そんなデマ』
『え……地下都市で情報収集していた時に……複数人から聞いたのだけれど……』
『もしかして、そいつらが洗脳されていたんじゃないか……? マーシャに直接効かなくとも、他人を洗脳で操れば
『そ、そんな……』
『変身能力は存在しない……だが大司教には髪がある……大司教はゼギルではない、のか……?』
『じゃあ誰なのよ、あのジジイは……』
『……本物の大司教……ただし、ゼギルに洗脳された状態の』
『待ってよ……そしたらアルフレッドが、そのゼギルってことになるじゃない……! アルフレッドも髪があるでしょ!』
『《若返りの秘薬》──若者の魔力を濃縮したドレインの結晶なら、不可能ではない……』
『……あり得ない話ではないのでしょうね。でも、確証はない』
『どういうこと? 分かんないよ……』
『つまり、だ』
『アルフレッドと大司教、
『そうね……大司教がゼギルの可能性もまだ捨てきれないわ。〝ゼギルは髪がない〟という
『じゃあ……じゃあ、あたしはどうすれば……分かんないよ……!』
──振り返って見えた老人は、豊かな白髪。
聞こえる詠唱は、聖職者にしか使用の許されない浄化魔法。
やはりコイツは、ゼギルじゃない……!
「──《
浄化魔法が放たれる寸前──
白髪の老人、その首がカリンの足元へ転がる。カリンは目の端に涙を浮かべている。
すまない、カリン……罪を背負わせてしまった。でも、覚悟を決めてくれてありがとう。
おかげで、ゼギルを
マーシャにも感謝しなければ。その滑らかな手に汚い血を浴びせてしまって申し訳ない。
「マーシャ、助かっ──」
あれ、汚い血を……。
血を、浴びていない……?
首を切り裂かれたゼギルの姿が、見当たらない……!
「
突如、俺とマーシャの身体が白い炎に包まれる。
「ぐううぅぅぅ!」
「うあああぁあぁぁああ!」
燃え盛る炎の勢いに負け、互いに向き合ったまま倒れ込んでしまった。
な、なぜ……いったいどこから……。
「──
な……分身使いのジャルメラ……!
思えば、共同墓地で解放された魔族たちの中に、コイツはいなかった。
ここに、隠されていたのか……。
しかも他人の分身まで作れるとか……そんなのアリかよ……。
「やあやあ、クラウス。お前のほうから来てくれるなんて嬉しい限りだ。手土産に
赤毛の男が感慨深そうにこちらを見下ろしてくる。
くそっ、ゼギル……!
「どうだ、イケメンだろう?」「《若返りの秘薬》」「──ワタシも若い頃は髪が豊かだったのだよ」
「さあクラウス」「一緒に魔王城へ帰ろう」「そして魔王になろう!」
ゼギルの分身が五人、六人と増えてゆく。
「ふざ……けるな」
身体が動かない。分身たちを一掃するほどの魔槍を放つには魔力が足りない。そもそも本体はどこにいるのか……。
ドレインでマーシャから魔力をもらうか?
いや、待て。
その前にマーシャの瞬間移動で逃げてしまえば──
「マーシャよ、お前も探しておったのだぞ」「悪事に手を染めてしまったお前を」
「救うために」
「どれ、足を洗ってやろう」「──浄化の炎で」「綺麗にしてやろう」
炎に包まれたマーシャ。その足元から、さらなる炎が
「ぐ……ぅぅ……ぃあああぁあぁああ!!」
大粒の涙を流してこちらを見つめる瞳は、どう見ても助けを欲している。
瞬間移動、使えないのか……!
「あぁぅぅぁ……ああぁあぁ!」
以前は冷酷にすら見えた彼女の表情が、今や悲劇のヒロインの名をほしいままにしている。
俺に助けを求めている。だがこの状態ではどうしようも──
「──《内なる
上空、天井付近から叫ぶ声。
九本の刃が、浄化魔法を唱える大司教の分身たちに突き刺さる。
カリン、動けるのか……!
白い炎に包まれながらも、天馬を操っている。
カリンは魔力量も凄まじかったはず。彼女なら──
「ほうほう」「炎を喰らって倒れぬか」「洗脳も効かない」「浄化魔法にも抵抗する」「興味深い」「大司教何人分まで耐えられるのだろうなぁ?」
「浄化せよ」「浄化せよ」「浄化せよ」「浄化せよ」「浄化せよ」
「「「「「──《セイント・フレア》──」」」」」
大司教が唱えるたびに、白い炎がカリンの身体に重ねられてゆく。
「うっ……! ああっ……! ううぅ〜〜!」
「かはっ……! うぅ……」
床に叩きつけられたカリンを、大司教が取り囲む。
「なんと愚かなことか」「
「「「「「──《セイント・フレア》──」」」」」
「ああぁぁあああぁあああ!!」
ダ、ダメだ……いくらカリンが優秀で魔力が多くても、これだけの分身が相手では……。
地獄だ。
大聖堂内にあふれる無限のゼギルと大司教。
足先から焼かれて苦悶の表情を浮かべるマーシャ。
大司教に取り囲まれ、罵声を浴びながら痛め付けられるカリン。
どうしてこうなった。
間抜けなことに俺が罠に飛び込んでしまったからか。敵も仲間を増やしている可能性……もっと慎重に考えるべきだった。
もう、終わりだ……。ゼギルの言いなりだ──
「殺すって、決めたんだ……!」
焼ける痛みに耐えながら、カリンが声を絞り出す。
「全部終わったら、そこの女を殺すって……ペトラの、ためにも……!」
白い炎の中でも分かる。
ペトラ、妹……?
そうだ、妹のため。
ここに来た目的を思い出せ。
なぜ俺は弱気になっていた。なぜ
この男を生かして良いはずはない──
「アンタたちに……殺させるくらいなら!」
覚悟を決めた表情のカリン。
ゆっくりと服に手をかけ、胸元をあらわにする。
「なんとおぞましい」「美しき魔族の目を汚す気か」「早く殺さな──」
──心臓のあたりに、模様が浮かんでいる。
「おい、なんだそれは……」
四つの黒い丸、サイの目状に並んだその模様が、線で結ばれてゆく。
みるみるうちに、黒い
「なぜそれを……なぜその
「ワタシの《放魔の呪印》を、なぜ人間が……?」
「──刻印解放《
「それは人間ごときが刻んで良いものではないぞ……?」
「アンタたちに……殺させるくらいなら! 全ての魔力を、ありったけの魔力を、クラウスに……お願い……!!」
「消せ……?」「早く消せ……?」「汚い身体から……」「今すぐ、消せーーーーーー!!!」
カリンの膨大な魔力が、目に見えるほどの勢いで放出される。群がる大司教たちをくぐり抜け、その全てが俺のもとへ集まってくる。
この男を生かして良いはずはない。カリンは俺に
ありがとう。
そして、すまない。
マーシャ、カリン──俺を恨んでくれ。
クレア、クラウディア──俺に力を貸してくれ。
「──
「──《全地収束》──」
大聖堂。
床に敷き詰められた無数の石が、天井に描かれた天使が、端正な顔立ちの女神像が。
地下に潜んでいたジャルメラが、天井裏のゼギルが、カリンに群がる大司教が、力を出し切ったカリンが。
命ある者も、ない物も。
形あるもの全てが、ただ一点。
俺のもとへの全収束を余儀なくされた。
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