第15話 執念の用意
クレアの記憶を見た俺は、魔王軍幹部《洗脳研者》ゼギルの抹殺を心に決めた。
「こ、怖いよクラウス……アンタまで正気を失ったら、あたしはどうすれば……」
「心配するな、俺は冷静だ。アイツを殺しに行くぞ」
「ま、待って、少し落ち着こうよ……」
「早く!!」
「う……は、はい……」
俺たちは天馬に乗って戦場へ戻った。第二位クリストフと魔族たちが、今もなお戦闘を繰り広げている。
──肝心のゼギルは見つからなかった。第一位アルフレッドも見当たらない。
「チッ、大聖堂に逃げたな。自分だけ安全なところに身を置こうって魂胆だ」
魔族たちが出現した影響なのか、大聖堂の外観はガラリと変わっていた。
全体が黒い瘴気に包まれ、巨大な門は
「開けてくれ」
「う、うん……守護聖徒の名において、今一度命ず。──結界よ、我らを迎え入れよ」
「ご、ごめん、開けられない。何か別の結界で上書きされてるみたい……」
用心深いやつだ。
「そうか。仕方ない、マーシャに会いに行こう」
「え?」
「アイツの瞬間移動で侵入できるかもしれん」
「待ってよ……クレアにペトラを封印させた女でしょ? 信用できない……アイツらの仲間だったらどうすんの……?」
「信用できない、か。確かにそうだが、少なくともゼギルの仲間ではないだろう。マーシャと結託されていたら、俺たちはあの戦場から逃げ切れなかったはずだ」
「そうかもしれないけど……でもどこにいるのか……」
「崩れたアジトだ」
クレアの記憶を見て思い出した。アイツは、「またここでお茶会でもしましょう?」と言っていた。
おそらく、崩れた地下アジト──その
もともと複数の階層で構成されていたんだろう。崩れたのはあくまで最上部。下層が残っていれば、アジトとしてまだ使える。
……出入り口の崩れたアジトの下に潜んでいるなんて、誰も思わないだろうが。
アイツなら……イメージした場所へ瞬間移動できるアイツなら、可能なはずだ。
──歓楽都市カディノの外れの森、地下アジト跡地。
来たは良いものの、どうやって入ろう。地面へ魔槍を撃ち込んでみるか?
「待っていたわ。やっと会いに来てくれたのね」
背後から風圧を感じた。《
俺とカリンは一瞬で地下アジトへ招待された。
「お茶会へようこそ」
俺たちの前方へ移動したマーシャが、手を広げて歓迎の意を表している。
「コイツが……ペトラを……コイツさえいなければ……!」
カリンにとって因縁の相手。引き合わせてしまって申し訳ないが──
「カリン、冷静になれ。絶対に手を出すな」
「わ、分かってるわよ!」
「コイツがいないと大聖堂に入れないんだ」
「分かってるってば!」
「──魔槍《メタノア》──」
前方のマーシャへ、黒い槍が襲いかかる。
「は、はあっ⁉︎ 何やってんのアンタ⁉︎」
俺のほうが冷静ではなかったらしい。
「あらあら、私が避けなかったらどうしていたのかしら──」
「ね」
再び背後に回ってきたマーシャが、俺たちの肩を叩く。
と、突然激しい頭痛に襲われた。
「ぐああああああ!」
「きゃあああああ!」
「な、何をした……?」
「大聖堂に侵入して、ゼギルを殺す。そのために私に会いに来たんでしょう? これは私からの
「──聞かざる洗脳《蛇の
「ゼギルに洗脳されてしまったら終わりなのだから」
聞かざる洗脳……?
「知っているかしら?
「代わりに表皮で振動を感知するのよ。……そう、蛇には洗脳が効かないの。振動を伴わず脳に語りかけてくる、洗脳が」
唐突な語りで、俺の邪気はすっかり削がれてしまった。
なんだコイツ、妙に準備が良いぞ。
「私もずっとゼギルを殺したかったの。あなたたちが来てくれて良かったわ。さっそく──」
「お茶会を始めましょう」
──ポキン。
乾いた音がアジト内に鳴り響く。
カリンの後ろから手を回したマーシャが、何かを握っている。
ポッキンチョコ──棒状のビスケットにチョコをコーティングした菓子、その食べかけをカリンの口元に近づけていた。
「??」
唐突な菓子の登場に、カリンはきょとんとしていた。が、すぐに拒絶の姿勢を示した。
「い、いらないわよ! おなか空いてないし!」
「そう? ご挨拶にと思ったのだけれど。──ところで、長髪のお嬢さんはどうしたのかしら?」
「お前には関係のない話だ」
お前に追い詰められたことも、クレアの心が折れた一因ではあるのだが。今はその話をしている場合ではない。
「手を貸してくれ、お前の力が必要だ」
クレアやカリンと同世代とはいえ、コイツの能力と観察眼は頼りになるだろう。ここでチャンスを逃すわけにはいかない。
「私こそぜひ。よろしく、ね」
「全部終わったらアンタを殺──むぐっ!」
「(話がややこしくなる。全て終わったら……終わってからにしよう)」
「~~(わ、分かったって! 仕方ないわね……)」
「あらあら。全部聞こえているわよ」
俺たちはゼギルを抹殺するべく、作戦を練ることにした。
小さなテーブルを囲み、席につく。対面のマーシャはマグカップを手にし、中身をポッキンチョコでグルグルとかき混ぜている。隣できゅっと唇を噛むカリンの視線がその手元に注がれる。腹の虫と格闘しているらしい。
「まず、ゼギルに奇襲は通用しないわ。私の仲間が時間差で奇襲を仕掛けたのだけれど、次々と殺されてしまったの。教祖ベルモンド様も結局……」
そういえば大司教の暗殺計画は失敗に終わったのか。大司教が封印されたと思ったら、ひょっこり現れて、その正体がゼギルで……色々ありすぎて正直忘れていた。
「次々と殺された……って、どうやって?」
「白い炎で身を焼かれたの……この〝眼〟で見ていたけれど、地獄のような光景だったわ」
「それはたぶん、アルフレッドの浄化魔法ね。悪いヤツにほど効くって噂の」
共同墓地で見かけたアルフレッドは、明らかに大司教──ゼギルの味方をしていた。洗脳されているのだろう。
「ゼギルを集中攻撃した結果、アルフレッドに横から皆殺しにされたわけか……」
「赤毛の男、だったかしら? あの時は見当たらなかったけれど、天井裏に潜んでいた可能性はありそうだわ。ベルモンド様がそうさせられていたように……」
「なら、アルフレッドを真っ先に狙おう。侵入して見当たらなければ、いったんアジトへ引き返せば良い」
「ちょっと待って、アルフレッドを殺すの……? 洗脳されてるだけなんでしょ……?」
「嫌ならここで待っていろ、カリン。わずかでも隙を見せれば、ヤツにつけこまれる。ゼギル相手に迷いは厳禁だ。……やるしかないんだ」
「そんな、あたしだって……!」
「だったらカリンは──」
────
────
「……うまく行くと良いのだけれど、ね」
多少
執念の用意は、できている。
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