地獄の入口で待ち合わせ

ぞぞ

第1話

 オレ、結人のこと、嫌いだったんだ。大っ嫌いだった。双子だってことも嫌だったし、そもそも名前もマジで気に食わなかった。だって顔が似てるだけでも嫌なのに、結人と拓人。名前まで韻踏んでるとか、最悪だろ。ふざけんな。

 オレらはパッと見、すげぇ似てた。似てたけど、でも中身は全然違ぇ。オレは気に入らない奴はすぐ殴るし、中学の頃から地元じゃちょっと有名なヤンキーで、他校の奴と喧嘩して入院沙汰になったことも何回かある。オレが、じゃなくて、相手の方が。

 一方の結人は、何しても怒らねぇ奴だった。本当に、怒らねぇ。二十年、とりあえず同じ家で過ごしてきたオレが一度も怒ったとこ見たことねぇくらいに、怒らねぇ。怒るって機能が、備わってなかったんじゃねぇかと思う。いつも穏やかで、口元に薄く、どっか申し訳なさそうな笑みを浮かべてた。ムカついたオレが、「死ね」「消えろ」「近寄んじゃねぇ」って、そんな暴言浴びせても、あいつは、なんか、こう、どんな顔していいか分かんねぇから、とりあえずテキトーに選んだ表情を口元に浮かべてみせたって感じで、ちょっと口角上げてた。言いたいことがありゃ言やあいいのに、あいつは、そうやって困った顔しかしなかった。気に入らねぇ。気に入らねぇけど、その顔されると殴る気にもなれなくて、気に入らねぇ奴はみんな殴ってきたオレなのに、いつも気に入らねぇって思ってたあいつを、なぜか一度も殴ったことねぇ。殴れねぇ。よく分かんねぇが、あの表情がどんな重いパンチよりもオレにはきいて、殴れたことが、あいつに向かって拳振り上げられたことが、ねぇ。

 オレたちが似てねぇのは、怒る、ってことに関してだけじゃねぇ。あいつは何でもできた。勉強はもちろん、運動神経だってオレよりずっと良かったし、絵とか工作とか、そういうのも得意だった。音楽もやってた。昔、オレもあいつもピアノと野球を習ってて――って、今から思うと、ピアノと野球の組み合わせって訳分かんねぇよな。まぁいいや、とにかく、オレはどっちも出来なくて小学生の内にやめたんだけど、あいつは両方中学卒業まで続けて、ちょっと前まで気が向けばピアノに向かってたし、休日にバッティングセンターに行ったりもしてた。やめた後は、どっちも完全に手放したオレとは、全然違う。

 でも、何よりもムカつくのはな、あいつが何でもできる理由、何があっても怒らねぇ理由だ。

 オレたちは、双子だけど、生まれた日は違う。すんなり出てきたオレと違って、あいつは生まれるのに時間がかかって、日をまたいじまった。聞いた話じゃ、四時間くらい違ったらしい。普通は数分後に二人目が出てくるらしいから、これは異常だ。そして、異常な事態の中、出産を終えたオレらの母親は、出血多量で死んだ。

 別に誰のせいでもない。不可抗力ってやつだ。でも、あいつはそう思ってなかった。なぜか、生まれ落ちたってだけのことに、罪悪感を抱えてた。「自分のせいでお母さんは死んでしまったから、自分がダメな人間になったら、お母さんに悪い気がする」みたいなことを、しょっちゅう言ってた。そんで、何でもできて、オレよりも全然すげぇくせに、いつも「自分はこんなんじゃダメだ」みてぇな態度だ。気に入らねぇ。マジで気に入らねぇ。お前がダメなら、それ以下のオレは何なんだって、思うだろ?  訳分かんねぇ罪悪感で、オレを胸くそ悪くさせんじゃねぇよ。何でもできる才能マンなら、堂々としろよ。胸くらい張れよ。クソ、クソ、クソ……。

 オレが喧嘩ばっかする不良んなったのは、たぶんあいつに感じてた引け目のせいだ。情けねぇけど、オレは、いつもあいつと自分を比べて、「オレは結人と違って頑張っても何もできねぇ」って思ってた。別に他人から言われたわけじゃねぇけど、自分で勝手に卑屈んなってた。みっともねぇ。みっともねぇって分かるから、余計みじめだった。バカみてぇだと思って、けど思っちまうもんを変えることもできなかった。

 中学に上がってからは、あいつのことを無視するようになった。話しかけられても、挨拶されても、顔も向けなかった。けど、中一ん時の誕生日――あ、言い忘れたけど、誕生日は同じ日になってる。双子なのに誕生日が違うとか、めんどくせぇから、オレが生まれた日に合わせてる。まぁ、とにかく誕生日に、あいつはオレにプレゼント渡してきて、オレも、めんどくせぇ野郎だなって思いながら、早く追い払いたくて、その辺に転がってたキーホルダーをやった。ちぃせぇ頃に水族館で買ってもらった、イカかなんかの飾りのついた、ダセェやつ。結構汚れてた。それが、とりあえずお返ししてやった最後で、それからは何渡されても、あいつの目の前で全部捨てたし、お返しなんて、もちろんしなかった。中三になった頃には、あいつも、もう話しかけても無駄だって分かってきたみてぇで、挨拶と必要最低限のことでしか、声かけてこなくなった。


 中学卒業後、結人は偏差値高い、地域のトップ校に進学した。全然勉強とかしてなかったオレは、高校へは行かねぇで、近所の工務店に就職して大工見習いになった。でも、就職したからって、それまでやってたことがチャラになる訳じゃねぇ。喧嘩ばっかしてたオレには、相変わらずいろんな奴が喧嘩ふっかけに絡んできた。正直、困った。だってよ、一応、オレは社会人ってモノになったわけで、他人ぶん殴ったり物壊したりしても許される時代を、人より早く卒業しちまってたんだから。オレに喧嘩ふっかけてくる奴らはお咎めなしで済むことが、オレにとっては死活問題になる。未成年だったから刑務所に入れられる心配はなかったけど、少年院だってシャレんなんねぇし、そこまでいかなくても仕事クビんなる可能性が高ぇ。そしたら、ちゃんと働くって約束したから中卒で大工んなること許可してくれた親父は、めちゃくちゃキレるってオレには分かってた。親父はオレと同じでキレやすいから。で、きっと結人は「止めてよ、お父さん」って、「拓人だって自分から手ぇ出したわけじゃないんだから」って、そんな風にオレをかばってくるに決まってんだ。それが一番、嫌だった。結人にかばわれること思うと、一番キツかった。だから、オレは喧嘩買わなくて済むように、中学ん時の友だちだちの中でも、特に喧嘩の強ぇ奴らを周りにはべらせるようにしてた。まぁ、用心棒っつうか、ボディガードみてぇなもんだ。

 オレを恨んでた連中は、オレに手出しができねぇことが分かると、別の方法でやり返すことにしたらしい。ガードが弱くて隙だらけの、双子の弟を狙うことにしたんだ。

 最初はただの人違いだった。オレと思って結人を殴った間抜けは、違うと気づくと慌てて逃げてったって話だった。テンパったんだろう。そいつのせいで、オレは、ちゃんと自衛してたにもかかわらず、親父からこっぴどく叱られて、結人からかばわれる羽目になった。

 けど、あいつらの間抜けっぷりは、それでは終わらなかった。奴らは、オレを直接痛めつけられなくても、弟を痛めつければ精神的に追い詰められるだろうという、底抜けに間抜けな発想で、結人を狙い続けた。間抜けが結人を狙い、もっと間抜けな結人がボコられ、その度に間抜けじゃないオレまで親父に怒鳴られまくるって日々が続いた。

 不幸中の幸いだったのは、結人には、一応学習能力が備わっていたことだ。何度もボカスカ殴られて、呑気なあいつもやばいと思ったらしく、一人で外を出歩くのは避けるようんなった。それに、五時のチャイムが鳴ったらソッコーで帰宅するっていう、小学生みてぇな生活をし始めた。

 大学生んなっても、結人の小学生的生活は続いてたけど、さすがに、その頃になるとオレに仕返ししてぇって間抜けどもも飽きたっぽかった。結人の周りをウロウロする間抜けはどんどん減って、あいつは少しずつ元の、休日に友だちと飯食い行ったり、バッティングセンターで打ったりする生活に戻ってった。


 そういう油断を狙ってたって訳じゃ、ねぇとは思う。偶然、出くわしたって、たぶん、そんだけだ。


 親父が出張で家を留守にしてた日だった。オレが夕方の六時過ぎに職場出てスマホ見たら、何件も知らねぇ番号から電話がかかってきてた。何だ? って思って、念のためにかけ直してみたら、電話口から出てきた名前が「警察署」でさ、びびったよ。オレなんかしたかって、一瞬考えちまった。けど、すぐに違うって分かった。状況は理解できなかったけど、オレの事じゃねぇってのはハッキリした。聞こえてきたのはさ、「坂下結人さんと見られる遺体が発見されたので確認をお願いしたい」みたいな、本当にそう言ってたかは定かじゃねぇけど、そういう意味のことだった。

 言葉の、単語一つ一つの、意味は分かったけど、それが頭ん中のどこにもはまらなかった。パズルで間違ったピースはめようとしてるみたいに、全然ピッタリくるとこがなくて、このおっさん何言ってんだろう? ってなった。そんな訳ねぇじゃん、バカかよって、思った。

 しつこくしつこく来いって言われて、仕方ねぇから、行ったんだ。そしたらさ、銀色の台の上に、元の形が分かんねぇくらい腫れ上がった顔の死体があってさ。死体なんて見たことねぇオレでも、こりゃ死んでるわって分かるような、全身のどこにも力が加わってねぇ感じの、丸太みたいにただそこにあるだけの、死体があってさ。それを、周りのおっさんたちは、結人だって言うんだよ。んなわけねぇだろって、言っても、学生証があったからとか、持ち物に名前が書いてあったとか――いやまぁ、この年になって持ち物に名前書く律義さはあいつっぽいとは思ったけど、だからって目の前のボコボコの丸太見てぇな死体が結人ってことにはなんねぇからな。だから、言ったんだよ。こんなん見せられたって分かんねぇって。オレと結人は双子で顔だけはそっくりだけど、あんたらだってこの状態で似てるか似てねぇか判断つかねぇだろって。だから分かんねぇよって、言ってやったんだ。おっさんたちは困りきった顔してさ、じゃあ荷物の確認をって言って鞄持ってきてさ、でも、オレ、あいつがどんな鞄使ってるかも、どんな持ち物入れてるかも知らねぇから、意味ねぇと思ったんだ。

 けどさ――

 思った通り、鞄には全く覚えがなかったんだけど、妙に目に馴染んだもんがくっついてたんだ。

 ダッセェ、イカのキーホルダー。

 オレが中一ん時にやった、その辺に転がってた、キーホルダー。

 でも、記憶ん中のそれとはちょっと違ってよ、ピカピカなんだ。綺麗んなってんの。最後にオレが見た時には、白っつうか茶色だったのがさ、なんか、こう、洗いたてのシャツみたいな? そういう比喩使いたくなっちまうくらいに真っ白なんだよ。どう洗ったらそうなんのかも、どう使ったらその状態保てんのかも分かんねぇよ。

 それ見たらさ、なんか、むしょうに腹立って。だって、あんなもん大事にすんじゃねぇよって、思うだろ。その辺に転がってたやつだぞ。きったねぇ上に、イカだぞ。イルカじゃなくて、イカ。全然心踊らねぇだろ、イカは。せめてタコだろ。可愛げゼロの、イカの、汚ぇ、その辺に転がってて、オレが投げつけて渡したキーホルダーを、あいつは大事に大事にしてやがったんだ。バカだろ。バカとしか言えねぇだろ。何なんだよ。オレはあいつのこと間違いなく嫌いだったし、しっかり「嫌いだ」ってアピールもしてきたつもりだったし、あいつだって、無視されてるうちに、そこまで話しかけては来なくなってたんだ。オレは、良かったって、やっとあいつもオレのこと嫌ってくれたんだって思って、安心してたのに、最後の最後に、何なんだよ……。


 警察のおっさんたちが親父に連絡入れて、親父は出張先からすっ飛んできて、結人のこと見て、泣いて泣いて泣いて泣いて、家帰っても、泣いて泣いて泣いて泣いて、次の日んなっても、泣いて泣いて泣いて泣いて、よくそんなに涙出んなってくらい、ずっと泣いてた。そんで、泣かねぇオレを見て「お前は本当に血も涙もないんだな」って、「お前のせいで結人はこうなったんだぞ」って、そう言ってオレを責めた。でもさ、不思議とムカつかねぇの。ひでぇこと言われてんのにさ。親父の掠れた声から元気がごっそり抜け落ちてて、悲しんだ分だけ頬や額に皺ができたのかってくらい老け込んだ顔してて、全然怒る気んなんねぇの。

 そんで親父に何度も「お前のせいだ、お前のせいで結人は死んだんだ」って言われてたら、ガキの頃にさ、結人がよく言ってたことが頭ん中に蘇ってきたんだ。聞こえるはずねぇのに、結人の声が、したんだよ。

『自分のせいでお母さんは死んでしまったから――』って。

 ああ、あいつ、キツかったんだなぁって、自分のせいで誰かが死んじまうって、そう思っちまうのって、キツいんだなぁって、初めて分かったよ。遅すぎたんだけどよ。あいつのキツさが胸に来てさ、心の芯の方にまで染みてきてさ、そしたら、嵐みたいに後悔が押し寄せてきたんだ。オレ、なんであいつにあんな態度取り続けたんだろうって。なんであいつがオレのせいで狙われてんのに、一度も助けてやらなかったんだろうって。そう思ったらさ、いてもたってもいられなくなっちまった。


 持ってったのはなただった。大工仕事で使ってたやつだ。職場の工務店から、こっそり持ち出したそれでもって、オレは結人をやっただろう奴らをぶっ叩いた。最初の一人の頭をやったら、他の間抜けは血相変えて逃げてさ、オレは追いかけて、背中やケツや後ろ頭を、とにかくぶっ叩いた。叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて――。気がついたらさ、周りが本当に血の海みてぇになってんの。それが、なんか、妙に肌に馴染む温さでさ、体温そのまま取り出したみてぇな、そんな感じで、気持ちわりぃの。面白かったよ、面白かった。


   *   *   *

 

 小さく白い面会室は、まるでサイコロの中のようだ。ただ、ただ、四角いばかりで、その他には何もない、わけではないのだが、そう言ってしまいたくなるほど、生活の温度の一切がない。

 天井にポツリと点った電灯。その明かりが頼りなく揺れ、アクリル板を挟んで向かい合う二人と、監視役の刑務官の影も、ゆらゆらした。メモへ何かを書き付けていた男は、ペンを置き、君は、と話しだす。

「本当は結人くんのことを、大事に思っていたんだね」

 拓人は息をついた。肺にある空気を全部吐き出すくらいに、深く。

「違ぇ。そんなんじゃねぇ。さっきも言っただろ。オレは間違いなく、あいつを嫌ってた。本当は好きだったとか、大切に思ってたとか、そんなのは他人が勝手にする妄想だ。実際はそんな綺麗なもんじゃない」

「でも、後悔してるって、言ってたじゃないか」

「それとこれとは、別なんだよ。ガキの頃、オレは、あいつと自分を比較して、オレより何でもできるあいつが『ぼくはダメだ、ダメだ』って言ってるの聞いて、どんどん、どんどん卑屈んなっちまってた。あの時の気持ちは本物だ。くだらねぇけど、取るに足らねぇことだけど、それでもオレにとっちゃ、辛いことだった。なんでそんなこと言うんだって気持ちには、はっきり嫌悪感が混ざってた。オレはあの頃、あいつを嫌ってたし、今だって好きじゃねぇ。でも、それはあいつが他人にボコられても、殺されてもいいってことじゃねぇ。それだけだ」

 男は視線をメモ帳へ落とし、コホンと一つ、咳をした。メガネのブリッジを指で上げる。

「でも、たとえ結人くんを好いていなくても、今の話をすれば死刑は免れるかもしれないよ」

「免れたくねぇんだよ。生き恥晒して何になんだよ?」

「じゃあ、なんでこんな話をしてくれるんだ?」

 拓人は俯き、自身の手をじっと見つめる。そして、そこへ語りかけるように、口を開いた。

「気の毒なんだよ、親父がさ。嫁は出産で死んじまって、子どもの一人は殺されて、もう一人は大量殺人犯なんて、どんな生き地獄だよ。オレのせいでさぁ、親父はこれから一生後ろ指さされちまうんだよ。だからさ、オレがこんなことしたわけがちゃんと伝われば、弟の敵討ちだったんだって世間が思ってくれれば、ちょっとはマシなんじゃねぇかなって、思ったんだよ。そのくらいしか、オレには、もうできねぇんだ。潔くくたばった方が世の中の親父への風当たりも弱くなるだろうから、死刑が執行された後でさ、上手いこと記事にしてくれよ」

 男は定まりきらない表情で、目を伏せる拓人を見つめた。

「お父さんのことは、恨んでいないのかい? いろいろ言われたんだろう?」

「何とも思ってないってわけじゃねぇよ。けど、あんな親父でも、男手ひとつでオレらを育ててくれたんだよ。オレが喧嘩した時は学校や相手の親に頭下げてくれたしさ、飯とか洗濯とか、ちゃんとやってくれてたんだよ。オレらが中学卒業した後はさ、毎朝、出勤前に三人分の弁当作ったりしててさ。美味かなかったけど、仕事の合間に食うの、好きだったんだよ」

 拓人は視線を落としたまま、話し続けた。いい親父なんだ。だって、親父はオレの面会にも来てくれて、結人のこと、お前のせいだなんて思ってないって、言ってくれたんだから。誰かを責めないといられなくて、お前を責めちまっただけなんだって、こんなことするほどお前を追い詰める気なんかなかったんだって。ごめんなって。違うのになぁ。オレは親父のせいでやったわけじゃ、ねぇのになぁ。うちの家族は、みんな、なんでも自分のせいにしちまうなぁ。


   *   *   *


 目覚めた時、拓人は真っ暗な場所にいた。深い深い闇の中に。ここどこだ? と視線をめぐらせてみると、漆黒の闇の向こうから、空気を裂くような悲鳴がいくつも聞こえてきた。ゾッと首筋が粟立って、けれど、すぐに理解が追いついた。ここは地獄だ。オレは死んだんだ。

「拓人」

 背後から、急に声が飛んできた。よく耳に馴染んだ、聞けば意に反してどこかで安心してしまうような、声だ。

 振り返ると、一瞬、脳裏を過った姿が、そのまま目の前にあった。自分とよく似た、けれど自分とは違い穏やかな表情を浮かべた、弟が。

「てめぇ、こんなとこで何してやがる?」

「拓人を、待ってたんだよ。ぼくのために人殺しなんかしちゃったんだろ? ごめんね、本当に。だからお詫びに、一緒に行くよ。ぼくのせいなんだから、一緒に――」

「ふざけんじゃねぇ!」

 急に、腹の底から怒りが突き上げて、拓人は声を荒らげていた。

「自惚れんじゃねぇ! オレがオレのしたいようにしただけだ! お前のためでも、お前のせいでもねぇ!」

「でも、ぼくのことがなかったら、やらなかったでしょ?」

「関係ねぇんだよ、そんなこと! オレは一人で行く! 一人で行きてぇ! てめぇなんかと誰が一緒に行くか!」

 結人は、どういう表情をすべきか迷ったような、それで仕方なく浮かべてみたような、薄い笑みを口元へ載せた。

 その顔、やめろよ。

 幼い頃から、ずっと感じていたモヤモヤしたものが、拓人の胸に広がっていった。そうして、耐えられずに結人を突き飛ばした。

「やめろ! そんな顔すんな! 言いたいことあんなら言え! オレと地獄に来たいわけじゃねぇんだろ!? 罪悪感に耐えらんねぇから、来るって言ってるだけなんだろ! いらねぇんだよ、そういうの! うぜぇ! きめぇ! オレに近寄んじゃねぇ! あっち行け! てめぇの行く場所はここじゃねぇだろ! 向こう行け! 早く行け! 天国でもどこへでも行っちまえ!」

 喉でひっくり返るくらい声を張って、叫んだ。行け! 行っちまえ! 消えちまえ! 二度とオレの前に出てくんな! 

 夢中で喚き散らしていると、ふと、握った拳に、何かがあることに気がついた。いや、「何か」ではない。手の中にその感触を見つけた途端に、拓人はそれが一体何であるのか、理解していた。キーホルダーだ。イカの、ダサい、キーホルダーだ。

 彼はそれをギュッと握りしめた。絶対にこれだけは、手放したくないと思った。

「早く行け! 行っちまえ! 行け! 行け!」

 結人は、相変わらず、困ったような顔を浮かべて、拓人を見つめていた。

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地獄の入口で待ち合わせ ぞぞ @Zooey

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