第7話 いつか幾千の花を咲かせるでしょうか

「本当はね、お花なんて嫌いなの。」

「知ってるよ」

「......知ったかぶる人間も嫌いよ。」

「知ってるよ」

「......わたし好きな人が居るの。」

「知ってるよ」

「......その人には大切な花があったわ。」

「大切な花?」

「わたしね、聴いたの。どうして大切なの?って」

「そうしたら?」

「好きな人が好きな花なんだと笑ったわ。」

「失恋したんだね。」

「......してないわ、だってあの人の好きな人はもう生きていないもの。」







皆様、こんにちは、またはこんばんは、それまたおはようございます。チグサです。前回、僕は家を飛び出しました。何も持たずに。後先考えずに。あ〜〜〜〜〜〜〜大変。今夜の寝床はどうしよう。ちなみに飛び出して一日目の夜です。って誰に言ってるんだろうか。はあ、疲れた。.......なにかを考えていなきゃ思い出してしまう。僕がこうすると分かっていて抱きしめた父のことを。何も言わずにふたりの前から消えたことを。ふたりに会ってしまったら意思がゆらぎそうで怖かった。また、コウちゃんは泣くだろうか。メエちゃんは怒るだろうか。.........ふたりは目を覚ましてくれるだろうか。

「あ〜、何してんだろ。」

降り積もる雪をひとあし、ひとあしと踏みつける。次々と降る雪にそれは一瞬で消される。はあ、いま、立ち止まってしまったら僕も消えるだろうか。跡形もなく。ああ、そうだ。ふたりの記憶を消すのを忘れてしまったな。アミからの薬もいつか底をついてしまうな。父さんはひとりでやっていけだろうか。雪はいつも綺麗だな。.........髪の毛でも染めようか。真っ白い金髪にでもしようかな。この黒髪が消えるならなんだっていいや。ああ、お腹空いたな。寒いし、薄着だな。お金はずっと貯めてきたものがあったら当分は大丈夫。これからどうしたらいいか、それだけが解らない。不安でどうしようもない。....いまはとりあえず、歩くしかないだろう。

「?」

近くで懐かしい音色が聴こえる。懐かしいピアノの音。昔、メエちゃんと一緒に習っていたピアノ。音に誘われて辿り着いたのはひとつのレンガ造りのお店?のような場所だった。バー?「BAR 水仙」?聞いたことないBARだな。.....ああ、思っていたよりずっと歩いていたんだな。

「くしゅん!」

さむい......とにかく寒い。ああ、もう眠くなってきたな。.........いい音色だな。


「ねえ、中入る?」


店内を無意識に覗いていたのかもしれない。気づくとピアノの音色はパタリと消えていた。店員らしき人物が店から出てきていた。さくら色のふんわりとした髪の毛に端正な顔立ちの背の高い男性が僕の目の前にいた。


「え?」


驚く僕の手を目の前の人は掴んで中へ入った。






店の中もレンガ造りだった。ゆらゆらと炎が灯る暖炉の近くにはあの音色を出していたであろうピアノがあった。

「あなたが弾いていたんですか。」

懐かしむように、撫でるようにピアノに触れた。彼は僕の顔を見るなりきょとんとした顔をしている。

「君はその音に誘われてきたの?」

「え?」

「この場所に。こんな寒い夜、温かそうだったからじゃなくて、音に?」

「.........さあ、わかんない。ただ歩いてたらこの店があっただけ。」

「ふぅん」

そう言って男性は目を細めて笑っている。何が可笑しいんだろう。

「少年、寂しいの?」

「は!?」

「君ずっと下見てる。それにピアノ、悲しそうにでも愛おしそうに見てる。」

「.....そうだとして、なんで寂しいになるんですか。」

彼の言いたいことが分からず少しだけムッとした。それに俺はもう少年って歳でもないだろ。

「.........さあ?」

.........は?なんなんだこの人。僕、馬鹿にされてるのか?ムカつく。

「ムカつくって思った?」

「.........!?」

「あはは、ごめんね」

ほんっとムカつく!なんかやだな、この人。今までに会ったことない人だな。

「ねえ、こんな夜遅くに何してたの。名前は?」

「ちょ、ちょっと待ってください、そんな一気に言われても......」

それに何してたの?って言われても言いにくい。なんて言ったらいいんだろうか。

「あ、ごめん!そうだよね、じゃあ名前は?」

名前.......。名前は―――

「ち.........」

「ち?」

「ち.........」

待って。俺はこれからやるべき事のためにひっそりと生きていかなきゃいけない。だから、今ここで名乗るのは危険な気がする。絶対に。

「ち?」

「ち.........か」

「.........ちか?」

「そう!ちか!千の花って書く。ぼ.......俺の名前は千花。」

ここで、今日ここで別人へとなってしまおう。「千草」から「千花」へ。僕から俺へ。

一人称も変えた。自分のことを俺と話すのは、懐かしい。昔の俺に戻ってしまうようでいつからか自分のことを僕と話すようになっていた。でも、今はその僕の全てを消してしまいたい。だから、俺になってしまおう。名前は安直だけど「千花」にしよう。草から花って贅沢だな。欲張りだろうか。まあ誰も知らないから、それぐらい許してよ。

「千花、いい名前じゃん。」

男性は笑った。.........ちょっと嬉しい、な。本当の名前ではないけど。

「なあ、チカ、お前行くとこある?」

「えっ」

「.........帰る場所、ある?」

.........ない。帰る場所なんてもちろん。ホテルに数日滞在しようとかふわふわ考えていたけれど帰る場所、決めなきゃいけないな。沢山やらなきゃいけないことばかりで下を向いてしまいそうになる。ああ、もう下ばかり向いてたっけか。

「俺の家、住む?」

おれのいえ、すむ?オレノイエスム?え?この人大丈夫?なにいってんの?

「.........どうして?」

「なに、どうしてって?」

「だって俺、身の上不明だし、今日会ったばかりでそんな―――」

「あ〜なるほどね。......なんでだろうね。でも、キミは俺のピアノの音、好きでしょ。だから、いいんだよ。」

変な人......まあ、甘えてしまおうかな。どうせ、すぐ別れるだろうし、とりあえずお金稼げるところも探したいし。

「いいんですか?」

「あれ!案外あっさり!」

「え!」

なに?冗談なの?

「はは、嘘。おいでよ、チカ。俺の家、超広いし、ひとりって寂しいんだよね。あ、景色もいいよ。」

口説き文句みたいだなあ。

「口説き文句みてえ.........」

「あはは!口説いてるねえ、いま、まさに。」

「え」

「え?」

心の中の声、出てた?なんかこの人楽だなあ。何言っても笑ってるな。身元知れなくて、明らか金持ってなさそうな、生意気な人間に、家来る?とか言えるか?

「俺、寝れないんだよ。」

「.........俺に添い寝して欲しいんですか?」

「あはは、ちょっと違う。」

「.........まあ、添い寝ならそこら辺の女の人とか、あなたなら余裕で捕まりそう。」

「あは、褒めてんのか貶してるのか分からないねー、少年」

「な、だから少年って!」

「少年じゃないの?いくつ?」

「20」

「全然、少年だよ、まだまだだよ。」

「え?」

「まだまだ君は自由だし、俺の家に来るかどうかを決めるのはキミ自身だよ。」

自分自身......なるほど。そうか、自分で決められるのか。俺は。

「どうする、チカ。」


「行く。」

俺は出逢ったばかりのゆるい大人の家に行くことに決めた。この先何だっていい。もう大切なものは全部置いてきた。何も怖くないから。


「あ!あの名前、貴方の名前教えてください。」

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ワスレナグサ 天使 ましろ @am_noenoe

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