第6話 大切なひとへ-贈る花言葉-
「明日、誕生日だな。」
「何欲しい!?おめでとう!!」
「あはは。ありがとう。」
「反応薄い....!今日はさ、前夜祭なんだよ!!だから、今日もおめでとう!」
「なにそれ、贅沢だなあ〜でも、ありがとう。」
「いいんだよ、今日明日ぐらいは誰だって贅沢言ったっていいよ。」
優しいキミは自分のことをいつも蔑ろにするから。
「うん!贅沢、全部叶えてあげるよ!」
「え〜、もう十分だよ、ふたりがそばにいてくれるだけで嬉しいんだ。」
優しいキミはいつも自分よりも人のことばかりだ。
「本当に貧欲だな。叶えられる限度でだけど、わがまま言って。」
「そうだよ!!たくさん、たくさん言ってよ!」
「ふたりは本当に優しいね。ありがとう。じゃあ、ひとつだけ約束してほしい──」
「ん........ん?........あ!」
まだ完全に覚めきれていない意識で連れ戻される現実のなかに僕はいた。あぁ、ここは家?
「へや?」
自分の部屋にいた。頭がズキズキと悲鳴をあげる。
頭も身体も少しだけ痛い。ズキズキとジクジクと身体が蝕まれていく感覚だ。
「.......さむ」
相変わらず窓が空いていた。雪が窓から零れているのをぼーっと眺めた。なんだか忘れている気がする。ん〜、なんだっけ。今何時だっけ、今日何日だっけ。メエちゃんとコウは今日予定あるのかな。今、何してるのかな。あれ?あ、あれ?あれあれあれあれあれ?あ............れ?
「あ.........ち.........がう?」
全身が震え上がる。何を忘れていたんだ?僕は。いつもの朝だと思っていた。いつものように朝、起きて、窓からこぼれている雪をみて今日も窓を開けていたことに気づく。そうしているうちに、あのふたりが来るんだ。
『チグちゃんーーーーーー!!!!』
『チグ』
ふたりの優しい声。それがボクの朝がはじまる合図だ。
「ふ.........う.....うう」
真っ白いミルク色のシーツをぎゅっと握る。泣いちゃダメ。泣いちゃダメだ。ボクが泣いてはいけない。ボクは。ボクだけは泣いてはいけない。
「ごめんね、ごめんねごめんねごめんね。ごめんね.....」
歯を食いしばり、唇を噛み、声を押し殺して泣いた涙は何処へ行ってくれるだろうか。悲しい。苦しい、いやもっと、一番は「悔しい」。.........あいたい。ふたりにとてもあいたい。
「.....!」
扉のガチャりと開く音が聞こえ、扉の方を見る。
「.........あ、あ」
「父さん.........」
少しやつれた父さんが立っていた。ああ、ばか。本当におばかさん。僕のことが気になって仕事、死ぬほど忙しいのにこうやって毎日、見に来ていたの?本当に、本当にあなたはとっても優しくて強くてかっこいい、自慢のお父さんだ。
「.......ただいま、父さん」
上手くあがらない口角を無理にあげ、笑ってみせた。僕に駆け寄り、子供のように泣きじゃくる父さん。
「おかえり!!良かった.........!千草!本当に良かった!千草まで居なくなってしまったらパパは、パパは生きていけないよ。」
「うん、うん、本当にごめんね。父さん、ありがとう。」
抱きつく父さんの背中に腕を回しぎゅつと抱きついた。あったかいあったかい体温だ。父の優しい体温と心地のよい心拍音。許されたような気がした。
「ずっと寝ていたんだよ。ずっとずっと。起きないかと思った。でも、信じていたかった。絶対に起きる、と。だから、こうして毎日様子を見にいていた。誰もこの部屋には入れていないよ。アミだって。」
.........誰も。だれも?
「父さん、今は何日?僕はどのくらい寝ていたの?」
「........驚かないで聞いてくれ。4日寝ていた。」
4日.....そんなにも。
「そっか.......」
そう言って俯く。他は何も聞けなかった。ふたりのことも。あの悪夢のような出来事を、夢だったかと笑って終わりには出来なかった。だって、さっきから見えている。あの日意識が途切れる最後、朦朧としながらポッケにしまった全ての元凶の一枚が先程まで寝て、頭を預けていた枕の下にあることを。あの、真っ赤の手紙。夢ではなかった。コウとメエの誕生日の次の日、姿を見せなかったふたりの両親は.........思い出せないほどに無惨な姿に変わっていた。
「……ふたりは無事だよ。まだ目は覚めていないけれど。」
「!」
まだ目が覚めていないのか。.......ああ、本当に僕はダメだなあ。ねえ、父さん、
「僕は本当にダメだね。」
父さんに言ってしまった。悲しく歪む父の顔を見て。行く宛てのない涙が溢れた。ごめん、父さん。僕を許してくれる?いつか、僕を許してくれるなら、僕はなんだって出来るから。だから、さ。許して。今から言ってしまう言葉を。
「父さん、僕―――」
ぎゅうっと身体が曲がるかと思ってしまうほど強く、とても強く抱きしめられた。
「千草、よく聞いて、千草は何があってもパパと果実......ママの子供だよ。」
「と、うさん」
果実.......母さんの名前。亡くなってしまった僕のお母さんのこと。ああ、父さん、今こうしてその言葉を言うのはとてもずるいじゃない。本当に嫌だなあ、かっこよすぎて嫌になってしまうほどに大好きが溢れる。
「う、う、うわああああああああああん......うっ.....う」
泣きじゃくる僕を抱きしめる父さん。ああ、ずっとここに居られたらいいのに。ずっとここに、ここで、生きていきたい。
「父さん、ちょっと会社に行ってくる」
と言って、泣き止んだ僕に父はいって部屋を出た。さあ、顔をあげて。もう泣いている暇はない。僕はベッドから出た。
「.........っ」
4日も寝込んでいただけあるな。身体がキシキシとしていたい。
「ん〜!」
ぐっと腕を上げ、体を伸ばした。枕のしたの手紙を取る。許さない。絶対にこの手紙の差出人を許さない。必ず、僕が裁いてあげる。ふたりのために。僕は部屋のものを必要最低限、キャリーバッグに詰めた。あまり大きいバッグではない。窓にふと目をやる。雪がとめどなく降っていた。雪は綺麗でいい。まっさらで何もかも許されるような気分になる。ずっと眺めていたい。この季節が好きだ。この季節にずっと留まっていたい。揺れる暖炉の炎を見る。炎にうっすらと映る自分が憎い。目を逸らし、自室の部屋の扉へ向かう。
そして、僕は自分の身分となるものは何一つ持たずに自分の家を出た。
最後に誰にも会わずに。ひっそりと。
降り積もる雪は僕の足跡をそっと消していった。はじめから何も無かったかのように。ひっそりと。
第二幕 はじまり
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