第5話 明けない夜はなんとやら
「ずっと聴いてるね。」
「うん、落ち着くんだ。」
「わたしも聴きたい!」
「どうぞ。」
「「...」」
「綺麗な声!ドキドキした!!!なんて言うのかな、透き通る声で優しくって........」
「...うん。俺の大好きな曲なんだ。音も言葉も、........声も。」
「そっか〜、大切なんだね。」
「.......っ.......うん。」
「なんて曲なの?」
「花の名前だよ、『ラベンダー』。」
「ん.....ん.......あれ....?」
窓から溢れた風が頬を撫でた。それで僕は目が覚めた。あれ、頬が濡れている。僕は泣いていたんだろうか。懐かしいものを見た気がする。あれは夢か。夢でも見ていたのか、僕は。どうして.....ん.....んん!?布団にずんと重みを感じる。
布団の上にはそこにはすぅすぅと小刻みに心地のいい寝息をたてている双子たちがいた。あの日のように。あぁ....やっぱりこのベッドは3人でも広いね....。あの頃よりも大きくなっても相変わらず広かった。ふたりに目をやる。ふたりはすぅすぅと同じタイミングで寝息をたてぐっすりと眠っていた。普段は全く似ていないふたりの寝顔はとても似ている。幼い頃からふたりの寝顔をみるのがすきだった。ふたりと眠る夜が大切だった。
あれ、今何時だ?昨日のいつから寝てしまったのか記憶がない。それとも時間はもう日を跨いでいたっけか。ただ、父さんを含めてみんなでご飯を食べて、たくさん話をして、もちろんふたりの誕生日ケーキも食べて、僕からふたりでプレゼントを渡して........。僕ら3人は楽しくて楽しくて気付かぬうちに寝落ちたのかもしれない。そして父さんがここまで運んでくれたに違いない。ふふ、力持ちなんかじゃないのに、僕の父さんは。
「........ん」
窓から溢れてくる緩やかな風に吹かれて髪の毛も揺れる。心地のいい寝息をたてているふたりの髪の毛も揺れた。綺麗なサラッとした栗色の髪のふたり。ふたりといるとどうにも時間はあっという間でとても尊いことを思い知らされる。
ねえ、メエちゃん、コウちゃん、今年の誕生日はどうだった?楽しかった?忘れられないものになった?なれたら嬉しい。僕にとってそれはとても大切な贈り物になる。これ以上ないものとなる、よ。
「あれ、そういえば、柊さんと菫さんは?来たのか?」
ふと双子の両親が来たのか気になった。昨夜は仕事が遅くなったと言っていた。いつものことで気にも留めていなかったが、毎年誕生日はどんなに仕事が忙しくて、大変でも誕生日が終わる前に必ず会いに来ていた。あれ、昨日会ったっけ。来てたっけ。
「......」
よし。ふたりを起こさぬように布団から出てベッドから降りた。冬の白い空気がどこか冷たい。ストールを羽織って、そっと部屋から出てドアを閉めた。そうだ、僕らを寝かして父さんたちと遅くまで語って飲んでいたのかもしれない。忙しい3人だ。そうに違いない。
「待ってて。」
まず、パーティーをした客間に父さんがいた。昨日の服装のままソファで寝ていた。父さんに羽織ってきたストールをかける。
「.....昨日のまま?」
テーブルにはラップのかかった昨日のディナーたち。ふたりに渡したプレゼント。いつも双子の誕生日に用意するクリスマスローズ。おかしいとこなんてなにもない。......双子の両親が来た跡もなんにもなかった。
「おかしい」
おかしい。おかしいよ。こんなこと今までなかった。双子にとって年にたった一度の大切な日に大切な人と逢えないだなんて。まるで僕だ。もう僕は慣れっこだけど。だけど、彼らは違う。だって生きてる。ふたりの両親は生きてて、声の届く距離に居るんだ。どうして来なかった?来れなかった?仕事で問題が起きた?でも、どうとでも出来る人達だ。万が一にもこんな大切な日に問題を起こすような人達じゃない。もし例外なく起きても要領も良く、臨機応変に対応出来るはずだ。どうして。どんなに考えても理由がない。ふたりになんて言う?なんて言えば不安にならずに済む?どうすれば、どうすれば?
「チグちゃん?」
「.....へっぅ........」
「あはは、何その声〜!ねえ、メエ、チグちゃんいたよー。」
ひんやりとつたう汗がある。ふたりに見つかった。見つかった、なんていうと悪く聞こえてしまうが見つかった。
「あぁ、おはようチグ。俺らふたりで寝ているからびっくりした。あ、樹さんはまだ寝てるのか。うるさくしてしまったな。」
「あ、コウちゃんとメエちゃん。えっと.......」
「大丈夫。別に大丈夫だよ。俺らももういい歳だし、寂しくない。チグと樹さんもいたから。今年も忘れられない誕生日になったよ。ありがとうチグ。」
目を合わせられずしどろもどろの僕にメエちゃんはいつも通り淡々と話してくれた。ホッとしている自分がいた。メエちゃんの話にコウちゃんもうんうんと頷いている。
「てか、今何時?」
「........!!」
「あぁ、確かに、今は–––––」
コウちゃんの問いかけにハッとした。今は6時!朝の6時だった。もう朝だ!ふたりの両親は帰ってきてるはずだ!
「まぁ、家に直帰して力尽きたって感じだな。」
「あ〜、いつものパターンね!」
えっ
「仕事で遅くなった日はだいたいふたりとも死んだように寝てて起きない。だから大丈夫だよ。お昼頃ふらっと起きてくる。」
心配しなくて大丈夫、と言わんばかりにメエちゃんが優しく微笑んだ。いつもそうだ、ふたりは僕のうえをいく。敵わないな。
「とにかく片付け手伝うよ。俺ら昨日寝てしまったし。」
「うんうん!任せて、チグちゃん!!」
ふたりがテーブルにあるものを片付けようと準備する。
「まって!早く会いに行ってこいよ。ふたりが生まれたのは朝の7時だったろ。実質まだあと1時間残ってる。叩き起してきなよ。」
「...!」
「で、でも」
「あ、え!そっかまだ1時間!」
コウちゃんのそわそわを感じ取ったメエちゃんが折れるのに時間はかからなかった。ふたりは僕の家を後にして向かいのふたりの家へ行った。
「あとから来てよ!!チグちゃん!!」
ってコウちゃんの言葉にうんと頷くメエちゃん。ふたりが駆けていく後ろ姿がなんとも愛おしかった。よし、ちゃっちゃと片付けて柊さんと菫さんに僕も挨拶しに行こう。僕は腕捲りをした。
「お邪魔しま〜す。」
片付けをある程度終え、向かいの双子達の家へと入る。全く相変わらず鍵をかけていないんだから。不用心!と思いながらも普通に入る僕もどうかなとも思う。慣れってこわいな。
「メエちゃん?コウちゃん?」
ふたりの声が聞こえない。何処にいるんだ?部屋?僕の家のような大きな屋敷に4人で住んでいる。僕らと同じで花城家も数年前から使用人を雇うことを辞めた。でも、いつ来ても温かい家だと思った。僕の家とは違った。僕の家もいい家だけど。
なかなかふたりが見つからない。どこに行ったんだ?まさか、両親の寝室?ふと、家の奥へ進んで行くにつれてゾワッと悪寒がした。え......なんだこれ逃げたい逃げたい逃げたい。いつもの双子達の家のはずなのにとても冷たい。とても、とても........。
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」
!?
コウちゃんの声が響いた。客間?客間からだ!声からして尋常ではない何かが起こったことを察した。僕は客間に急いだ。
「コウちゃん!!!」
客間に着くとドクンッと心臓が跳ねた。ゆっくりと振り返ったコウちゃんとメエちゃん。ふたりは一緒にいた。手や衣服を真っ赤に染めて。
「え..............」
何が何だか分からなかった。悪い夢でも見ているかのような。コウちゃんの大きな目からは涙がとめどなく流れいる。頬に付いた赤い何かと混ざり真っ赤に染まりながら。震えている唇をきゅっと結んで僕を睨んだ。見たことがない表情に震えが止まらない。これは夢で悪夢で、僕はまた疲れてそんなものを見ているんだと、落ち着かない頭で考えた。
「チグ........さ」
いつもの表情にコウと同じく涙を流しているメエちゃん。
「メエ........ちゃ、」
「........でる」
メエちゃんを呼び終わる前にコウちゃんが何か言った。
「え?」
近寄ろうと無意識に足が動く。
「あああああああああああああああああ!!!!あああああああああああああ!!!!!!!」
泣き叫ぶコウちゃん。溢れでる涙は止まることをしらない。
「ひっ......」
見慣れないコウちゃんに情けない声が出る。足はすくんだ。
「しんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでるしんでる––––––––––––––––––––」
しんでる?コウちゃんが言っていることが何が何だか分からなかった。しんでる........
死んでる?
ふたりの傍に横たわっている「それ」は真っ赤で何が何だか分からない。でもそれはきっとふたりの大切な、大切なふたり、両親だった。柊さんと菫さん。
「えっ........うそ........。なんで、どうして?」
ふたりの両親が死んだ。
横たわっている何かが柊さんと菫さんだと気付くとどうしようもなく震えが止まらない。どうして?何があった?この家で何があった?誰がこんなことを?
ところどころに花が舞っている。床には一面の花。真っ赤に染められた真っ白の花。きっと双子達に贈る花だったのだろう。
「これ」
メエちゃんは僕にゆっくりと近づき手に持っていた物を差し出した。僕を見ているはずなのに目が合わない。メエちゃんは目の焦点が合っていなかった。
手紙?
それは真っ赤な手紙だった。宛名は Chigusaと描かれていた。僕だ。
「......どうして僕宛ての手紙が?」
「さぁ...父さんと母さんのふたりの傍にあった。勝手に読んでしまった。悪い。」
こんなときでも律儀なメエちゃんを僕はひどく気持ち悪く思えてしまった。いまはそれどころじゃないだろ、メエ。
「...」
何も言わずに手紙を受け取る。
『 千草へ
今日は大切な君の大切なジェミニの誕生日だと聞いた。そんなジェミニに私なりのプレゼントを贈ろう。
私のプレゼントはどうだったかな?
喜んでくれたかな?
Happybirthday ジェミニ
それでは千草、また逢おう。
アネモネ』
プレゼント?これが?これがプレゼントなの?プレゼントだと.......?
ふざけるな、誰がこんなこと..........!
「う、ううぅ。ううううううぅ。」
あ....コウちゃんの声で我にかえる。この手紙は僕宛でこの事件の原因は紛れもなく僕だった。ふたりの顔が見れない。状況を理解すればするほど力を失っていく。
「あぁ、あああああああああぁ」
手紙を持つ手の震えが止まらない。胃がきりきりとする。頭が割れそうに痛い。それでも、なにより苦しいのはあの日、ふたりを守ると決めた日、あの日決めた誓いを果たせなかったこと。守れなかった。そのことが苦しい。僕のせいでまた、ふたりが苦しんでいる。
「いや!!!!いやよ!!!ママ!パパ!」
横たわった柊さんと菫さんに寄り添い泣き叫ぶコウちゃん。そんなコウちゃんを抱きしめて何も言わず一緒にいるメエちゃん。目からは静かに涙が零れていた。
「あ...........」
もはや僕の声はふたりに届かない。ごめん、ごめん。僕のそばにいたから。やっぱり僕はダメだ。ふたりのそばにいたらだめだったんだ。ほんとにごめん。ごめ........う、うう、うううううぅ
「ごめん!!!ごめん!!!ごめん、ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんなさ........い」
言葉にすると止まらない。何もかもが止まらなかった。ずっと秘めていた想いも頬を伝う涙も。
「千草!茗くん!香ちゃん!」
!!!
このこえは........声........とうさん........?
泣きじゃくる3人の泣き声のなか父さんの声が聞こえる。父さん、お願い助けて。僕らを助けて........たすけて
「たすけて........父さん―――」
情けない声を微かに出して僕は足から崩れ落ちた。朦朧としていく意識のなかあの真っ赤の手紙をポッケにグシャリと握り潰して押し込んだ。
薄れゆく意識のなかふたりのことを考えていた。
僕を許してくれるなら僕はなんだってするのに。
神様、どうして僕らにこんなことをしたの?僕らは何を間違ったのかな。僕は何を間違ったのかな。
僕はゆっくりと意識を失った。
最後に聞こえたのは声が枯れてもなお泣き叫ぶコウちゃんのあの綺麗な声だった。メエちゃんは声を発さず静かに泣いていた。
床には一面の花びらがじんわりと色を赤に染めていった。
どうか、今日がはやく終わってしまえばいいのに。
第1幕 終了
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