だから武器屋は儲からない

狼二世

だけど絶対に無くならない

 さあ、そこの道行くお兄さん。ちょいと見ていってくれないかな、この見事な剣。鏡のように研かれた刀身にはイケメンの顔! そうそう、アンタの立派な顔さ。

 鍔に施された装飾は女神の聖印。握っているだけでカスリ傷程度は勝手に治っちまう。かつて魔王を討伐した勇者も、聖剣を封印の台座から引き抜くまでは愛用していたものと同じモンさ。

 それに、武器としても申し分ねえ。見てみな、この果実。え、果物に見えない? まあ無理はないさ、リンゴとかとは全然違うもんな。こいつは遠い南の国から取り寄せたモンだ。青い空の下、海と陸の境界に生える硬い果実なのさ。ちょっと叩いてみな。ほら、硬い皮だろ。でも、この剣にかかれば……とりゃ! 真っ二つさ。中身を飲んでみな? うんうん、美味いだろ。そこのお子さんも飲んでみな。うんうん。顔を見れば満足してるってわかるさ。

 お次はこの籠の中。今朝、城壁の外で拾ってきた木の葉さ。それを……どりゃ! 一気にぶちまけるぜ! だけどこれで終わりじゃねえ! ここで取り出すのは翡翠色の刀身を持つ細身の剣。この風の加護を受けた刃なら、ほっほっ! 落ちる前にすべてを斬れる。

 はっはっは、拍手喝采ありがたいね。でも、こんなのは武器のおかげさ。アンタたちも買えばだれだって俺と同じくらいのことはできる、さあ買った買った……って、あれ? なんでみんな帰るの?

 大道芸はもう終わりか? んな訳ねえよ! それに俺は芸人じゃねえ! 武器屋だ! それも勇者の魔王討伐に随行した由緒正しき武器商人の――え、さっきの果実はもうないかって? ええと……買う? 毎度あり。


◆◆◆


 はあ、お疲れさん。マスター、空いてるよな。

 なんだよ、宵の口から酒場に入るのかって? しょうがねえだろ、夜に武器を振り回してたら衛兵にしょっぴかれるんだから。

 はあ……店のない武器屋は辛いね。親父がしくじらなければよかったのに。

 ま、無理もないよな。勇者様が魔王を討伐してから何十年。強い魔物も減って、世界は平和そのもの。武器なんてめったに売れないよな。

 はあ、これじゃ愛しのパトリシアに不味い飯しか食わせてやれねえよ……


 ん、仕事がある? 盗賊に襲われた村だって。

 なるほど、それなら買い手が見つかるかもな。

 ありがとよ、マスター。次に来たときは一番高い酒を注文するぜ。


◆◆◆


 はあー、空は晴れやかで風は穏やか、旅をするにはいい日寄りだよな。な、パトリシア。

 悪いな、いつも荷物を運んでもらって。次の仕事で大儲けしたら、いい飯食わせてやるからよ。はは、お前も嬉しいか? ほら、あんまり顔を寄せるなよ。

 しかし、噂は本当みたいだな。まるで人影がない。旅人の一人でもすれ違っていいのに、夜明けからお天道様が真上になるまで誰ともすれ違わない……なんて考えてたら人影が見えるな。アレは誰だ? 遠くに見えるのは、村娘……それと、随分とむさくるしい男だな。

 よし、ちょっと行ってくる。武器は、鉄鞭でいいか。


 やいやいやい。ちょいと待ちな。お天道様が元気だってのに、泣きそうな顔の女を追いかけるとはどういう了見さ。

 俺? 俺はしがない武器屋だよ。そんなお前さんは……噂の盗賊ってところか。間違っていないな、お嬢さん。

 おっと、ナイフで俺を脅せると思ってるのか? そんなみすぼらしい品、うちの店にも置いてないぜ! おらよ!! 折れちまったな!!

 一、二、ほら、見たかこの鉄鞭! 特別な魔法はかかっちゃいねえが、お前さん方の頭をたたき割れるくらいには重さがあるんだぜ。

 ほらほら、そんな鈍らを抜いたところで俺には当たらないぜ!

 よっし、これで最後だな。

怪我はないな、お嬢さん。

 はは、そんな泣くなって。あんまり引っ付かれると、俺に惚れるぜ……いや、なんでそこで呆れた顔をするんだよ。

 ん、後ろ? って、うお! パトリシア? おいてメェ、うちのパトリシアに何をしやがる! 待て! 待ちやがれ!!


 くそ、さすがにパトリシアは早いな……おいお嬢さん、アイツの行き先に心当たりはないかい。

 なあに、ちょいと頭に来ちまっただけだよ。


◆◆◆


 おらあ! ん、なんで手前ら泡食ってんだ。居場所がバレてるんなら踏み込まれるなんて当たり前だろ。俺が踏み込まなくてもそのうちどこぞの傭兵が入って来ただろうな。命日が早くなっただけだ、安心しろ。

 あ、なんでうちの商品構えてやがるんだよ。畜生、やりずらいな! オルァ!!

 オラ、鉄鞭は痛いだろ。安心しろ、頭蓋骨を叩き割りたいところだけど、腕と脚だけで済ましてやるよ!

 ほらよ! 肥満体だろが脂肪を突き抜けて肋骨が折れただろ。はいはい、盾を構えても無駄だって! どりゃ! な、腕と一緒に砕いてやったぜ。

 なんで? そりゃあ、武器屋は武器の扱いも一流じゃないとな。最近は街角で実演しないと、武器の優秀さも伝わらねえんだよ。

 お前が親玉か? まあいいや、全員ぶっ飛ばしてやるからよ。うちの商品を傷つけたくねえから、黙って倒されてくれよ!

 怒ってる? 怒ってるぜ。パトリシアに乱暴してくれたんだからよ。

 外じゃお嬢さんが待ってるんだ。さっさと終わらせるよ。


◆◆◆


 ふう……大分時間がかかっちまったが、ここがお嬢さんの村で間違ってないな。

 お、なんか出迎えが来たな。安心してください、ほら、この荷馬車。盗賊を縛り上げておきました。

 はは、泣いて喜ぶことないでしょう。こいつら、武器屋に負けるくらいの雑魚ですから。

 武器屋? ええ、武器屋ですよ。騎士でも傭兵でもない。ここで武器が必要だって聞いてやってきた、ケチで卑劣な商人ですよ。

 ん、買ってくれますか。って、おいおい。そんな殺到しないでくれ! 全員分ありますから!!


◆◆◆


 ……ふぁぁ、よく寝た。

 結局昨日は遅くまで会計やら説明で時間を潰されちまったな。

 でもまあ、おかげで懐は温まったし、しばらくはここで商売をしても……ん、長老さん、どうしたんですか?

 ……え、事件?

 なるほど、昨日の夜、俺が売った武器を使ってケンカがあったと。怪我をしたのは村でも鼻つまみものだけど、武器を持ち込んで大事にした俺がお咎めなしだと始末が悪いと。

 はあ、しょうがないです。今日中に村を出ていきます。ついでに武器も返品しますか?

 え、それはもういい?

 はは……そりゃそうですよね。誰かが武器を持ってるなら、それで襲われた時に対抗できないですから。


◆◆◆


 んん……今日も穏やかな日和だな。

 そんな残念そうな顔をするなってパトリシア。荷物もちょっと軽くなっただろ。

 でも分かっただろ。世界が平和になって武器屋は儲からないけど、絶対に食いっぱぐれないって。


 こんな平和な時代だ、武器は嫌われる。

 だから武器屋は儲からない。

 だけど絶対に無くならない。


 落ち着いたらまたあの村に行ってみるか。たぶん、また武器が必要になるだろう。

 それより、王都に戻ったらいい餌を買おうぜ。いつも荷馬車をひいてくれてありがとうな、パトリアシア。お前くらいの名馬はそうそう居ないさ。いつか最高の番を見つけてやるからな。


《了》

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