第34話 普通の女の子に戻りません
ジェラールとバイバイしてからもう一週間になるのね。もふもふ牧場生活は順調そのものよ。
そうそう、昨日トッピーがまた来てくれてね。川底から真珠を拾ってくれたの。
ジェラールたちはどうしているのかなあ。村までの距離がどれくらいか聞いておけばよかったわ。
トッピーの言葉によると、市場では食糧が不足している様子はないってことだけど……干ばつと言ってもすぐに影響が出るわけじゃないってことも言ってた。
結局どうなのよお。
ジェラールたちが来るまで分からないってのが答えだって。もう、それなら微妙なお話しをしなくてもよかったのに。
佐枝子の柔らかい頭を舐めたらダメよ。理解力ってのを放棄しているんだから。
「誰が豆腐頭やねん! ぷるぷるしてるのは胸だけよおお」
「それはない」とすかさず隊長から突っ込みが入る。
もう、隊長ったらあ。素直じゃないんだからあ。さりげなく、私の胸ばかり見ているく、せ、に。
あ、待って、消えないでええ。隊長ー。
ま、まあいいわ。そのうちまた出てきて白い歯を見せるんだろうし。
「手先が器用な方だと思っていたのだけど、これはどうして、なかなかどうしてええ」
既に三日目となるが、なかなかうまく行かないわ。
何度、ほどいてやり直したことか。
羊から羊毛がとれるでしょ。それを使って、毛糸にして、後は分かるわよね?
佐枝子お得意のミサンガはすぐできたのだけど、この先が進まないのよ。
「そういえば、ニールさんの指先って爪があるから……ダメじゃないのよおお」
何度もやり直したのに。手編みの手袋。
もっと早く気が付いていればあ。い、いいのよ。完成する前に気が付いたんだもの。
「別のものでいきましょう。そうしましょう」
でも、この後、ファフニールともぎゃ、白猫とお食事だから。
夜なべしよう。そうしましょう。
◇◇◇
更に一週間がたったわ。
夜になるとすぐに寝ちゃうのよねえ。すやああっと気持ちよく。
気が付いたら朝な生活が続いてしまったの。
でも、イルカがいるし、生活のために必要な家事は大したことがない。
なので、開いた時間をフル活用して、ついに、完成した!
やったね、佐枝子。
見た目は正直、余りよろしくない。
だけど、重い……じゃなくて思いは詰まっているんだから。もうこれでもかってほどに。
感動ひとしおにファフニールテーブルに腰かけ、じんわりきていたら梨とリンゴファンネルを装備したルルるんがいつものようにやってきた。
白猫に乗った姿も、見慣れた風景になってきたわよね。
『もっきゃ』
「やあ、ルルるん。いつもご苦労」
『もきゃきゃ』
「梨とリンゴありがとうね」
『ブドウは食べたもきゃ』
「そ、そう……」
お使いにつまみ食いはつきものよ。だけど、全部食べちゃうなんて。
別にいいかーもう。
明日になればまた回収できるしさ。
白猫にまたがったまま、テーブルの上にいるルルるんに向けちょいちょいと指先で呼ぶ。
『もきゃ?』
「ルルるん。いつもお世話になっているお礼があるの」
『フルーツもきゃ?』
「食べ物じゃないんだけど……」
『……』
うわあ。あからさまに塩反応だわあ。
でもいいの。自己満足かもしれないけど、無理にでも押し付けちゃうんだから。
「じゃじゃーん。ルルるんとスレイに。同じ色のミサンガだよ」
「にゃーん」
毛糸だからすぐ切れちゃうかもしれない。できる限り頑丈になるようにと思ってより合わせはしたの。
二人の毛色でも分かるようにと思って、スカイブルーにしたんだ。
染料も購入して毛糸を染めたりしていたから、結構時間がかかちゃった。
ミサンガを作ること自体は、憧れのサッカー部の先輩に渡そうと努力した経験が役に立ったわ。
その先輩? うーん。結局渡さないままだったかな。
今はもう顔がどんなんだったかも、思い出せないよ。
スレイが先に前脚をのしっと出してくれたので、そのまま彼にミサンガを装着する。
すると、ルルるんも彼とお揃いなのが気に入ったのか、自分の右腕をだしてくる。
「はい。これで」
『もぎゃー』
「にゃーん」
よしよし。一応付けてはくれるみたいでよかったよかった。
立派なものじゃなくてごめんね。
佐枝子、もう少し練習して次はもっとデザインがよいものを作るから待ってて。
お、今日はちょっとだけ早いかも?
「ニールさんー!」
ブンブンと手を振ると、彼は小さく手をあげて応じてくれた。
「サエ、今日は一段と元気だな」
「そうなんです! ニールさんにお世話になっているお礼がしたくて」
「それを言うなら俺の方だ。いつも食事を頂いている」
「そんな。テーブルだってニールさんが。いつもハチミツとかいろんなものを集めてくださってますし」
「お前の料理を待つ間のことだ。それこそ、気にするな」
いつもながらぶっきらぼうだけど、私には分かるの。
これが彼なりの優しさなんだって。
邪黒竜なんて恐ろしい通称で呼ばれていたが、私は彼ほど真っ直ぐて人の世話を焼くことを厭わない人を知らない。
彼の優しさは見返りを求めないの。
それが、彼の素敵なところ。素直じゃないところも、照れ隠しだものね!
手袋は諦めた。
実はマフラーも作ろうとしたのだけど、もぎゃが「もうすぐとっても暑くなるもきゃ」なんて言うものだから断念した。
そもそも作ることができなかったかもしれないし。要修行ね。
それでね。作ったものが、これだったの。
「ニールさん。すぐ切れちゃうかもしれないけど。これ」
「俺にか?」
「はい。首から下げてくれると嬉しいなって」
彼に差し出したのは、毛糸で作ったチョーカー。
先に袋状になるようにした網を作ってね、その中に彼の髪色と同じ宝石を入れているの。
彼は無言で毛糸のチョーカーを握りしめていたけど、私の視線に気が付き首を回す。
眉尻が寄っていて、不本意なのかも。なんて思ったけど……。
「これでいいか?」
「はい!」
「サエ……いや、何でもない」
「お気に召しませんでしたか……もっと上手に作りたかったんですけど、私、不器用で」
「そうじゃない。そうではない」
ファフニールは彼にしては珍しく大きな動作で首を振る。
長い爪で宝石をピンと弾き、顔を反らしてしまう。
「ありがとな」とこちらにギリギリ届くか届かないかくらいの声で、彼は私にお礼を言ってくれた。
「ニールさん!」
嬉しくて、その場で立ち上がり彼の名を呼ぶ。
しかし、彼は私と反対側を向いてそのままこちらに声をかけてくる。
「揺らぎを感じる。誰か来る」
「え、ジェラールたちでしょうか」
「恐らくな」
「あ、やっぱりそうだ!」
端正な顔立ちをした美形エルフとツンツン頭が30メートルほど先に忽然と姿を現す。
思わず両手を振ると、ツンツン頭が手を振り返してくれた。
満面の笑みを浮かべて。
「ジェラールー! ニールさん、行きましょう」
「そうだな」
あの顔はきっと吉報に違いない。
ファフニールと並んで駆けだす私。
一方で二人もこちらに向かい始めた。
最初は一人でどうにかなっちゃいそうだったけど、ファフニールをはじめとした素敵なお友達がいてくれたことで、とても楽しい日々を送れている。
これからも、みんなとすごす楽しい日々が待っているの。
でも、今はジェラールの元に向かわなきゃ。
「あ」
「ほら、気をつけろ。お前はこういうところがあるからな」
つまづいたところで、さっとファフニールが右腕をつかみ引っ張ってくれた。
おしまい
※これにて完結となります。
次回作もはじめております。
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外れスキル「トレース」が、修行をしたら壊れ性能になった~あれもこれもコピーし無双する~
大草原の小さな家でスローライフ系ゲームを満喫していたら何故か聖女と呼ばれるようになっていました~異世界で最強のドラゴンに溺愛されてます~ うみ @Umi12345
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