第33話 なんまいだぶー

 ――翌朝。

「暖かいむにゃー」

「にゃーん」

 

 護衛役なのか分からないけど、ナイト白猫が枕元にやってきたのでむぎゅーしたまま寝たの。

 頬をすりすりさせ、頬が緩む。

 しかし、つれない白猫は前脚でパシっと私の頬をはたいてきた。

 天使のにゃーんな鳴き声だというのに、可愛くないー。

 

 さっそくオレンジ作業着を装着し畑へ繰り出す。

 白猫もトコトコと尻尾を立ててついて来た。

 ここで可愛い―とか思って触れようとしたらパシンされちゃうからね。気をつけや。

 美少女と猫なんて絵になると思わない?

 うしろゆびなんとか組に加入できるかもしれないくらいよ。

 日本にいたら……だけど、ね。

 残念ながら、ここは日本じゃないの。西暦なんてものも存在しない。

 つまり、私は高校を卒業することもなく、永遠のJK佐枝子になるのかな。

 ……二年くらいはJK名乗ってもいいけど、その先はやめておこう。

 隊長に突っ込まれちゃうから。でもでも、心はいつもJKよ。

 

「にゃーん」

「めんごめんご。つい、自分の可愛さに酔ってしまったの」


 え、待って。

 白猫にそっぽを向かれちゃったんだど。猫に人間の容姿が分かるわけないって高をくくって、適当に言っただけなのに。

 そっか。白猫は人間の容姿の機微まで理解できるのね。

 だったら、佐枝子の美ボイスも聞かせてあげたら喜んでくれるかな?

 でもマイクがないのよね。せっかくだったら、大きなスタンドマイクがいいわね。

 んー。マイクだけじゃ歌えないか。

 音がないとねえ。レーザーまでとは言わないけど、せめてラジカセがあればなあ。

 

 おっと、たわわに実った作物を刈り取らないとね。

 昨日種を植えたばかりだけど、もう完全に実っている。

 もふもふ牧場の力だけど、一晩で実るってとっても便利よね。

 

「イルカくん、作物を全て回収して」


 イルカパワーで一瞬にして全てをアイテムボックスに収納。

 昨日みんなが集めてくれたアイテムの殆どはゴルダに変えたの。

 だから、種を買うゴルダもたんまりあるわ。

 

 袋を購入して、小麦と大麦の種、タマネギとジャガイモはそのままでも大丈夫かな?

 この四種を詰め詰めしてジェラールに渡そう。

 

 ◇◇◇

 

「ありがとな。サエクオ」

「感謝いたします。聖女よ」

「ううん。これが育てばいいのだけど……。ジャガイモは荒地にも強いと聞くわ」


 ジェラール、エルファンと順に握手を交わし、うんうんと頷く。

 別れの時、特に彼らと長く交流したわけじゃないんだけど、やっぱり寂しくなっちゃう。


「作物がどうなったのか、教えてね。ジェラール」

「おう。これを届けて、また戻って来るよ。ちゃんとお前にお礼が言いたい」

「お前じゃなくって、ほら」

「サエクオって名前で呼べって?」

「違うわよお。ほら、言ってごらんなさい。お姉さまって」

「俺の姉ちゃんじゃないし」

「も、もううう。融通が利かないんだから」

「分かった分かった。サエ姉ちゃん、またな」

「う、うん」


 やだああ。面と向かって姉ちゃんなんて言われたら照れるじゃない。

 弟よ。頑張るのだぞ。

 ポンと弟の肩を叩き、うむうむとする。

 対する弟は本年度ナンバーワンと言ってもいいくらいの嫌そうな顔で応じた。

 素直じゃないんだから、お姉さまと別れるのが寂しいのは分かるわ。だけど、君は農家に種を届けなきゃね。

 

「報告はエルファンだけに任せようかな……転移術がないとここまで来るのが大変だし。むしろ、俺がいたら魔力を消費するよな」

「そのようなことはありませんよ。ともあれ、急ぎ戻りましょう」


 二人は来た時のように手を繋ぎ、忽然と姿を消した。

 転移術、便利ね。佐枝子にも使えないものかしら。

 

「コトリ。君の手腕に感謝する。おかげで無用な戦いをすることなく彼らを帰すことができた」

「二人とも悪い人じゃなかったんです。それだけです」


 渋い声にきゅんとして、声のした方に顔を向けたらげんなりする。

 この声は卑怯よ。ぬめぬめカエルー。

 太陽の光にぬめぬめが反射して眩しいし。あと、そのリュートは飾りなの? 一度くらいポロロンしてもいいんじゃないだろうか。

 今度会ったら頼んでみよう。うふふ。

 もちろん、目をつぶって聞くのよ。きっと彼の声にきゅんきゅんすること請け合いだわ。

 決して、目を開けてはならないの。あれよあれ。

 扉の向こうでバッタンバッタン機織りをしていたカワウソみたいなものよ。

 見たらダメなの。

 

「サエ。頑張ったな」

「ありがとうございます。ニールさん!」


 やーん。ファフニールに褒められちゃったあ。

 ついでに頭をなでなでしてもらおうと、さりげなく頭を前に向けたんだけど、ドラゴンには伝わらなかったようです。

 彼は収穫したばかりの畑に目を向け、ふっと口元だけで笑う。

 

「育つと、いいな」

「はい!」

「聖域の作物なのだ。きっとうまくいく」


 ファフニールは自分に言い聞かせるように私に向けてではなく、一人呟く。

 私も同じ気持ち。きっと、大丈夫。

 もふもふ牧場の作物は一日で収穫できるほど強靭なんだから。

 そうだ。聖女じゃないけど、聖女だったらこんな時どうするんだろう。

 お祈りするのかな。

 

 そっとその場で両膝を付き、両手を胸の前で組む。

 

「なんまいだぶ、なんまいだぶ」


 うまくいきますようにと祈りを捧げる。


「不思議な言葉だな」

「聖女の祈りはきっと届く。私には祈る神などないが、願うことはできる。ファフニールも私も同じ気持ちだ」

「俺は……勝手に想像していろ」


 トッピーとファフニールが何やら言い合いをしているところに、大音量の声が響き渡った。

 

『もっきゃあああ!』


 うはああ。ルルるんがハチの大軍を連れてこっちに来るう。

 来るな。こっちに来たらダメえええ。

 

「ルルるんー。スレイはどうしたのお?」

『もきゃ。サエコに預けたはずもきゃ』

「そうだったー」


 しっかりいたわ。私の足もとに白猫が。

 

「にゃーん」


 白猫ブレスによってハチの大軍が全部地面に落ちた。

 やれやれだぜ。

 

「せっかくだ。ハチの巣をとってこよう」


 ファフニールが申し出るや、既に歩きだしている。

 私も後ろに続こうかなと思ったけど、お昼のこともあるしお魚をもらいに行こうかな。

 

「トッピーさん、池にご一緒してもらえますか?」

「承知した」


 池と言えば、水辺生物に限る。

 

 やって参りました。ひょうたん池です。

 同じような生物が二体、並んでいる。

 

『魚をとってきたうそ』

『魚をとってきたうそ』


 うん。知ってた。トッピーから聞いていたもの。

 カワウソが二体いる。

 ビーバーをお願いしたらしゃもじ付のカワウソ。

 カワウソをお願いしたらノーマルカワウソ。

 いずれにしてもカワウソがやって来るらしい。もふもふ牧場さん、まさか容量不足で実装できなかったってわけじゃないよね?

 単にビーバーを用意するのが面倒だったってこと……みたい。

 

「こんなことなら、モグラかハシビロコウかキリンにしたらよかったわああ」

『うそうそー』

『うそはビーバーうそ』


 しっかり魚だけ頂いて、しっしとカワウソ二体を追い払う。

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