隣人である男子高校生に告白料理を教えて欲しいと言われました ーーー奪われないように失敗させてやろうと思いますーーー

プル・メープル

男子高校生に料理を教えることになりました

「料理を教えてください!」


 そう言って玄関の前で頭を下げる男子高校生に、結衣ゆいは思わず「……へ?」と首を傾げた。

 彼の名前は結城ゆうき、幼い頃から3つ年上の結衣と家族ぐるみの付き合いがあり、結城が高校生になって都会に越してきた時も、わざわざ結衣から隣の部屋に住むよう促したほどに親しい。

 そんな彼が前触れも無しに突然こんなことを言ってくるのだから、驚いてしまうのも無理はないだろう。


「急にどうしたの?」

「実は―――――――――」


 話を聞いてみれば、結城には最近好きな人が出来たらしい。とても大人びていて、頼りがいのある人なんだとか。

 友達に相談してみたところ、「胃袋を掴むのが一番いい」と言われ、一番身近で料理ができる結衣を頼ってきたとのこと。


「そうね、教えてあげたいのは山々だけど……」


 結衣自身も、出来るお姉さんであるところを見せてあげたいところだが、ひとつだけ困ったことがあった。

 彼女は結城のことが昔から好きなのだ。

 長く一緒にいるが故に告白するタイミングはいくらでもあったものの、長く一緒にいるからこそ伝えづらいという気持ちがどこかにあった。

 そのせいでどこぞの女に好きな人を取られることになろうとは……と、今の結衣はやりきれない気持ちなのである。


「……ダメ、ですか?」


 しかし、こんな悲しそうな顔を見せられては、お姉さんとしても恋する乙女としても心苦しいものがあるのは事実。

 何とか出来るお姉さんの称号を失わず、尚且つ自分の恋を諦めずに済む方法はないだろうか。

 結衣は必死に頭を回転させ、「だ、大丈夫ですか……?」と心配され始めた頃、ようやく名案を思いついた。


「いえ、教えてあげるわ!」

「本当ですか?!」

「ええ!」


 そうよ、彼の作戦を失敗させてしまえばいいのよ。わざと美味しくない料理を作らせて、振られたところで私が優しい言葉をかければ瞬落ちよ!


「じゃあ、よろしくお願いします!」

「ええ、私に任せておきなさい!」


 自分の作戦は何の障害もなく成功する。その時の結衣はそう信じて疑わなかった。

 ==================================


 その日から、結衣は結城に料理を教え始めた。

 告白はちょうど1ヶ月後にする予定らしく、それまでに完璧にしたいとのこと。

 作る料理は『練習時間を増やすため』という建前で定番の肉じゃがにし、作り方を教える過程で結衣はわざと砂糖を塩と入れ替えた。


「……なんだかしょっぱくないですか?」

「そう? 私はこの味が好きよ?」

「なら大丈夫ですね!」


 ふふっ、やっぱり素直でいい子ね。だからこそ、どこぞの女には渡せないのよ。

 結衣は心の中でほくそ笑むと、作り笑顔を意識しながら完成した肉じゃがを口へと運んだ。

 ……さすがに食べれたものじゃないわね。

 ==================================


 全く疑われることなく、練習を開始してから約束の1ヶ月が過ぎた。

 朝から作った肉じゃがを詰めたタッパーを持ち、結城は結衣の家の玄関を出る。


「頑張ってくるのよ」

「はい! 絶対に胃袋を掴んできます!」


 表面上は笑顔を装っている結衣も、男らしい表情で旅立つ彼を見送って玄関を閉めると、一人でしめしめと達成感に浸った。

 しかし、そんな時間も束の間。インターホンが鳴って扉を開けてみると、何故かそこには結城が立っているではないか。


「ど、どうしたの?」


 まさか今さらおかしいことに気がつかれたのかと焦ったが、様子を見る限りどうやら違うらしい。

 彼はなにかを決心したような表情で結衣を見つめると、タッパーを差し出しながら頭を下げた。


「お姉さん、ずっと好きでした。これ、食べてください!」

「……へ?」


 念願の告白をされて嬉しい気持ちと、この1ヶ月間自分がしてきたことの罪悪感とが混ざって困惑する結衣。

 「朝ごはんまだですよね? ぜひ!」と流されるままに食卓まで連れられ、ついさっき作った肉じゃがを口に放り込まれる。

 当たり前だが、ものすごくしょっぱい。


「美味しい……ですよね?」


 結衣は自分が教えたものを不味いと言えるはずもなく、無理に笑顔を作って「お、美味しいわよ」と言って見せた。

 しかし、その曖昧な表情がむしろ嬉し泣きを堪えているのだと勘違いした結城は、「涙が出るほど美味しいんですね!」と満面の笑みで残りの肉じゃがも皿に追加する。


「お姉さん、伝えたいことがあります」

「な、何?」

「これから一生、教わった料理で笑顔にします。僕と結婚してください!」

「……」


 正座からの土下座までされ、結衣はつい戸惑ってしまった。もちろん、好きな男の子なのだから結婚は気が早いものの、交際は喜んでしたい。

 ……が、その前に付けられた料理のことを考えると、自業自得とは言え泣きたい気分だった。


「…………よ、よろしくお願いします」


 散々、今打ち明けるべきかと葛藤した結果、結衣は一粒の涙を流しながら、結城の体を抱きしめたのだった。



 一週間後、毎日夜ご飯に用意されるしょっぱい料理に心体共に限界を迎え、彼女が本当のことを伝えて頭を下げたというのは、また別のお話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣人である男子高校生に告白料理を教えて欲しいと言われました ーーー奪われないように失敗させてやろうと思いますーーー プル・メープル @PURUMEPURU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ