古い家

雨世界

1 離れ離れは、悲しいよね。

 古い家


 登場人物

 

 古畑真理子 十五歳 中学生の女の子


 プロローグ


 君のお家(居場所)はどこなの?


 本編


 離れ離れは、悲しいよね。


 中学生の古畑真理子がその実家とは少し離れた場所にある古い家を家族のみんなと一緒に最後に訪れたのは、夜空に美しい星が輝いている、ある夏の日の夜のことだった。


 とても古い家。

 本がたくさんある(でもほかのものはほとんどなにもない)家。

 真理子がその家に抱いている印象は概ねその二つだけだった。


 この古い家にくるまで本を読む習慣のまったくない真理子だったのだけど、ほかにすることもないので、その家にいるときは、ずっと本を読んでいた。

 するとだんだんと本を読むことが好きになっていくのだから、なんだかとっても不思議だな、と畳の上に寝っ転がって、たくさんの本に囲まれるようにして、その中の一冊の本を両手で持って読んでいる真理子はそんなことを思った。


 そんな風にして過ごしていると、真理子にはだんだんと本好きな人の気持ちがわかるようになっていた。

 本は確かに魅力的な娯楽だった。

 その中にはいろんな知識があったし、感動があったし、出会いがあった。

 こういうものを求めて、本好きの人は次々に(文字どおり『本の虫』のように)本を読んだり、(あるいは一生読まなくても、できるだけ好きな本を集めたり)するのだろうと真理子は思った。


 そうやっていろんな本を読んでいく中で見つけた真理子の一番のお気に入りの本だったのが『あなたを見送るということ』と言う題名のとても短い小説だった。

 それはある家族の人生のことを描いたとても退屈な小説(作者の名前も全然知らない人の名前だった)だったのだけど、なぜかその小説は真理子の胸を強く打った。

 その小説は真理子の心の中のどこかにいつも残っていた。(そんな不思議な小説だった)

 おばあちゃんとおじいちゃんが亡くなって、その家を壊すことが決まったときに、真理子は大量に廃棄される本の中で、そのお気に入りの『あなたを見送るということ』と言う題名の本一冊だけを貰い受けることにした。(その本は真理子の宝物になった)


 家が壊されて、なにもない土地に変わっていく間に、真理子は何度かその風景を見るために、自転車をこぎながら学校帰りにわざわざ遠回りをして寄ったりもしていた。


「ばいばい。さようなら。今までも本当にどうもありがとううございました」

 ある日、夕焼けの中で真理子はそう言って、家の前で頭を下げた。

 そんなことをするつもりはまったくなかったのだけど、そのとき、その場所に立って、その風景を見たとき、真理子は自然とそうしていた。自分でも、……家に頭を下げて、……私なにやってるだろう? と首をひねりながら不思議に思った。

 でも真理子は大人になってから、そのときの自分の気持ちがだんだんとわかるようになった。大人になった真理子はそのまっさらな土地に新しい小さな家を建てて、その家に(その土地に)住むことにした。(でも、それは、もっともっと先の真理子がだいぶ年をとってからの話だった)


 家に帰ってから、真理子はお母さんの手作りの晩御飯をたくさん食べて、あったかいお風呂に入って、お父さんにおやすみなさいを言って、それから自分の布団の中にさなぎのように潜り込んで、ゆっくりと長い時間ぐっすりと(すくすくと成長するように)眠った。


(それは本当にとても安心できる眠りだった)


 その眠りの中で真理子は、今はもうなくなってしまった古い家で過ごした、……まだおばあちゃんとおじいちゃんが生きていたころの、家族みんなの、いろんな思い出のあるとても幸せな夢を見た。(家族のみんなが幸せそうに笑っていて、もちろん真理子も幸せだった。……本当に幸せそうに笑っていた)


 エピローグ


 あなたを見送るということの中のしおりを挟んである真理子のお気に入りのページの一節。


 家族と過ごす時間がなによりの宝物だよ。とにっこりと笑って、私は言った。


 古い家 終わり

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