最終話 これが日常

 銃声で、犯人がどこにいるのかはすぐに分かった。

 だから、策もじっくりと考えることができたのだ。


 しかし、じっくりと考えられるとは言え、

 犯人たちがいる教室には相楽と鴎がいた。

 しかも相楽に関して言えば、拳銃を突きつけられている状況である。


 こんな状態でゆっくりと考えるなどできない。

 だから焦りながら、走りながら考えるのと同じような疲労感で、策を絞り出した。

 その内容も、確実性はない。


 単純に。

 相楽に丸投げである。


 未だに犯人たちを宝の刺客だと思っているのならば、拳銃に怯えることもないだろう。

 怯えのない動きには、迷いが無く、ポテンシャルの最大出力が出せる。

 だから相楽を煽りに煽って、このまま彼女の怒りを、自分に向かわせる――、

 発散させる過程で、犯人たちを倒させる。


 上手いこといく可能性は、少ないだろう。


 それでも、現状では最善策。


 法理も、それで納得している。


 演技は得意である――、

 演技がばれる一番の要素は、動揺である。

 だが、宝にはそれがない。


 普段から無意識に動揺しない彼女が、動揺しないようにと意識してやれば、

 九割が、十割に変わる。そして、百パーセントの才能を行使して、宝が動く。 


 相楽を操ることなど、難しくもない。


 日常的にやっていることだ――、こんなもの、日々の習慣である。


 それをいま、実行するだけだ。

 難しいことはなにひとつない。



 教室の中、宝は腕を組み、ふふふっ、と不敵に笑った。


 悪魔のような微笑みを見て、相楽が歯をぎりりと鳴らす。


「……やり過ぎでしょう、宝」

「そうかな? 先に仕掛けてきたのは相楽でしょう?」


 そうだけど……、と、そこは言い返せなかったらしく、相楽の声は小さかった。


 ちらりと、視線を犯人に向けた宝は、


「お疲れ様、あなたたち。もう用は済んだから、帰っていいわよ?」

「ふ――、ふざけんじゃねえッ!!」


 これから爆弾を使って警察と交渉するという目的を掲げているところに、

『帰れ』と言われれば、そりゃあ頭にもくる。

 その後の行動として、犯人の男が近くにいる相楽を人質に取ろうとするのも、

 まあ、宝は予想していた。


 だからこそ声をかけたのだ。

 そして、イライラが溜まっている相楽を、不用意に触ろうとすれば――、


「――ああ?」


 目では追えない、流れるような動きで、相楽が男に蹴りを放った。

 回し蹴りが、男の顎を捉えて、地面に叩きつける。

 ――がはっ!? と鈍い音と、声を出した男のよだれが垂れて、地面を濡らす。


 拳銃は動きの過程で、遠くに飛んでいってしまった。

 

 イライラしている相楽を不用意に触ろうとすれば、こうなる。


 知っていたから――。

 だからそうなるように操った。


 言葉とは便利なものだ。

 リモコンよりも上手く、対象を操れる。


 倒れた男にはもう興味がないのか、相楽はゆっくりと歩みを進めて、宝の元に近づいてくる。


 やり過ぎ、というのは、完全な濡れ衣なのだが、

 それを利用しているいま、違うとは言いづらい。

 利用して、相楽を危険な目に遭わせてしまったのだ――、

 やり過ぎであるのは、宝自身も認めていた。


 だから、殴られる覚悟はできている。


 まあ、そんなことをされても動揺はしないので、

 いつもの相楽との勝負としては、勝っているのだが。


 ぎゅっと目を瞑って――。

 相楽の怒りを待っていた宝は、

 しかし、いつまで経ってもこない一撃に、……ん? と思う。


 ゆっくりと目を開けてみれば――ふわりと、抱き着かれた。


 相楽に、抱き着かれた。


「はえ? え? ――ええええ!?」


「知ってるよ。拳銃が本物だってところから――、

 ああ、これは宝の差し金じゃないなって、知ってた」


「……知りながら、操られてたの?」

「そういうことー。騙し合いの偽り合いは、いつも通りでしょう?」


「ってことは、本物の犯人だと分かっていて、恐怖を押し殺して、倒したってこと?」


 うんー、と、ほんわかと言う相楽だが――、普通にすごいことをしている。

 拳銃を持つ犯人の男に、真正面から立ち向かった。

 まあそこには、相手が、自分への怒りで周りが見えていなかったのと、

 宝にも意識を向けなければいけない、という要素も、あったのだ――だから倒せたのだ。


 相楽だけの力ではない。

 二人の、力である。


「はあ……とりあえず、解決……っ――って、そう言えばもうひとり!」


 もうひとりの犯人の存在を忘れていた二人が、

 慌てて視線を泳がし、探していると、部屋の隅に、法理と鴎――、

 そして、にこりと笑っている、仮面をはずしている男の姿があった。


 あれ? と二人して声を出す。

 いつの間にか、自分たちの出番なく、解決、してる?



「先輩――、この人、悪い人じゃないですよ」

「うん。なんか無理やりやらされてたんだって」


「そっすよ。爆弾、解除しましたし」



「すっごい平和的な解決してる! こっちは結構、ひやひやもんだったのに!」


 これが一年、先に生まれたか遅れて生まれたかの違いなのか、と認識した二人だった。


 これで本当に解決だった――、爆弾も起爆することはない。

 犯人が折れているので、交渉も継続されることはないだろう。

 安心した二人は、一気に疲れがどっと出て、二人してどかっと地面に座る。


 転んだような勢いだったので、痛みは多少あったが――いまは放っておく。


 顔を見合わせて、同時に、ふっ、と笑い出す。


「ふ、は、はは――ははっ」


 と、小さな笑いが大きな笑いに変換されたところで。



 教室内にどかどかと入ってきたのは、警察の部隊と、先生たち、数人。

 そして、関係ないかもしれないが、一応きましたよ、という顔の霊媒師だった。


 彼らは教室内の状況を推理して、しかし答えが出ないのか、

 はてなマークを浮かべたまま、固まっていた。


 そんな中で。


 先生側のひとり――小森田小朽が、

 相楽や宝が完全に忘れていた設定を口に出した。



 相楽を指差し、



「……月森さん、生きてたの?」



『…………』


 返事をしない宝と相楽は、これから先のことを予測して、うんざりする。


 以心伝心をしているのかのように、

 二人の心の中は、まったく同じ感想だった。


(――いや尻拭い、めんどくさっ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死んだふりに気づかない親友が心配して救急車を呼んでしまった話と死んだふりを知っていながら救急車を呼んでいつ自分から起きてくるのか試している女子高生の話。 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ