第11話 合流

「あわわわわわわわわわ……」


 鴎は、手足を縛られて、寝転がされていた。

 口は塞がれていなかったので、声は出せるが、

 ならばなぜ、そんな恐ろしいものを見たような声を出しているのかと言えば、


 視線の先――月森相楽。

 彼女が、拳銃をおでこに突きつけられている状況で、

 いまにも撃たれて、死んでしまってもおかしくない状況で――なぜか、

 相手に言葉で噛みついていたからだった。


「いい加減におとなしくしろ! 殺されてえのか、ガキッ!」


「いやいや、もういいから。分かったわよ、わたしの降参。

 どうせ、この拳銃も偽物。本当だとしても、空砲でしょ? 

 宝の差し金ってのは分かってるわよ。わたしの降参だから、もういいでしょ?」


「降参するんだな!? なら手を挙げて、伏せろ!」

「なんでそんなことしないといけないわけ?」


「お前がなんでだよ! 降参するって言ったなら従えよ!」


「だから――降参しますって。はいはい、死んでませんよ死んでません。

 ごらんの通りに生きていますが? 死んだ振りしてた時も生きていましたが? 

 宝を騙そうと、驚かせようと、二日間かけて練った策でしたが、なにか不満でも?」


「手を挙げて伏せてくれれば不満はないんだよ!」


 噛み合っていない少女と男の会話を聞いて、

 鴎はどうすればいいか、分からなくなっていた。

 すると、鴎の近くにいたもうひとりの犯人の男が、「よし」と声を出す。


「……あの、なにができたんですか?」

「はい? ええと、爆弾がセットできたんですけど……」


「へえ……それって、簡単に設置できるものなんですね……、

 もしかして、わたしでもできたりするんですか?」


「うーん。慣れですけど。たぶんできると思いますよ」

「そうですか――、ありがとうございます」


 そうお礼を言ってから、鴎は忘れたことを思い出した。


「って――、爆弾ですか!?」

「今更ですか」


「ちょちょちょ、――止めてください解除してください死んじゃいます!」


「こういう反応が最初にくるものなんだけどなあ……」


 いままでの鴎との会話を思い出していたのか、男は呆れ顔だった。

 まあ、仮面を被っているので、顔は見えなかったのだが、声の調子から読み取れる。


「ああ、爆弾のことなら、大丈夫ですよ」

「あ、そうなんですか――」


「いや、普通に嘘ですけど……」

「――なんで嘘つくんですか!」


 いやなんでって、普通、信じます? 的な顔をした男は、内心で面白がっていた。

 天然なのかバカなのか、その二つはイコールなのか、と、疑問に疑問を重ねていた。

 ぷくー、と頬を膨らませる鴎を見て、男は、


「でも、実際に大丈夫だと思いますよ。

 だって、生徒がこの中にいることは先生も知っているでしょうし。

 スムーズに人質とお金を交換することができると思いますし。

 だから、爆弾を使うこともないでしょう」


「ほっ」

「口で『ほっ』、て言う人、初めて見ましたよ」


「本当なら手も胸に置きたいところですけど、縛られていますので」


 ああ、なるほど――と、男は優しく言う。

 隣では拳銃を少女に向ける男と、拳銃を突きつけられている少女がいると言うのに、

 鴎と男は、楽しくお喋りをしていた。

 空気や雰囲気が、たった数メートルの差で、まったく異なっていた。


 おかしな空間だ。


 ひとつの教室の中で、百八十度も違う世界が混在しているようだった。


「そろそろ交渉しますかね。君もお腹、空いているでしょう?」

「あ、はい。でも、ダイエット中なんですよね……」


「無理しない方がいいですよ――というか、良いスタイルしているじゃないですか」

「え? ――もう、そんな、やだもう」


「いきなりおばさんくさいことしないでくださいよ……」


 手がついていれば完璧だった。

 男はこの時、手を縛っていて正解だったな、とあらためて思った。

 ともかく、爆弾を設置できたのならば、すぐに警察、学校側に交渉するべきである。


 内容は……、

 もうひとりの男の方に聞かなくてはならないので、

 鴎から視線をはずし、男が振り向いた。


 ――同時。


 銃声。


 甲高い音が部屋に響く。


 飛び出した銃弾は壁にめり込んでいる。

 つー、と、血が――、


 銃弾が、頬に掠った影響で血が垂れて、地面を赤く染め始めた。

 自覚的なのか無意識なのか分からないが、咄嗟に避けていなければ、

 月森相楽は、いま、この世界にはいないだろう。


 間一髪だった。

 九死に一生だった。


 しかし、これさえも自分に音を上げさせるための演技だと思い込んでいる相楽は、

 目を細めて、男を睨みつけている。


「……それはやり過ぎでしょ、宝」


 どこかで見ている親友に呼びかけた声だった。

 すると、がたり、と教室の扉が音を立てた。


 気配――、人の気配があった。



「ちっ、警察か!?」



 扉の方向に拳銃を向けて威嚇射撃としてもう一発、発砲する男――、

 今度はその音に、「ひっ」と女の子らしい声が聞こえてくる。

 それにぴくりと反応したのは、鴎だった。


 聞いたことがある。

 身近な、人間の、声。


「のり、ちゃん?」


 拳銃を向けたまま、男は、扉に隠れているのは警察ではないと答えを出していた。

 警察ならば、ここで黙っているはずがない。

 武装をしているのだから、撃たれても、ダメージはないはずである。


 だから構わずに部屋に入ってくるはずだが、しかし、入ってこないということは、

 警察ではない。ならば、先生……は、怯えて無理だろう。

 だったら、無謀だと認識できていない、学生の線が一番、可能性としては高い。


 だから、


「出てこいガキどもぉ! 遊びの時間は終わりだこらぁ!」


 大人の本気の怒鳴り声のおかげなのか、

 それとも、予定通りの行動なのかは動いた本人たちにしか分からないが――、

 結果的に、彼女たちは出てきた。


 二人。


 響野宝と、

 冥土法理。

 

 そして、

 響野宝は、最大級の、バカにしたような声で、



「がまん大会はわたしの勝ちだねえ――相楽?」

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