第10話 こんなことになるなんて
パトカーのサイレン音が段々と近づいてきている――、
宝も法理も気づいてはいた。
気づいていたが、先生が呼んだのは救急車と霊媒師であって、
警察ではないと知っていたからこそ、分かっていたからこそ、
パトカーの目的地がここだとは思っていなかった。
頭の中からすっぽりと、消えてしまっていた。
だからこそ気づけなかった――、
サイレンの音が、いつの間にか下――、校庭から聞こえてくるということを。
『なんで!?』
窓の外の光景を見て、二人は同時に、声が重なった。
赤い光がぴかぴかと点滅していて、眼球に届く。
手で目を覆い、同時にいまの状況にも目を覆いたくなったが、
しかし警察がきているとは言っても、大げさにしているだけで、
実際の問題としては小さいから大丈夫だろうと思っていたが、
法理が手に持つスマホを、かたかたと揺らして言った。
「……この学校に、爆弾が仕掛けられている、らしいです……」
「なんで!?」
さっきと同じリアクションをしてしまう――、
ちなみに言えばこれは驚きであって動揺ではないが、
そんなものは主観的な判断で、恐らくは十人中十人が、『動揺』と取るだろうが……、
そんなことも眼中にないまま、宝は法理の持つスマホを覗き込む。
確かに、書いてある。
ニュース欄の、トップに。
『病院、銀行、ショッピングモール……テロ事件の犯人――次は学校か!?』
「…………ええー」
そう言えば、ここ最近のニュースはこれだった、と、
記憶の片隅にあったのをいま思い出した。
爆弾を使ったテロ――、テロ組織が動いている。
組織は爆弾を使い、人質を取り、警察に多額の金を要求しているらしい。
過去に一度、ショッピングモールが爆破された事例もあり、
爆弾設置が嘘である可能性は少ないという証明になってしまっている。
ということは、というか、いつの間に爆弾が設置されたのかは見当もつかないが、
警察がここにきていて、ニュースになってしまっているということは、
この学校内に爆弾は存在しているということである。
警察がきたから安心、というわけではない。
いつ爆発するのか分からない――、学校内にいる自分たちが危険なのは当たり前、
そして、同時に相楽と鴎も、同じ危険を共有していることになる。
まずい。
命を弄ぶような騙し合いというきっかけから、
まさか本当に命を懸ける事態になるとは思ってもみなかった。
宝は、だらだらと汗を流す。
動揺している――、今回は四人の命が懸かっている。
その中には相楽もいて……、つまり宝が動揺する条件は満たされていることになる。
眼球がぐるんぐるんと左右に動いて、平常心ではいられなくなっている。
後輩である法理にも、
「っ――大丈夫ですか!?」と、心配されてしまっている。
(…………ヤベー)
極力、表に出さないように努力していた宝だったが、
努力は残念ながら、不発に終わり、
不安を後輩に見せびらかしている結果になってしまっている。
つられて法理もびくびくと怯えてしまうかと、心配も同時にしていた宝だが、
意外にも、法理は拳をぎゅっと握り、
「――爆弾が爆発する前に、助けましょう! ――鴎を!」
そうだ。
彼女は。
冥土法理は、こういう子であった。
自分の命が危険に晒されているいまでも、彼女は、親友の鴎のことを思い、
彼女を助けると決心し、拳を握って、恐怖を抑え込んで――、
言葉にして、実行しようとしている。
口に出すことで、それを人に言うことで、うしろへ歩まないために。
助ける対象が鴎だけ、と言い切ってしまっているのは、相楽の親友として、
宝は少し不満ではあったが、元々、相楽を助ける予定は、法理にはなかった。
だから仕方のないことだろう。
相楽の方は、自分が。
法理は――鴎を。
宝は――相楽を。
助けるために。
ぎゅっと握った法理の拳を、ふんわりと両手で包んでから、宝は再びスマホを覗き込む。
記事には続きがあり、いつも通りならば、
『爆弾が設置されてから、犯人たちが遠くに逃げ、それから電話で交渉が始まる』
予定なのだが、今回は、
『爆弾設置が完全に終了する前に、犯人側が探知されて、
交渉前に警察が犯人を追い詰めている』――という状況らしい。
つまり。
校舎内には、爆弾を持つ犯人が存在している。
警察はその犯人を逮捕するために、校舎を包囲している。
犯人。爆弾。
四人の。生徒。
宝。法理。
相楽。鴎。
ふむ――と、記事に相槌を打って、納得したような様子を見せた宝は、
「……なによこれ。いい感じに、
『犯人を上手く捕まえなさいよ』的な声が聞こえてくるけど!」
「大丈夫です。あたしと先輩でなら、犯人、捕まえられますよ!」
「爆弾は眼中になし!? 無理、ムリむりよ。
こっちはただの生徒で、あっちは武器を持ってるのに――、
というか、どうして捕まえなくちゃいけないのかな!?
黙って隠れていれば、いずれ警察が助けてくれるのに!」
「え、でも、爆弾ですよね……?」
きょとんとしながら言う法理の、言わんとしていることを、宝は察する。
「……爆発したら」
「巻き込まれますよね、そりゃあ」
うああああああああああ、と、頭を抱えて地面をごろごろと転がりたくなるが、
そこまではせずに、頭を抱えて、屈むところまでに抑えておく。
そんな宝の肩に、ぽんっと手が置かれた。
顔を上げれば、そこには法理がいて、目線で、「諦めろ」と言ってくる。
確かに、生き残るには、分かりやすく言って、命を救うには、
犯人を捕まえて爆弾を解除するのが一番だ。
それしか、確実な方法はない。
……時間はあまりない。ここでうだうだ、ぐだぐだとしている暇はない。
「あー、もうっ!」
宝は立ち上がり、
「やってるわよ! くそっ……ここまで波紋が広がるなんて……!
最初は相楽をかるーくいじめるだけだったのにっ!」
「よくあることですよ。海に石を投げたら津波ができちゃったみたいな」
「ないけどね!」
そんな言い合いをしながら、まずは犯人たちを見つけようと動き出す二人。
犯人の居場所が分からなければ、動きようがない。
だから、すぐにでも探さなければいけないのだが、
あまり大胆に探して、ばったりと出会ってしまったら、
それはひとつの終わりの形である。
そのまま捕まるか、武器で殺されて、終わりだ。
だから、
『急いで探すけど、相手に見つからないように、
自分たちだけが相手の居場所を知っているという優位性を作り出す』――という、
言葉にしてみれば簡単な、
実際に成功させるにはかなり難しいことをしなくてはならない。
「……先輩だったら、どこに爆弾を仕掛けます?」
聞こうと思っていたことを後輩に言われて、
驚きと同時に、自分に向けて情けないという感想が浮かぶが、
ともかく、自虐はあとにして、言われた通りに考えてみる。
自分が仕掛けるとしたら――場所。
いや、どこでもいいんだけど……、と、テキトー過ぎる答えが頭をよぎる。
しかしまあ、さすがにこれはダメな答えだし、
質問してきた相手に失礼なので、自主的にボツにしたが――、
とは言え、他に答えがあるわけでもなかった。
「うーん……」
「いや、別に直感的なことでいいんですけどね……」
法理の言葉は宝には届いていなかった。
圧倒的な集中力――、
並大抵なことでは途切れることがない、
相楽が起こす突飛なレベルのことでしか、その集中力が切れることはないのだが。
しかし、宝の思考は、唐突な甲高い音によって、途切れることになった。
相楽に匹敵する――、
宝の興味を引いたものは、
銃声――、
だった。
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