和顔愛語とは和らかな笑顔で愛を語ること

naka-motoo

ほんとうに悲しいことがあった時にこうできたら素晴らしいよね

 鉄橋が大きな川幅を横断する河は神社の社殿の後ろにあるんだ。


 河は水量の少ない季節には河原の石がちょうど積みやすい広大なスペースになってるんだ。


 その河原に昇降するのに使われる石段の一番上のアスファルトのサイクリングロードのところに、女の人が腰掛けている。


 冬の間は決して青を見せることのない空が灰色の雲を、それって青空とのコントラストで初めて灰色だったんだって気がつく色の雲を河の向こう岸のその先の平野の上に、平野の大地と雲との間に多分数百メートルぐらいの距離がある比較的低い雲のその黒に近い灰色をその女の人は見つめてるみたいだ。


 いや、河の水の音を聞いてるのかな、雪は少しだけ消えて水の動きに意識が行くから。


「参拝したの?」

「はい」

「走り?」

「はい」

「寒くない?」

「寒いです」

「ふふ。そのラン用のレギンス、似合ってる」

「ありがとうございます」


 僕はずっと前にやっぱりランの途中で女の人に声を掛けられたことがあって、でもその人は。


 死んでしまった。


 僕が死に目に遭えるようなそんな親しい間柄ではなかったけど、その女の人は、僕に告白してたんだ。


 彼女の、ブログの中で。


「高校生?」

「はい。高校一年生です」

「感染症が蔓延してて、マラソン大会とか無くなって寂しいでしょう?」

「フルマラソンを走ったことが無かったのでまだどういうものか分からなくて。だから寂しさは感じません」

「そう・・・・・早く大会に出られるといいね」

「はい。あなたは、走るんですか?」

「わたしはウォーキングだよ」


 あの人もそうだったんだ。


「冬に歩くのって寒いでしょう」

「ふふ。だからこんな厚着なの」


 笑い方まで似てる。

 厚着だっていう今目の前にいる女の人は、大きなニットの帽子を、耳が隠れるように深く被って、だから目のあたりも影になってて、僕はこの人の鼻と頬と口元だけを見て会話してる。


 目は見えないけど、美しい人だ。


「さ、わたしは行くね」

「あ、あの」

「うん。なにかな?」

「ぼ、僕も一緒に歩いてもいいですか」


 いい、って言って。

 僕をあなたの隣で、歩かせて。


「ダメだよ。あなたはそんなに薄着だから走って体を温めないと」

「でも・・・・・・」

「ダメ!わたしがあなたに風邪を引かせたんじゃないかって心配なまま眠れなくなるから」

「はい・・・・・・すみません」

「じゃあね。さよなら」


 ・・・・・・・・さよなら。


 同時に背中をお互いに向け合って、僕は河上、彼女は河下へと歩き始める。


 でも、何歩か足音が聞こえた後で、ジャ、って根雪になって凍ったのをスノトレで擦る音が聞こえた。


 彼女が反転したんだ。


「ねえ、キミ。近くなんでしょ?暖ったかいウォーキング用の装備って持ってる?」

「は、はい。持ってます」

「わたし日曜はいつもこの時間に歩いてるから。よかったらおいで?」

「は、はい!」


 ちょうどその時に黒に近い灰色の雲がすごい風速の風で、ゴッ、とズレて、太陽の光が更に増した。。


 日で陰が消え去って、スキー帽の下の眉のその下の彼女の眼がきれいに照らされて。


 まつ毛がとても長い、あの人にとてもよく似た、眼だった。


 僕はこの人が好きになった。


 だって、美しい。


「じゃあね」

「はい。また」


 僕は彼女の綺麗なウォーキング・フォームを見送りながらつぶやいた。


「ピンクのスノトレ・・・・かわいかったな・・・・」


 もう一度、和らかな笑顔で愛を語ろう・・・・・・

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