百年ぶりの帰りみち
浅川多分
百年ぶりに目覚めると、トンデモ事件に巻き込まれた
恍惚とした微睡みの中で、だんだんと意識がはっきりしてくる。少し遅れて、身体がリンクしていくのがわかる。
体を起こそうとすると、身体中がギシギシと音をたてる。
自分のものとは思えないほどの重さを感じる腕を持ち上げ、頬をなでる。手のひらが恐ろしく冷たい。
ぼやけていた視界もだんだんとピントが合っていく。そうだ、眼鏡。眼鏡は何処だろう。サイドテーブルに置かれたケースから眼鏡を取り出し、装着する。眼鏡の程良い重さが鼻と耳に心地良い。独特の安心感を感じながら、視界が明るくなる。
ここはどこだろう。ゆっくりと息をする。だんだんと血が通うように、手のひらがチリチリと痒みを覚える。再度頬に触れる手を触れると、ほんのりと温かく、顔も熱を取り戻している。温もりを取り戻した手を擦りながら、辺りを見回す。
「おはようございます。目覚めはいかがですか?」
唐突に知らぬ声が聞こえ、その方をみる。年齢的には僕と同じくらいだろうか。かっちりとした黒髪のボブカット、碧眼の美しい女性が個室の入り口からこちらに近づいて、ベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
「あなたは、冷凍保存から解凍されました。あなたが冷凍されてから、ちょうど百年後の6月7日です」
呆然とする僕に優しく話かける。
「まだ解凍直後ですので、一時的に記憶が欠落しているかもしれないです。でも大丈夫、少しすれば思い出すはずですよ」
理解が追いつかない。
「あなたの契約では、解凍後の住宅も確保してあります、これからそちらに向かいましょう。移動しながら、現状の説明もしますね」
そう言うと、その女性は立ち上がる。僕もゆっくりと立ち上がる。ぐらつきはするものの、百年眠っていた割に足取りはしっかりとしたものだ。
「ご紹介遅れてしまって申し訳ありません。株式会社ラプラスのアフターケアサービス担当のリズです」
「ぼ、僕はケイジです……」
「はい、存じておりますケイジさん。それでは向かいましょうか」
リズの後を追うように病棟から表へ出ると、初夏の熱気が身体を通り抜ける。梅雨らしからぬカラッとした天気のせいか、長い間冷凍されていたせいか、心地良い温度に感じる。
中庭を抜けて、先ほどよりも大きな建物に入る。これまた広々としたエントランスでは、たくさんの人々が椅子に腰を下ろして待機している。
「まず本館で退院手続きをしていただきます。そのタイミングでケイジさんの私物を受け取ってください」
僕は頷くと、そのまま受付で待つ看護師の前に導かれた。
「受付はこちらです。……よろしくおねがいします。解凍者A562号の方です」
「おはようございます。浅倉啓司さんですね。こちら解凍後の注意点となりますので、一読していただき、チェックボックスにチェックをいれてください。最後にサインをおねがいします」
看護師が差し出した、書類に手に取る。ん?白紙?と思っていると、浮かび上がるように書類に文字が表示されていく。
「解凍後の注意点……すごい、これディスプレイか……」
ほとんど紙にしか見えないそれに長々と羅列される読み慣れない文章。いまいち脳がはっきりしない現状には酷な作業だ。テキトーに読み飛ばして、チェックを入れると最後にサインを求められる。そこにサラサラとサインを記する。百年経ってもサインは体が覚えているものだ。
「ありがとうございます。これで手続きは以上です。ではこちらをどうぞ」
「こちらが、ケイジさんの私物となります」
財布とケータイ。驚くほど簡素な私物に驚く。
「……僕の荷物ってこれだけなんですか?」
「病院で預かっているものは、以上になります。ケイジさんのその他私物生活用品は、確保させていただいている住居で管理されております」
なるほどと納得していると、元気な子供が通り過ぎていく。
「こら! あんたたちいい加減にしなさい!」
「きゃははは!」
元気な子供に振り回されるお母さん。百年経っても変わらない日常を感じる。
「おつかれさまでした。これで退院の手続きはすべて終了ですね。では自宅へ向かいましょう」
病棟から出て、たくさんの車が停まる駐車場に着くと、とても小さな車の前でリズが止まる。
「かなりコンパクトな車ですね。二人乗り用ですか?」
「はい。スマートカーが導入されてから、このサイズ感の車が……」
百年の間に変わってしまった車事情を話していたリズが、話の途中だというのに、急にポカンと僕の背後に広がる空を眺めている。どうしたのかと、リズの視線を追うように後ろを振り向くと、そこには常軌を逸した光景が広がっていた。
円盤といえば良いのだろうか。遠くの空に視界を覆わんばかりのサイズの大きな何かが音もなく浮かんでいる。
「なんだ、あれ……」
圧倒的な非現実感。
「と、とにかくここから離れましょう! 車に乗ってください!」
逃げる様に車に乗り込む。それでも外の円盤からは目が離せない。
「ケイジさんのお宅は、隣町です。とりあえずそこに向かいましょう!」
「アレクサ、緊急事態なの、ギリギリまでスピードあげて!」
ずっと円盤を眺めていると、上空の円盤に動きがあった。
動いて初めてわかったのは、円盤がいくつもの環状の集合体でできているようだと言うこと。それが球形の扇子のように展開していく。およそあの大きさの構造物としてはありえない速度で、瞬時に展開したそれは、先程まで円盤状だったものが、さながら天球儀のような見た目になったかと思うと、ゆっくりとさらに空高く昇っていく。
「なんなの……あれ……」
自動運転でどんどん病院から離れているものの、上空の巨大な構造物は常に見えている。まるで付きまとわれているかのように、常に視界にいるそれは、そこにあるだけで暴力的な存在感を示している。
不意に巨大なアレの中心部分の球体から細い光が漏れたかと思ったその瞬間、強烈な光が辺り一帯を白く飛ばす。強烈な光に視界を奪われる。
すると唐突に車が急ブレーキをかけたかと思うと、横滑りするように止まった。
車内は自分を含め完全にパニック状態だ。響き渡る悲鳴が自分のものなのか、リズのものなのかも、最早わからない。光から少し遅れて、低い唸り声にも似た音とともに、大地の揺れを感じた。短く断続的なものの後に、大きく激しい揺れが車を襲う。何が起きてるのかわからないまま、震えながら揺れが収まるのを待った。
『システムエラー。予期せぬエラーにより緊急停車しました』
『システム再起動……』
『再起動に失敗しました。運転を再開する場合は、セーフモードからマニュアル運転モードに切り替えてください』
揺れが続く中、空気の読めない車が、不安を煽るエラーメッセージを一方的に吐き出すと静かになる。
「収まったのか……? リズさん、大丈夫ですか?」
「……はい、なんとか」
視界もほぼ回復してきた。辺りを見回すと、僕たちと同様に急停車した車がたくさん停まっている。事故に巻き込まれなったのが不幸中の幸いだろう。上空には、相変わらずアレが浮かんでいる。
「あれ、あそこに人がいる? ちょっと外見てきます!」
「待って! いま外に出るのは危険です! あの光の正体もわかってないんですよ」
たしかに、突如起きた異常事態になにも変わりはない。狭くともこの密室が安全なのは確かだろう。しかし、動かない車で待機するのにも限界がある。
「いつまでもここにいるのも危険です。移動しましょう」
「え、でもどうやって?」
「さっきのアナウンスにもあったでしょう? マニュアル運転に切り替えできれば使えるかもしれません」
リズがそう言うと、なにやら操作し、再起動が始まった。モニターには簡素な画面にSAFE MODEの文字が表示され、その他にも何やらピンとこない文字列が並んでいる。
「これですね。行けそうです」
そう言うと、そこから更にいくつかの操作を重ねると、再度車が動き出した。
「「やった!」」
二人の声がシンクロし、お互いはにかむ。
「ここはもう通れません。回り道になりますが、別の道から行きましょう」
リズも、客を家まで送り届けるはずが、こんなことになろうとは思わなかっただろう。僕はといえば、相変わらず理解が追いつかない。目覚めたら百年後。なんでそうなったのかもまだ思い出せない。家に戻ろうにも謎の巨大UFOに襲われるなんて……とんだB級SFだ。
未だに空に浮かぶ巨大な何かは、あの強烈な光を放って以降、動きはない。不安を紛らわすように、他愛ない会話を続けていると、上空のアレに動きがあるのが見える。
「なにか始まったぞ……おいおいおいおいおいおい! なんかたくさん出てきたんですけど!?」
「もうっなんなのいったい!」
一気にアクセルを吹かしたのか、モーターに負荷がかかった音とともに、体感できる程度に速度が上がる。流れていく景色の速さからもその速度は相当なものだとわかるが、先程射出された何かの一群が、目に見えて大きくなり、あちらも相当な速度でこちらに近づいていることがわかる。先程までは距離によって見えなかったその姿が、次第に見えてくる。黒光りした甲殻に覆われた細長い蛇のような体。しかも数は数えるのも諦める量だ。これは流石に死を覚悟する。
「すごい速さでめっちゃ来てる!」
「わかってます!」
僕の声はだいぶ上ずり、今にも泣きそうだが、リズの声も同様だ。
「とにかく、巻きましょう! 掴まっててくださいね!」
スピードを上げながら、大通りの十字路を曲がって、すぐにやや細めの路地に入る。
路地を抜けて、大きく右にハンドルを回しながら、アクセルとブレーキを駆使し、見事に無駄のないコースをたどりながら進んでいる。しかし振り向くと、黒いヤツらは着実に近づいている。相手は空を飛んでいるのだ。建物の障害物を無視して直進するそれは、常に近道でこちらに近づいている。
迫りくるヤツらの1体の口らしきものが開くのが見える。次の瞬間、閃光とともに僕たちの車の真横に光線が通り過ぎた。一瞬遅れ、後を追うように爆発が起き、車内に強烈な熱が届く。上がった車内の温度と反比例するように、サッと血の気が引いていくのがわかる。
「ビーム撃ってきたんですけど!?」
「わかってますって!!」
速度を更に上げ、大通りを疾走する。
「この先に大きなショップロットがあります。そこなら奴らも追いかけにくいかもしれません!」
「とにかく行こう!」
ヤツらはどんどんと近づき、ついに車に並走するレベルだ。近くで見ると、その大きさがまじまじと感じられる。頭だけでこの車よりも一回り以上も大きいその巨体に絶望感が加速する。このままでは商店街にすらたどり着けるか怪しい。僕にできることはないのか。
「ケイジさん……前のダッシュボード開いてもらえますか?」
正面から視線を外さず、申し訳なさそうにリズは言う。言われるがままダッシュボードを開くと、そこには暴力的な黒い塊。見間違うはずもない、フィクションの世界では幾度となく見てきたもの。サブマシンガンだ。
「なんでこんなものが」
「時間がありません! 危険なのは承知ですが、助かるためにお願いします!」
そう。せっかく百年の眠りから覚めたのだ。こんなところで訳も分からず死ぬわけには行かない。やってやるさ。僕は頷くと、その銃を手に取る。ズッシリとした重みが、これがおもちゃではないと教えてくれる。
「いくか」
パワーウィンドウを下げ、開いた部分に銃身をねじ込む。一呼吸置いて、一気に引き金を引く。強烈な破裂音と手に掛かる激しい反動。激しいマズルフラッシュと共に、鉛弾が並走するソレに届いた。ヒットした衝撃でソレが吹き飛び、景色とともに流れて消えた。
「当たった!!」
「やった! その調子で次もお願いします! 弾はダッシュボードにいくつかストックがあります!」
恐怖なのか興奮なのか、心臓が痛いくらいに高鳴っている。とにかくできる限りのことをしよう。確かめるように、グリップを再度強く握り、窓から再度銃身を出し、引き金を引く。なれない衝撃に頭がチカチカしてきた。迫りくるソレを撃退はできているものの、次から次へと変わりのソレが湧いて出る。キリがない。
一気に片付けるしかない。気を引き締め、窓から上半身を乗り出し、銃を構える。
「ケイジさん! 危ないですよ!」
それでもやらなきゃもっと危ない。終わりのないソレの群衆に鉛玉を浴びせる。最早狙いを定める必要もない。一心不乱に引き金を引く。
射撃の衝撃で脳が揺れ、意識が一瞬途切れる。
次の瞬間、ソレが口らしきものを再度開き、閃光が走る。
やばい。頭では避けなければとわかっていても、体が動かない。死を覚悟したその瞬間、景色が回り込み、遠心力を体に感じた。
次の瞬間、目の前を光線が通り過ぎ、一拍を起き、爆発が起こる。
「たどり着きそうです! ケイジさん、大丈夫ですか?」
車が右に曲がったのだ。向かう先の正面にアーケードへの入り口が見える。
体の力が抜ける。体を車内に戻し、深く息を吐く。
「ナイスタイミング……」
まもなくショップロットに到着した。アーケードの屋根がかなり遠くまで続いている。かなり重層的な密度の高いロットだということがわかる。さながら地続きのショッピングモールだ。
入り口の限られるこのエリアでは、多少ヤツらの襲撃は制限されるだろう。再度追いつかれる前に、たどたどしくマガジンを外すと、ダッシュボードの中のマガジンを差し直す。ソレの数は幾分少なくなったようだが、振り切れた訳ではない。
どこかに逃げ込める場所はないのか。ふとたくさんの商店へつながる歩道が目に入る。車道から繋がる人の通る道だ。おそらく入っていけば、より入り組んだ道になるだろう。
「「歩道に入りましょう」」
意見が合った。押し寄せるヤツらもこのスペースの路地なら、侵入するのは困難だろう。この騒ぎのせいか、ひと気もなく薄暗い路地に建ち並ぶ店々はどれも稼働していない。
そのことを確認してか、リズは大きくハンドルをきり、近場の店舗のショウウィンドウから店内に突っ込んだ。えらくファンシーな服が並ぶ可愛らしい店内。ヘッドライトに照らされた部分にはカラフルなパステルカラーに溢れている。
「何をされてるんで!?」
「入り組んでいる道を進んでも時間がかかります! 一気に進みましょう!」
「え」
こちらが制止する間もなく、勢いよく発車する。壁に向かって。大きな破砕音と共に車体が大きく揺れる。壁を突き抜けた瞬間、ヘッドライトに照らされた世界がガラリと変わる。それでもリズはアクセルを緩める様子はなく、次々と壁を破って進んでいく。破壊音でリズムが刻まれ、移ろっていくヘッドライトの中の世界。不思議なグルーヴ感が楽しくなってきた頃、強烈な横薙ぎの閃光が車体の真上を通り過ぎたかと思うと、爆発音と共に爆炎によって視界が奪われた。閃光と爆散によって唐突に終りを迎えたグルーヴの余韻に浸るように辺りが静かになる。聞こえるのは降り注ぐ細かな瓦礫の音だけだ。
どんなに逃げたところで辺り一面を吹き飛ばされればひとたまりもない。次第に状況を理解して、血の気が引けていくのがわかる。
沈黙が流れる。
「ごめんなさい。少し頭が冷えました……」
フッと笑いが込み上げる。
「流石に騒ぎすぎましたね」
リズが、はにかむように微笑んで頷く。
「ここからは慎重に行きましょう……」
ヘッドライトに照らされた煙とホコリが揺らめいている。
「あ、あそこにマップがありますよ!」
その前に車を止め、案内板を見る。現在地を把握する。
「入った場所がちょうど良かったですね。この先の通りを進めばロット街から出られそうです」
「という事は……」
「ここさえ出れば、隣町までは直ぐです!」
やった!ついに家に帰れる。その喜びで思わず拳を天に突き上げる。
「でも慎重に、静かに進みますよ。先程のヤツら攻撃で終わったと思わせないと」
「わかった……」
少し上がりかけたテンションをグッと抑え、左手に拳を、右手に銃を握りしめて、座席に深く腰をかける。リズと目を合わせるお互いに頷くと、車がゆっくりと走り出す。
入り組んでこそいるものの、方向さえ守ればスムーズにアーケードの出口近くまでたどり着くことができた。日の光差す出口から見える街並みを窺いながら、ヤツらの気配が無いことを確認する。
「ここからは開けた道を行きます。より慎重にいきましょう」
僕は深く頷き、随分と久しぶりの気がする陽の光に目を細めながら、辺りを見廻す。ヤツらの気配はない。慎重に。でも1秒でも早く。この場を去りたい。
「行こう……!」
「はい!」
アーケード街から出ると、開けた通りに出る。まだ周りにヤツらはいない。そのまま一気に路地に入り込み、さらに強くアクセルを踏み込む。
「隣町に行くには国道から橋を渡る必要があるんですが、そこまではその横の路地を進みます」
少しでも見つかる可能性を排除しながら、どんどんと進んでいく。このまま行けば一気に隣町まで辿り着ける。そう感じたその時、強烈な横薙ぎの光が閃いたかと思うと、今まさに通り過ぎようとしていた小高いビルの上部が爆散した。
「!!」
「マズイっ! このまま一気に行きます!!」
立ち込める煙。降り注ぐ瓦礫。踏み込まれたアクセル。身体に掛かる重力加速値。この瞬間はおそらく一瞬だったろうが、体感速度は驚くほど粘り着くようにドロリとしていた。瓦礫の落とす影がドンドンと濃くなる事に比例するように鼓動が早くなる。息が詰まる。その停滞感から、瓦礫の破砕音と大きな振動が僕を引き戻した。無事降り注ぐ瓦礫が着地する前に通り過ぎる事に成功したらしい。しかしその事を喜ぶ暇もない。そのままアクセルを緩める事なく路地を疾走する。結局見つかった。ヤバい。ヤバすぎる。いよいよ逃げられない。その時、スピーカーからノイズが聴こえてきた。
『ザ、ザザ……こ…………う……衛隊、第32普通科連隊、第5分隊。未確認飛行物体の迎撃に向けて、国道4号荒上橋にて待機中。避難が完了していない住民は……』
これは、ラジオ?無線の音声だろうか。
『こちらは、自衛隊第32普通科連隊』
「自衛隊が来てるんだ!」
「やりましたよ、ケイジさん! 国道4号荒上橋は私達が目指していた場所です!」
路地を疾走しながらバックミラーで後ろを窺うと、いよいよヤツらが近づいて来るのが見える。
「……迎え撃ちます」
「気を付けてください……。荒上橋までの辛抱です」
ダッシュボードに残るマガジン全てポケットにねじ込み、大きく息を吸う。ここがいよいよ正念場だ。改めて銃のグリップを握りしめる。意を決して、一気に体を窓にねじ込み、進行方向とは逆方向、迫り来るヤツらを真っ直ぐと見つめる。サブマシンガンの激しい発砲音と衝撃。マガジン内の銃弾があっという間に無くなっていくのが分かる。空になったマガジンを捨て、素早くリロード。引き金を引く。効いているのかいないのかもよく分からないが、少しでも時間が稼げればいい。とにかく出来る限り撃ち続けるしかない。
「このまま国道に出ます! 曲がりますよ!」
振り落とされないように窓枠に掴まるように身体を固定する。外側に働くGを身体に感じながら、ヤツらからは眼を離さない。何体かのヤツらは曲がりきれずビルに衝突していく。立ち込める土埃を引き裂くようにこちらに迫る後続のヤツらに、僕が引き金を引き続ける。空になったマガジンを捨て、リロードし、引き金を引く。もう何度目かもわからないが、ポケットのマガジンもこれで最後だ。
路地を出て、開けた国道に出る。ここからはほとんど真っ直ぐ進むだけだ。隠れる場所もない。ひたすら追いつかれないように走り続けるしかない。
「ごめんなさい! もう少しだけ頑張ってください……!」
ひたすらに撃ち続ける。手の感覚も無くなってきた気がする。撃ち落としても撃ち落としても、次々と追いかけてくる。それでも休んでる暇はない。
しかし次の瞬間、カチンと空虚な金属音が響く。
弾切れだ。ここまでなのか。身体の力がゆっくりと抜けていくのがわかる。目を閉じかけたその時、リズの息を飲む声と共に、僕の背後から飛行機の様な音が近付いてくるのが分かる。咄嗟にそちら側を振り向くと同時に、自分真上をすごい速さで通り抜けていくものがあったかと思うと、そのまま僕達を追跡していたヤツらに着弾爆発した。
「ケイジさん! 車内にもどってください!」
リズの声でハッとしてそのまま車内に戻ると、ほぼ同時のタイミングでまた数回の爆発的音が背後で響き渡る。爆発による熱と光で車内の温度がグッと上がる。
『乗用車を確認! こちらは、自衛隊第32普通科連隊。未確認飛行物体はこちらで対処する。そのまま直進し続けるんだ!』
「や……やった。間に合った……」
引き続き数発のミサイルが飛んでいったかと思うと、少しして正面から戦闘ヘリと戦車の大群が押し寄せて来るのが見える。畳み掛けるような大砲の音。先程とは打って変わって戦況がひっくり返るような状況に、自然と涙が溢れる。
戦車大隊とすれ違う瞬間、顔を出した軍人さんがこちらに敬礼をするのが見えた。
「もう大丈夫ですよ、ケイジさん」
「そうだね……」
そこからは、先程までのスペクタクルが嘘の様に平和な道程だった。解凍後の記憶障害が回復し出したのか、辺りの景色には見覚えがある。国道から路地に入り、入り組んだ道を進んだ先の小綺麗な一軒家の前で車が停まる。
「お待たせしました。こちらが保管されていたケイジさんの住宅となります」
車のドアが開き、微笑むリズに促される様に、外に出る。そしてその家を見上げる。一気に懐かしさが込み上げてくる。たしかにこれは僕の家だ。
「ホントにありがとう。ここまで辿り着けたのはリズさんのお陰です」
それに応える様に微笑むリズは、仰々しく手を前に合わせて深々とお辞儀をした。
「ラプラスアドベンチャーコース、お楽しみいただけましたでしょうか? これにて本コースのプログラムは全て終了となります」
「……え?」
リズの唐突な発言に、思考が追いつかない。何が起きている。
「ご意見、ご要望などありましたら、弊社カスタマーセンターへお問い合わせください」
「弊社提供のレイヤーとのリンクは24時間後に自動で解除されます。この度はご利用いただきありがとうございました」
一通りのシステマチックな言葉を重ねた後、頭を上げたリズさんが僕に微笑む。そこで僕は思わず質問する。
「全部、ニセモノだったって事……?」
「病院からの帰宅時の出来事は、全て弊社が作成したARレイヤーにマッピングされたフィクションとなります」
「……ARレイヤーって、なんなんですか」
「お客様の網膜デバイスに表示される、拡張現実用の情報表示モニターです。ケイジさんが装着されているメガネデバイスから、レイヤーチャンネルの切り替えができます」
「…………」
呆然とした状態で徐にメガネに手をやると、小さなスイッチに手が触れる。すると、目の前のリズさんが消え、僕の周りに子供が走り回っている。
「お父さん! 早く投げてよ!」
「そう急かすなって、ほらっ」
少し離れたところから、ボールが僕の方に向かって投げられる。思わず手をかざすと、そのボールは僕を通り抜けて僕の周りではしゃいでいる子供の手に収まる。映像だ。
僕は呆然として、フラフラと自分の家の玄関に向かう。ドアノブを握るとガチャリと鍵の開く音が聞こえ、そのままドアを開けると、3人の男女が立っている。両親と妹だと分かった。
「おかえり、ケイジ!」
「実際に迎えられないのが寂しいけど、100年後の世界の新生活を楽しんでいると信じてるぞ」
メガネに手をやり、スイッチを押す。チャンネルが切り替わり家族の映像が消えた。その代わりに、廊下を走り回る幼い子供達や、家族で食卓を囲む家族など、様々なシーンが目の前で流れた。
何度かスイッチを押すと、それら全てが消え、辺りが静寂に包まれる。腰が抜ける様に、その場に座り込む。これが本物の僕の世界だ。また徐にメガネのスイッチに手を伸ばす。
「おかえり、ケイジ!」
百年ぶりの帰りみち 浅川多分 @aka0629
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