第24話 〜聖都に降り立つ二体の影〜
勇理は狭い路地をゲルラとウェスタの背中を追いながら走り抜ける──傍にはシヴァが足音も立てずに軽やかな身ごなしで並走し、肩のムタリオンは耳をピンと立てたまま辺りを警戒している。
ふと視線を上げると、先ほどまで晴れ渡っていたはずの空は黒煙のような雲で覆われている──どうやら嫌な予感は的中しつつあるようだ。
大通りまであと少しのところで、勇理の耳にも悲鳴が聞こえてきた。
「やべー気配を感じるぜ。こいつは闇付きなんかじゃねーぞ……」
ムタリオンが低いトーンで呟いた。
裏路地を抜けると目の前が開けた──大通りに出たのだ。
「──!?」
ゲルラが急に足を止めたので、勇理も慌てて立ち止まった──危うくゲルラにぶつかりそうになる。
目の前では怒号と悲鳴が飛び交っていた。
逃げ惑う人々の先には複数の兵士の姿が垣間見える──通りを遮るかのように一連に隊列を組み、各々が武器を構えている。さらにその後方には、ローブ姿に杖を持った魔術師のような一団。
「おい──あれを見ろ!!」
ゲルラが指差した方向に視線を向けると、空中を二体の影が浮遊していた。
影はフードのついた外套を靡かせ空中で動きを止めている。フードに隠れて顔は見えないが、影は勇理が今まで感じたことのない禍々しいオーラを纏っていた。
「お前らは何者だ!! ここを聖都インペリオンと知っての狼藉か──!!」
兵士の前で隊長らしき人物が声を荒げた。白い羽の付いた立派な兜とマント──謁見の間にいた騎士と同じ格好をしている。
二体の影は暫く無言のまま浮いていたが、その内の一体がゆっくりと地に降り立った──と、同時に騎士の後ろにいた兵士たち数人の首が宙を舞った──首は弧を描きグシャッという音と共に地面に転がる。
首を落とされた兵士たちの身体は、切り口から血飛沫を上げ、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「うわあああーーー!!!!」
理解に至るまでの数秒の沈黙が破られ、兵士たちの間で悲鳴とも叫びとも取れない奇声が上がった。
「ハッ──ぬりーぜ!! これが聖都の兵士かよ!! 笑わせやがって」
降り立った影は吐き出すように嘲笑うと、ローブを脱ぎ捨てた──鎧というよりはボディスーツに近いだろうか。素材は不明だが黒一色に仕立て上げられた伸縮性のある生地は身体の線を浮き彫りにさせている。
顔は雪のように白く、シャープな輪郭から中性的な雰囲気を纏っていた。しかしその身体は引き締まり、鋼のような筋肉の盛り上がりがスーツ越しに見て取れる。
四肢には甲冑のようなプレートが装着されているものの、攻撃を防御するには心許ない薄さだ。
そいつは無造作に刈り上げられた銀色の髪をかきあげると、鋭い目で次の獲物を探すかのように辺りを見渡した。
目が合ったような気がした──勇理がそう思った刹那、ナイフのような鋭利な爪が目元に迫っていた。
いつの間に間合いを詰められたのか、理解するにはあまりにも早過ぎる動き──重心を低くして繰り出された手刀は的確に顔の急所をついている。
勇理は反射的に両腕で顔をガードした──。
──やられる!!
鋭い爪の感触が眼球に到達した気がした瞬間、目の前を何が横切った。一瞬視界が遮られ、金属同士が触れ合う甲高い音──風圧と共に相手の爪が弾かれた。
「──っち!!」
体勢を崩された短髪の男は、一旦後方へとジャンプし間合いを確保する。
呆然とする勇理の前に、ゆらりとゲルラの背中が視界に入ってきた。手にした槍をくるりと一回転させる。どうやら、ゲルラが間一髪のところで攻撃を防いでくれたようだ。
「ユーリ──大丈夫かい?」
「うん。なんとか……ありがとうゲルラ──」
「危うく串刺しになるとこだったけどな。ヒヤヒヤさせるじゃねーかあの野郎」
肩にいたムタリオンが額の汗を拭う仕草を見せた。
ムタリオンの言う通り、ゲルラが防いでくれなければ勇理は目を失っていたに違いない。そのまま相手の手刀は脳に達していただろう……再生の能力があるとはいえ、脳の損傷まで再生できのか未だ不明なところが多い。
「ゲルラさん──相手は攻撃の際に左手を背中に回していました。もしかしたら背後になにか武器か隠し持っているかもしれません。気をつけてください」
シヴァが冷静にゲルラに警告する。あの動きがシヴァには見えていたのだろうか──勇理は隣の少女をまじまじと見つめる。
二千年前にこの世界を救った英雄のゴーレムだったのだ。きっと想像を絶するような数々の修羅場を潜ってきたに違いない。
ゲルラはシヴァに頷き返すと前方の敵を凝視した。
「あんたはいったい何もんだ? 見たところ普通の闇憑きには見えないが──」
「ハッ──俺様を闇憑き風情と一緒にすんな女!! テメーをぶっ殺す死神だとでも思ってやがれ」
短髪の男は余裕たっぷりな様子で笑みを浮かべている。
「会話にならんか……ウェスタ──やるよ!!」
「うむ。いつでもよいぞ」
後方にいたウェスタがゲルラの呼びかけに応じた。少女は表情ひとつ変えずに勇理の隣を悠々と通り過ぎていく。
「
ゲルラの声が大通りに響き渡る。地面から生じた火柱がゲルラとウェスタの姿を包み込んだ。思わず顔をガードしたくなるほどの熱風──火柱が消えるとそこには真紅の鎧を纏った竜騎士の姿があった。一気に温度が上がった周囲に火の粉がハラハラと宙を舞う。
「その姿──テメーが炎のゴーレムの契約者『竜騎士のゲルラ』か。ハッ! 相手にとって不足無しだなぁおい。来いよ──俺の死神ノートにてめーの名前を刻んでやるぜ」
「こっちの問いには答えんくせにベラベラと良く喋る──そのノートごとすぐに灰にしてやるさ」
ゲルラは手にした槍を左右に回転させると地面を蹴り出し相手に向かって突進した──足元から彼女の動きを追従するかのように炎の道が出来上がる。そのまま勢いを殺さずに槍を水平に構えた鋭い突きを繰り出した──。
目で捉えることは困難なほどの攻撃を、短髪の男は背面跳びのように身体を翻し槍に肉薄する。着地と同時に、しゃがんだ体制から素早く背後に手を回し、ナイフのようなものを取り出すと、ゲルラの顔面目掛けて身体ごと手を振り上げた──身体のバネを利用した強烈な一撃。
それをゲルラは槍の柄で受け止め、間髪入れずに男の顔面に前蹴りを見舞う──男は辛うじて両腕を交差させて蹴りを防いだものの、砂埃を巻き上げながら数メートル後ろへと吹き飛んだ。
勇理は二人の動きを目で追うのがやっとだった。そもそも正確に追えていたのかさえ曖昧だ。 一方のゲルラは、最初の攻撃がかわされると読んでいたのか、一連の動きに一切の迷いは感じられない。
「ハッ──!! やるじゃねーか。やっぱ生身じゃきちーな」
短髪の男は片手でナイフをブラブラと揺らし、余裕の表情を浮かべている。
「フフフ──手こずってるみたいじゃないアルジギナ。よろしければ手を貸しましょうか?」
二人組の内、未だ宙に浮いたままだった人物が口を開く──ねっとりと粘り気のある艶美な声。
「うるせー! デフロヴィータ!! てめー雑魚を相手にしてろ!! 手出しはすんな」
アルジギナと呼ばれた短髪の男は苛立った様子で声の主を指差した。
「フフフ──勝手にしなさい。まあ、その雑魚とやらはもう片付けちゃったけど」
彼女の言葉通り、いつの間にか兵士たちは両腕をだらしなく垂らし、まるで居眠りしているかのようにゆらゆらと身体を揺らしている。
さっきまで声を荒げていた隊長の騎士もカカシのように棒立ちの状態で何もない空を見上げている。
唯一、魔術師の隊は半透明のバリアのような魔法壁で自らを守っているものの、その表情は硬く焦りが見て取れた。
「
シヴァが冷静に状況を分析する。
「おいおい──魔術師がまだ残ってるじゃねーか。雑な仕事してんじゃねーよ」
短髪の男が茶化すように言葉を吐き捨てた。
「フフフ──時間の問題よ。見てみなさい、あいつらの顔──なんて恐怖に満ち溢れているのかしら。ゾクゾクしちゃうわ」
宙に浮かぶ女は、必死に耐えている魔術師たちを前に、両腕で肩を抱き抱えると豊満な身体をくねらせた。
「ハッ──勝手にしてろ」
短髪の男──アルジギナは肩を回し、首を左右に傾けてゴキゴキと骨を鳴らした。
「茶番は終わったかい? 悪いがこっちはサッサと終わらせたいんでね」
ゲルラが直立の姿勢を保ったまま槍で地面を払った──槍の軌道に沿って小さな火柱が弧を描く。
「ハッ──ゴミ虫ごときに力を解放するのは癪だがよー、こっちもサッサと終わらせてやるよ」
そう言い放つと、アルジギナは両手を正面に掲げバッテンを描くようにクロスさせると、叩きつけるように胸元を掴んだ──まるで苦しさに胸を掻きむしり出すかのような仕草にも見える。
「ハアアアアアァァァァ────────────」
奇声とも咆哮とも取れる雄叫び声を上げると、アルジギナの身体から青黒い煙が濃霧のようまとわりつき、その姿を覆い隠していく。
静電気のようなピリピリとした空気が頬を掠める。勇理は未だ感じたことのない胸の痛みに必死に耐えていた──聖痕が熱を帯び、身体の内部から燃やされている感覚。喉が焼けるような乾き。
デビルズアイに遭遇した時にも似たような感覚があった。それを数倍強くした痛み。どうやら、この胸の聖痕は敵の力が強いほど反応するようだ。
アルジギナは胸元を掴んだ両手を一気に振り下げた──それに引っ張られるように全身の煙が引き剥がされていく。空中に分散する煙を背に、漆黒の鎧を纏った姿が露わになる。
──アーマード化〈兵装転化〉──!?
いや、相手はゴーレムを連れているようには見えなかった。とすると、アマード化とはまた別物なのだろうか……勇理は徐々に収まりつつある胸の痛みを脳の片隅で感じながら、固唾を飲んで目の前の敵を注視した──。
それは全身刃物のような鎧だった。四肢の側面には細長い鋭利なブレード──暗闇の如く黒い刃はタイトな甲冑と一体化している。そして否が応でも目に入ってくる手に握られたサイズ〈大鎌〉──長い柄の先には湾曲した三日月のような黒い刃が獲物を狙う魔物のように凶々しい光を放っていた。
「ハッ──そろそろ本気で始めよーぜ!!」
アルジギナはゆっくりと顔を上げた。その顔は頭蓋骨を形取ったヘルムで覆われている──深く沈んだ眼窩の奥先で赤い瞳が怪しく光る。
アルジギナは手にした大鎌を引きずるかのように地面に垂れ下げた。その姿はまさに死神。
「相手にとって不足はないようだね──」
ゲルラは手の平を前に掲げると、素早く魔法を唱えた。手の平の上でゆらゆらと炎が生成されていくのが見えた──そのまま手を槍の先端に持っていき刃に沿ってなぞると、炎が槍に移り、激しく燃え盛った。
「ハアアア────!!!!」
ゲルラは鋭く力強い声を上げながらアルジギナに突進した──放たれた弾丸の如く、炎を纏ったゲルラの槍が死神を仕留めに掛かった──。
ゴーレムマキア 〜破壊のゴーレムと忘却の聖痕者〜 加持蒼介 @koukajiwara
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