第23話 〜インケルタ・ウェリタス《不確実な真実》〜

 テロスアスティア北部『魔境の森ウォーレン』にあるとされている『森の箱庭』──その名の通り、木に囲まれた小さな空間に簡素な幌が付いた荷馬車と質素なカウンターで作られた屋台。カウンターの上には多種多様な品が種類ごとにきちんと整理されて置かれていた。


 ナイフやショートソードなど比較的小さな武器やアイテムはカウンターに陳列され、その他の大きい武器は後ろの木製ラックに立て掛けてある。兜や鎧の類いはマネキンのような人形に着せられていた。


「おお、ゲルラ嬢──久しぶりじゃのう!!」


 陽気な声で話し掛けてきたのは立派な髭を蓄え、ずんぐりむっくりとした店主だ。手足や身体のバランスから見て、身長は恐らく勇理の胸くらいまでしかないだろうか……。

 丸太のような太い首に、筋肉の塊のような腕、胴体はビール樽のように丸みを帯びているものの、決して肥満というわけではなく、まるで鉄板でも埋め込んだかのような分厚い胸元が、その身体が筋肉質であることを物語っている。

 カウンターの陰に隠れて見えないが、土台に乗っているのか目線は勇理とさほど変わらない。


「サクスム──! 元気そうでなによりだよ」


 ふたりは長い付き合いなのだろうか。ゲルラはまるで長年の友に会ったかのような笑顔を浮かべている。


「ガッハハ──わしは元気と酒の強さだけが取り柄だからな!! ゲルラ嬢はどうなんじゃ? いい男はできたか?」


「こやつに男が寄ってくるわけなかろう……」


 ウェスタがため息混じりの声を漏らす。


「──おいっ! 私にだって男の一人や二人くらい……」


「いるのかのう?」


「うう……いない……」


「ガッハハ──ウェスタ嬢は相変わらずゲルラ嬢には厳しいのう!! わしがあと100歳若けりゃ、すぐにでも嫁にしたいくらいゲルラ嬢は良いおなごよ」


「サクスム──そのプロポーズありがたく受け取っておくよ」


 ゲルラは恥ずかしそうにはにかんだ。


 ゲルラはサバサバしていて男っぽいが、側から見てもかなりの美人だと勇理は思う。まあ、腕っ節に関しては、その辺の男じゃ太刀打ちできないだろうから、ウェスタが言うところのというのはそういうことなのだろう。


「で、今日はなんの用だ? 悪いがお前さんの槍以上の物は作れんぞ」


「いや──今日は私ではなく、こいつになにか見繕ってほしくてね」


 ゲルラが勇理のほうに視線を向けると、店主のサクスムは毛虫みたいな眉をピクリと動かし、ギョロっとした目でこちらをまじまじと凝視した。


「ほう──この坊主にか。どれ、見てやるから手を貸してみろ」


 勇理が言われた通りに右手を差し出すと、サクスムは岩のようなゴツい手で勇理の右手を念入りに調べ始めた。


「ほうほう、なるほど。見た目よりも器用で頑丈。筋肉の付き具合、全身のバランスも悪くない……」


「手を見ただけで全身のことが分かるんですか??」


「ガッハハ──もちろんだ坊主! 手というのは意識して鍛えるものではないからのう。即ちそいつが生まれ持ってした資質が全て詰まってる。お前さん、なにか武術をやっとったじゃろ?」


「あ、はい──古武術を少し……」


「こぶ? なんじゃそれは?」


 この世界には古武術の類いはないのだろうか。ただ、サクスムからという言葉が出るあたりなにかしらの拳法はあるようだが……。


「あ、えっと……」


「ユーリは転生者でね。恐らく彼の元々いた世界の武術ってとこだろうさ」


 言葉に詰まる勇理を見兼ねてか、ゲルラが助け舟を出してくれた。


「ほお──転生者なのか。ここ最近ではてんで見なくなったな……とすると、なにか能力を持ってるのか?」


「再生の能力です……」


「ガッハハ! 不死身の能力か! うらやましいのう」


「あ、決して不死身ってわけじゃ……」


「わかっとるわかっとる。まあ、どんな能力でも使いこなせんかったら宝の持ち腐れというもんよ。で、そっちが坊主の相方か? んっ──!?」


 サクスムは一度チラッとシヴァを見た後、まるで幽霊でも見たかのように目を見開き二度見する。


「あ、あんたは……もしかして破壊のゴーレム本人か!?」


 サクスムは驚きを隠せないといった感じで口を大きく開けたまま固まっている。


「ええ、そうです」


 シヴァはなんの感情もこもっていない簡素な返事を返す。


「こりゃおったまげた──わしがご先祖から代々受け継ぐ家宝の絵とそっくりだ」


「ああ──モウスの描いたあの下手くそな絵のことか」


 勇理の肩でムタリオンがため息混じりに呟いた。


「──なぬっ!! うさぎが喋りおった!?」


「あっ!? てめー!! おれはうさぎじゃなくて神獣だこんにゃろ!! ちなみに、おめーのそのご先祖とは知り合いだ」


 ムタリオンがポフポフと前脚を勇理の肩に叩きつける。


「ガッハハ──まさか神獣とは思いもせんかった!! こりゃ失礼したわい! モウスとはたしかにわしのご先祖様の名前。そうかそうか、まさかご先祖様のお知り合いに会えるとは夢にも思わんかった」


「まあ、モウスには色々と世話になったからな。こうして子孫と会えるのもまたなにかの縁かもしれーな……てか、それより早くこいつの武器を頼むわ」


「おお、そうじゃったな──」


 サクスムは人懐っこい笑顔を浮かべると、カウンターの下から木製のケースを取り出し、ゆっくりと蓋を開けた──ケースの中には横に4列、縦に3列の窪みがあり、そこに手の平サイズの玉が丁寧に収納されいた。玉のサイズは全て同じだが、色や材質はそれぞれ異なっている。


「お前さんの場合、持久力はそこまでじゃが瞬発力とスピードに素質があるのう……うーむ……武器は重い物よりも軽くて頑丈なもの……短剣もよいが……籠手のような直接拳にはめるものの類が適性か……それに当てはまり尚且つ再生の能力を最大限に引き出す……となると……」


 サクスムはぶつぶつと独り言を言いながら指先を走らせると、ケースの端の窪みにはまっていた鉄のような素材でできた玉を手に取った──玉は所々細かい傷が入り、表面は錆びついている。


「よし──!! こいつが最適だろ」


「こ、これですか……?」

 

 何に使うかわからないが、どう見てもサクスムの手の平のそれは長年雨晒しにされた鉄の玉にし見えない。どうせなら隣のガラス玉のように透き通った綺麗な深い青色をした玉のほうがいいが……。


「ガッハハ──見た目はイマイチだが、こいつは特級品だ坊主!! しかも、お前さんの能力を最大限に活かしてくれる優れもんだ。で、こいつを合成する武器は……」


 サクスムは手の上で器用に玉を転がしながら、今度は背後に設置されていた荷台を漁り始めた。


「たしかこの辺にあったはずなんだが……おお、これだわい」


 サクスムは黒い布に包まれたを手にして戻ってきた。包みはベルトのようなもので括られている。

 

「これはわしがとある聖痕者に頼まれて作ったんだが、そいつがおっ死んじまったもんでずっと眠ったままだった」


「おい──縁起悪くねーかそれ?」


 ムタリオンがいかがわしそうにサクスムの手元を覗き込む。


「なーに、物に罪はないってことよ。それにこいつはかなりレアな材質を使った一級品よ。これ一つで城が建つくらいの価値がある」


「おいっ──!! そんな金は到底出せんぞ」


 ゲルラが慌てて釘を刺した。


 城を建てるのにいくら掛かるかは想像がつかないが国家予算レベルの金額だろう……勇理は包みの中身を見るのが怖くなった。

 そもそも自分みたいな駆け出しの聖痕者にそんな高級品を持つ資格があるのか?


「さすがにそんな高価なものはちょっと……」


 というか、そんな金額のものをほぼ無一文の自分が払えるわけない。勇理は要りませんとばかりに苦笑いを浮かべた。

 

「ガッハハ──心配は無用!! こいつの金は前払いで貰ってるからいらんわい。魔武具玉まぶぐだまはわしからの祝いとしてプレゼントしてやるから、合成費だけの特別サービスだ!!」


 魔武具玉とは恐らくあのケースに並べられた玉のことだろう、しかしお城が建つほどの金額を前払いとは……その聖痕者はかなりの金持ちだったことが窺える。


「ほんとか!? それは助かるよサクスム」


 ゲルラが文字通り胸を撫で下ろした。


「ガッハハ──いいってことよ!!」


 サクスムは豪快に笑いながら包みに巻かれたベルトを外した。

 そこから顔を覗かせたのは、武器というよりは手袋のような、見た目的には防具に近いものだった。

 全体の造りはシャープだが、脆さは感じさせない。手首から指先までを覆う仕様で、手の甲から指先までメタリックな素材──鉄のようだが、鉛のような青みを帯びた灰色が特徴的である。その他の部分は黒く光沢感のある、なめし革で出来ているようだ。


「こいつの名は、インケルタ・ウェリタス──《不確実な真実》」


 サクスムはそれを手に取ると勇理に差し出した。


「不確実な真実……なんでそんな名前なんですか?」


「そいつの見た目は真実じゃないって意味だ。まあ、わしも作ったはいいが詳しいことはわからん──素材としては万物に変幻すると言われとる『黒岩ドワーフトカゲの革』、液体の鉄『リキッドメタル』でできとる」


「液体の鉄!?」


 鉄ということは見る限り、手の甲から指先に使われている素材のことだろうが、独特な色をしているものの見た目は普通の鉄に見える。


「まあ、触ってみろ──」


 サクスムに言われて、勇理は恐る恐る鉄の素材に触れてみた。

「チャポン──」という音が聞こえた気がした──まるで水の中に指を入れているような感覚。ただ、水よりも幾らかとろみを感じられる。


「これは──!?」


「ガッハハ──どうだ、面白いだろ!! そいつは加工が難しくてな苦労したわい」


 面白いどころではない。そもそもどうして液体が形を保ったまま引っ付いているのか不思議だ。


「おい──おっさん。これ強度は大丈夫なのか? 装備したけど使えませんでした──じゃ話にならねーぞ」


 ムタリオンが如何わしい表情でリキッドメタルに指を突っ込む勇理の手元を凝視する。


「ガッハハ──それは心配に及ばんわい!! こいつは面白い特性があってな。ゴーレム化して装備すると空気中の粒子を集めて硬化する。まあ、仕組みはよう分からんがな」


「この武器にそんな性能が……」


「あとはこの魔武具玉が良い仕事をしてくれるじゃろ。この玉には空気中の水を集める力があっての。まあ、水が安易に手に入らないときに重宝するんじゃが……攻撃用としては全く使い物にならん魔力が込められとる」


「じゃあ、サクスムさんはなんでその玉をこの武器に?」


 水を集める力は確かに便利だが、それがこの武器になんの効果を生み出すのかいまいち読めない。


「ガッハハ──坊主、埃の上に水を垂らすと埃は水に吸着するだろ? つまり、水分を集めるというこは同時にそれに吸着する粒子を集めることになる」


「──!? つまり空気中の水分に付着した粒子も同時に集めれるってこと……ですか?」


「そういうことだ。この武器の性質との相乗効果は計り知れん。きっと硬化以上のものが生まれるじゃろうて」


 どうやら、サクスムでもその先は未知なようだ。ただ、理屈はどうであれ、LP技に耐えられるだけの武器の存在はかなり有り難たい。


「まあ、武具玉を武器に合成するにはちと時間がかかる。その間に──こいつはどうだ?」

 

 サクスムはカウンターの後ろのラックからまた同じような手袋状の武器を手に取った。

 

「インケルタ・ウェリタスのような業物じゃないが、こいつもそこそこの武器だ」


 勇理はサクスムにインケルタ・ウェリタスを返すと、代わりにその武器を受け取った。

 見た目はRPGなどでもお馴染みの、西洋の騎士が身につけるガントレットに似ており、拳に沿って丸くて短い突起が一列に配置されている。だが、装飾にしては少し不恰好に見える。


「こいつの使い方はここに書いておいた。まあ、そんなに難しくはないから安心せい。コツを掴めばお前さんの強い味方になってくれるだろう」


 そう言ってサクスムは紐に巻かれた小さな紙を勇理に手渡した。


「さーて、肝心のお代だが……」


 サクスムが無邪気な笑みを浮かべながらゲルラに視線を向ける。


「ああ、わかってるさ。じゃあ、そのなんだ……インケルタなんたらと、代わりの武器の代金はまとめて払おう。あ、あと悪いが、ユーリに適当な防具も見繕っておくれ。防御力はそこまで重視しないから、出来れば《再生魔法》がかけられたやつを頼むよ」


「ガッハハ──毎度あり!! しかし再生魔法がかけられたやつとなると……」


 サクスムはまた裏でゴソゴソと荷台を漁り出した。


「おお──あった、あった、これよ」


 サクスムは手にした黒い塊を放り出すようにカウンターの上に置いた。


「そいつは再生魔法の糸で織り込まれた特殊な服だ──」


 勇理は無造作に置かれた服を手に取り広げてみた。

 生地のサラサラとした感触が手に伝わってくる。シルクの手触りに似ているが、それよりも厚みがあり丈夫そうだ。丈はローブのように長く、足首まであるだろうか──前開きなため、斜めに閉じれるよう、両サイドのにはボタンの代わりにベルト状の留め具が付いている。

 首元から胴体にかけては補強のためだろうか、伸縮性のある硬い素材でできている。こちらは黒というよりも、鉛のように青みを帯びた深いグレーに近い。


「じゃあ、そのボロボロの服を脱いで着てみろ」


「えっ──ここでですか!?」


 いや、別に脱いでもいいのだが、ゲルラと少女たちの視線が気にならないわけでもない。


「どうしたユーリ? べつに私たちに気を使わなくていいぞ?」


 ゲルラがなにを恥ずかしがっているんだとばかりにこちらを見てくる。


「わ、わかったよ──」


「ったく、恥ずかしいみてーだな。まあ、思春期の男にはよくあることだ。おれは降りてるぜ」


 ムタリオンは勇理の肩で軽快に跳ねると地面に降り立った。この神獣は男の思春期のなにを知っているんだか……。


 勇理は渋々とリズから借りた服を脱ぎ、丁寧に畳むとカウンターの上に置いた。

 

「ほう──見た目より中々に良い筋肉をしとるのう」


 ウェスタが遠慮を一切感じさせない視線でこちらを見てくる。

 プールの授業だと思えば別に大したことないが、着替えをじっと見られているのはなんとも居心地が悪い──勇理はさっさと着替えることにした。


 服は想像以上に身体に馴染んだ。サラサラとし生地の質感が素肌に当たって気持ちがいい。道場着のように襟元を手繰り寄せて斜めに閉じ、留め具のフックで固定した──不思議なことにまるで着ていることを感じさせないほど軽かった。見た目よりも大分動きやすい。フードも付いているが、今は被る必要はないだろう。


「おお、様になってるじゃないか」


 ゲルラは感心したように顎に手を当てている。


「馬子にも衣装だな──」


「それって褒めてないよね……」

 

 勇理は足元の神獣を見下ろした。


「ガッハハ──じゃあ、このベルトをわしからプレゼントしてやろう。旅には必要だろう」


 サクスムは人形に装着されていた幅広のベルトを外して勇理に手渡した。

 とくに変哲もない黒い革のベルトだが、腰には小さなポーチが付いており、利便性が確保させている。

 

「ありがとう──サクスムさん。なんか色々とサービスしてもらって助かります」


 インケルタ・ウェリタスだって支払い済みとは言えタダ同然で売ってくれたのだ、気前が良いにも程がある。


「ガッハハ──気にすんな坊主!! わしは金儲けのためにやってるわけじゃないんでな。聖痕者とゴーレム嬢ちゃんたちの役に立てればそれでいいんだ。まあ、飲み食いする分の代金はいただくがな」


 サクスムはもう一度高笑いをすると、クイっとジョッキを煽る仕草を見せた。彼の陽気で憎めないキャラが板についている。

 

「じゃあ、代金はいつも通りシャティヨン族のキャンプまで請求しておいておくれ」


「オッケーだゲルラ嬢!! インケルタ・ウェリタスは出来上がり次第、坊主に届けよう」


 これから旅路につくのだが無事に届けてくれるのだろうか──勇理はその旨を聞こうとしてやめた。次元の扉を抜けないと辿り着くことができない場所に店を構えるようなひとだ──恐らく勇理がどこにいよう届けてくれるだろう。


「じゃあ、また来るよサクスム──戻るよみんな」


「おうよ!! またいつでも来てれ!!」


 勇理もサクスムに挨拶を済ませると、ゲルラ達と共に森の箱庭を後にした。


「さて──、とりあえずキャンプに戻って準備をするとしようか。出発は明日の朝でよろしく頼むよ」


 勇理がゲルラに返事を返そうとしたそのとき──近くで落雷が落ちるような激しい爆発音が轟いた。


「──!?」


「なんだ今の音は!?」


 ゲルラが険しい表情で音のした方向を凝視する。


「おい──なんかヤバそうだぜ。悲鳴が聞こえてくる」


 ムタリオンが勇理の肩で耳をアンテナのように左右に動かして音をキャッチする。


「ムタリオン──音の方向は分かる?」


「ああ──大通りのほうだ。こっからそう遠くねえ」


 勇理の問いにムタリオンが大通りのほうを指差す。


「よし! 急ぐよ──」


 胸がざわざわとする嫌な感じ──ここに来て何度か味わった。闇付きの仕業なのだろうか……勇理は路地を駆け抜けながら、サクスムから渡されたグローブを素早く装着した。

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