16だもん ♬ 結婚したっていいでしょう
いすみ 静江
A いつか結婚するのは貴方
「もう、絵画館前のロケに間に合わないわ……!」
モデル兼、
「ああ、愛しのサンドイッチよ! 購買部は向こうの校舎なのよね。ちょっと不便だわ」
二階の渡り廊下を小走りに行く。
「あの……!」
後ろから声が
「はい、何かしら?」
振り返ると、ジーパンに写楽のTシャツ姿で、おっとりとした、一七三センチある白蓮よりも上背のある男が立っている。
そして頭をぽりぽりと掻きながら、恥ずかしげに下を向いていた。
どうやら、やっと声を掛けた感じに、白蓮はくすりと笑ってしまった。
「俺……。い、いや僕は、
怪しまれてはいけないと弁明していると白蓮のセブンセンシズが光る。
「それで、何ですか?」
白蓮は、ちょっと冷たい視線を送る。
元々、父親が家庭内で暴力を振るっていた為、男性が嫌いだ。
子供は好きだから欲しいけれども、夫は要らないと言う矛盾した考えさえある。
「の、喉が渇いてしまって、自動販売機はどこですか?」
カメラマンの背筋はピンとし、選手宣誓でもしそうな勢いだ。
白蓮は、こういうタイプは好きではない。
「ここは、置いてないんですよ。花嫁修業らしいわ。お茶は当番制で、自分達で煎れているんですよ」
さっきよりは優しく説明してあげたつもりだけれど、ツンとしているのは否めない。
はなから気がある風にするのは、デレデレしていて最も嫌いだ。
「授業の合間に喉が渇いたらどうするんですか?」
「あはは。面白い方ね」
白蓮は大真面目に笑ってしまう。
「我慢するんですよ。ま、飲料は購買部で売っていますけれどもね。自動販売機は、ないんです」
さっぱりとお答えすると、つられたのか智樹も恥ずかしそうに笑い出した。
「な、なーんだ。あはは」
「私ね、幼稚園から女子校だったし、他界した父親も怖かった。だから、ずっと男の人って笑わないのかと思ってた」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、口元に手を添え、呟いた。
「あーははは、何? 同じ人間ですよ。そんな訳ないでしょう。優しそうなお嬢さん」
白蓮は、褒められたのか、
今は三月だ。
紺地のセーラー服が渡り廊下の窓をカラリと開く。
校庭で高く伸びた
花びらが一枚ひらりと舞った。
智樹がそれを掌に乗せて愛でる。
「私は、新美白蓮よ。この
「……苦労しているんだね。この白蓮の樹の前で君を撮りたいな。お母さんに送ってあげなよ」
智樹カメラマンが、急に真面目になる。
「苦労してないもん。いいよ」
ツンと言う。
けれど、
智樹は白蓮の花びらを見つめる。
「これ、栞にして贈るよ」
智樹は、顔を紅潮させ、自分の鼓動が聞かれやしないかとひやひやした。
「え? 何で私に? 男の方が」
お湯が一瞬にして沸いたように、どきっとした。
「俺! 一目惚れしました! 貴女に……」
智樹は、ジュースの自動販売機なんてどうでも良かったのだ。
だが、今が一番喉が渇いているかも知れない。
◇◇◇
「誰もいなくてもただいまー!」
それから、絵画館前広場での撮影が終わって、白蓮は一人住まいのポーラスター三〇三号室に帰った。
これは、いつものこと。
でも、今日は涙ぐんでいた。
「やだ、どきどきしている……」
クッションを濡らしながら、『夢咲智樹』と言う人物について考えていた。
彼は、華菱の女友達と違う。
「これって、恋なの?」
自問自答だ。
返事を求めても誰もいないのが現実で、初めて寂しいと思った。
学校の友達にも、恋愛禁止なので、話し難い。
「恋って甘酸っぱいものなのね……」
ボスボスとクッションを叩いてみる。
「亡くなったとはいえ、父からDVを受けていた私が、男なんかを好きになるなんて……」
感情に任せてクッションを壁に投げつける。
「だって、あの笑顔を見ちゃったら、忘れられないじゃない?」
背伸びをして、アナログ時計を見る。
長針と短針が十二で重なる所だった。
「もう、寝るか……」
不器用な白蓮は、夢で続きを考えようかと、羊を数え出した。
◇◇◇
翌日の下校時刻に、白蓮は息を吞む。
智樹は本当に白蓮の栞を持って、花菱高校の門に来ていた。
「あ、ありがとう……」
言の葉を選んだが、それ以上のものが見つからなかった。
ありがとうと思うときって、ありがとうが一番しっくりと来る。
「じゃあ、お礼に、珈琲でも如何? 好きなのが見つかると良いんだけど。ちなみに俺はモカが好きなんだ」
昨日とはうって変わって明るく気さくな感じだった。
あの真っ赤だった顔も頬を染める位になっている。
水を得た魚かと白蓮は面白くなった。
高校に程近い喫茶「めるすぃー」を訪ねた。
アールデコを思わせながら白を基調にした不思議だがムードのある素敵なお店だ。
「俺はモカね、君は?」
常連と言った感じであった。
「君って、玉子みたいでおかしいわよ。白蓮って呼んでもいいわ」
君だなんてちょっとおかしいと思って吹いてしまった。
「じゃ、じゃあ、『白蓮』さんは何を飲んでみる?」
智樹は照れながらメニューを差し出す。
「同じのにします」
白蓮はにっこりと笑った。
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