暇つぶし短編集
@tosyotolis
星空
星座に対する考えは、人それぞれだろう。
星がきれいとか、好きな星座が見れたとか色々。さて、じゃあ僕はどんな人間かと言えば、そもそもどんな星座があるのか知らない。だから、星座を見つけたとしても「星が集まっている」という感想しか浮かんでこない。
今行っている天体観測には向いていないタイプだ。天体観測というか星を見るだが。
僕ももう二十歳、天体観測やらドライブやら大人っぽい趣味を見つけた方が女受けもいいのかもしれないが僕の趣味は相変わらず読書だ。
そんな僕でも台風の後の星空が綺麗なことは知っている。
「ううぅうぅぅぐがううがうううううう」
季節は星がよく見える季節(らしい)だけでなく、台風の後ということもあり、素人の僕から見てもよく見える。他にも何組かこの高原にはカップルやらファミリーがいる。
「うがぁううううぅぅうぅぅうぅ」
さて、素人ではあるにしても僕は今星をなんだかんだ楽しんでいる。
そんな僕を最悪の気分にさせるこのとなりで「ううぅう」だの「うぁあああ」だの言っている人物はいったい誰なのか紹介しよう。
恥ずかしながら、僕の姉だ。
正直、一緒のシートで星を見たくはないがシートが一枚しかないのだから仕方ない。幸いなことに先ほど近くにいたファミリーがこのやかましい泣き声を嫌悪して離れていったおかげで回りにはやかましい泣き声以外の声は聞こえない。
「姉ちゃん、うるせえよ。完全に近所迷惑だよ」
この場所に来る理由を作った元凶に声を掛けると、泣いていた身内の恥は泣き顔をこちらに向けて八つ当たりを始めた。
「うるさいバカ、ちょっとは失恋中の姉を気遣え!」
『知らねえよ、顔ブサイク』という言葉をどうにか飲み込んだ僕を褒めてほしい。言わなくても大体わかっただろうが、どこぞの男に振られた姉を車で連れてきたということだ。始まりは約二時間前、急に『星が見たい連れていけ』というラインが僕のスマホに送られてきた。姉は物事が上手くいかないと結構情けなく泣きわめくのだ。
昔はグーが飛んできたりしたのだから自分なりの解決方法を見つけただけ成長といえよう。
「弟を巻き込んでまですることか、これ?」
「免許持ってないんだからしょうがないでしょ!」
「取れよ」
「うるさい!」
バックから取り出したポケットティッシュで鼻をかんでから、姉は膝を抱えて顔を沈めた。こういう時は話が通じないのを僕は生まれてからの20年でよく知っている。我が姉ながら非常に面倒くさい。小学校の頃、隣に住んでいた関山の家のお姉さんと交換してほしいと何度願ったことか。
「周りの人迷惑だからもうちょっと静かに泣けよ」
僕の注意に反応はなかったが少し泣き声が静かになったということは、一応少しずつ冷静になってきているのだろう。いつまでたってもこの人は子供っぽい。
ちなみにこの人が子供っぽいという事実を僕よりも知っている僕らの両親が「僕が暇そう」という適当な情報を姉に流したせいでこうなったのだ。帰ったらガソリン代くらいは請求しなければならない、というか絶対にする。
さて、ここからの選択肢が重要になってくる。大まかな選択肢としては『放っておく』か『事情を聴きだす』の二つだ。実はこの状態になるのはこれが初めてではない。姉は僕と違い恋多き人生を歩んでいる。
始まりは姉が高一の時、彼氏に振られたと関山のお姉さん(当時は沙織さんと呼んでいた)が教えてくれた時だ。弟としては姉に彼氏がいたという事実が衝撃的だったため、どんなもの好きなのだろうと聞きだそうとした。もちろん、一発で殴られるような聞き方はしていない。一応心配する体を装って『大丈夫か?』という言葉から入った。
今から考えても、別に悪くない入り方だったと思う。
結果から言おう、殴られた。
「うるさい話しかけんな」ということばと同時に殴られてその勢いで尻餅をついた。
当時、中三だった僕はやり返すという発想がなかったわけではないが困惑した。流石に姉はその現場を洗濯ものを畳みながら見ていた母から叱られたが、のちに母から聞かされた話では失恋のショックで何も頭に入っていなかったらしい。
その時の『この子大丈夫かな・・・・』という娘の将来と性格を本気で不安に思っていた母の言葉と顔は今でも覚えている。
今こうして、大学三年生まで育ったのだ。まぁ、今のところ大丈夫だろう。
次の事件は姉が高校2年の時。またしても沙織さんから彼氏に振られたという情報を得た僕は一年前の経験を活かし関わらないように努力したのだ。
姉は部屋にこもっていたので、僕も隣の自分の部屋で姉にストレスを与えないように静かに過ごしていた。そんな生活から三日ほど経過したある日、両親が二人とも家を空ける日があり、夕飯を自分たちで用意しなければならなかった。僕なりに気を使い今日は僕が用意するという提案をして、姉から了承を得た。
さらにここから、姉の好物であるカレーを作ったのだ。恩着せがましいとも思われるかもしれないが、それなりに気を使ったのだ。
問題は完成を知らせる大声を上の階に知らせ、姉が降りてきてから発生した。
流石に楽しいトークに花を咲かせる気はないだろうと、無言でカレーを食べているといきなり「ねえ」とだけ話しかけられた。
まさか話しかけられるとは思っておらず固まっているうちに次の言葉がやって来た。
「振られたあたしに何にもないわけ?」
もう、意味が分からなかった。
そこからは罵詈雑言の嵐。高一の時の話を持ち出した僕に姉はさらにヒートアップ、僕も姉の言い分にヒートアップしていたため殴り合いのけんかに発展した。高一の男子と高二の女子、普通に考えれば僕が勝つだろう。しかし、姉は恐ろしく強い。馬乗りで殴られまくっているところを、ちょうど帰ってきた母親が止めた。
僕も手を出したことは怒られたが、姉のやったことがあまりにひどかったため僕の3倍は怒られていた。
長々と語ってしまったが要するに、姉の気分を見定めて話しかけるか放置するかを決めなければならない。選択を間違えれば拳がやってくる。もういい年なのだからやめて欲しいが、飛んでくるだろう。
20歳と21歳、最悪警察沙汰だ。
「おい姉ちゃん、なんか買ってこようか?」
少し間をおいて、「コーヒー、微糖、ホット」という返答が返ってきた。
割と冷静なようで、少しは会話が通じるようだ。なぜわかるのかと言われれば20年間育てた直感だからという外ない。
「了解」とだけ言って自販機へ向かう。自販機までは徒歩7分ほどで意外と遠い、それでも行ったのは少し一人にして冷静にさせるためだ。これなら「なんか言えよ」と言われても「コーヒー買いに行ってたんだよ」と言える。
それでもあのヒステリーシスターなら「話聞く方が優先」と訳の分からない理屈でキレられる可能性があるが、流石に大丈夫だと信じたい。
季節は8月だがこの高原は風が吹いていて結構涼しいので、自販機までの道のりも別に苦痛ではない。ふと上を見上げるときれいな星空が広がっていた。姉の泣き声なしだとこんなにもきれいに見えるのかと感心してしまう。『できれば彼女と一緒に見たかった』という本音は口に出さないでおいた。万が一失恋中の姉に聞こえてしまえば大惨事だ。
自販機までたどり着き、決めていた飲み物を買ってから、どれくらい経ったかを確認するためスマホを取り出すとラインの通知が来ていた。
SAORIと大文字で書かれた恋人のトークルームが新着のメッセージを受信していた。
『お姉ちゃんは元気かね?』
『絶対分かってて言ってるよね?』
『ある意味元気である意味最悪だよ』
『ごめんごめん』
『相変わらず優しいね、誠也は』
『姉ちゃんが怖いだけだよ』
『それはわかる』
『友達でしょ』
『友達でも怖いものは怖いの、怒った智子が怖いのは私もよく知ってるから』
『怖いっていうか、手が付けられないかな?』
『姉の理解者が身内の他にもいて僕は嬉しいよ』
『そりゃ、未来のお義姉さんかもしれないからね』
『・・・・・・・・』
『今照れたでしょ』
『ほんと、かわいい反応するよね』
『それで、なんか要があるんじゃないの?』
『あ、話しそらしたー』
「要がなきゃ、連絡しちゃいけない?」
『そういうわけじゃないんだけど』
『けど?』
『予定があるのを知ってて連絡してくるのは珍しいと思って』
『普段あんまりないでしょ』
『流石、私のことよくわかってる』
『・・・・・ありがとう』
『結構めんどくさいこと言うよ?』
『いいから早く』
『これがめんどくさい』
『なんだかんだ楽しんでるくせに』
『じゃあ言いまーす』
『どうぞ』
『私も二人で星を見に行きたいでーす』
『うるさい泣き声付きだけどいいの?』
『もちろん私と誠也の二人でが良いな』
『星じゃない別のところでもいいけど?』
『ほんとに?』
『じゃあ泊りで鎌倉とか湘南に行きたい』
『いいよ』
『アレ?あっさりだね?』
『今日のガソリン代、親に多めに請求するし』
『できもしないこと言わないの』
『そういうことしない人なのはよ―く知ってます』
『・・・・』
『楽しみな予定が増えたところでそろそろ寝るよ』
『智子もそろそろ落ち着くでしょ』
『うん』
『あ、旅行の予定は帰ってから決めよ』
『了解』
『ちょっと喋れてうれしかったよ』
『おやすみ』
『おやすみ』
「ふう」
一息ついたところで姉の元へ戻らなければならない。ここから歩いて7分、今のラインの時間と合わせれば合計で20分は放っておいたことになる。
時刻は22時、いい加減家に帰りたい。僕は大学の通学距離の問題で一人暮らしをしているが、姉は実家暮らし。今日は実家で姉を拾ってからここへ来たが、帰りは姉と一緒に僕も実家に泊まることになるだろう。
流石に頭が冷えているだろう。恋人との予定が決まった僕は、今の姉の前では絶対にできないハイテンションなスキップでシートへ戻っていく。
「姉の後ろ姿を捉えたところでスキップを止めて、平静を装って普段通り近づく。
「姉ちゃんどっちがいい」
正面へ回り、二本買った微糖の缶コーヒーを差し出す。
姉は無言で右手の方を奪い取ったので、僕は左の缶を座ってから開ける。
一口飲むと、買い物に失敗した味が広がる。姉はひょっとしてこの味を知っていたのだろうか?
いい加減帰りたくなった僕は姉に声を掛ける。
「そろそろ帰ろうよ、もう10時過ぎだから」
反応がない、少しイラつき「おい、起きろ」と声を掛けながら揺らしても反応がない。
「家で拾った時からまさかとは思ったけど」
酔っている。基本暗がりだったから分からなかったのだ。そういえば酒が回るのが遅いとか言っていた気がする。いいのか悪いのかわからないがとりあえず迷惑だ
「おーい姉ちゃん、起きろって、おい」
さらに大きな声で揺すると流石に起きたらしい姉は「フェ?」と妙な声を出した。
「いい加減帰るぞ」
「はいはい」
何とか立ち上がった姉はシートを畳んでいる僕を置いて、千鳥足で車へ向かっていく。流石に不安になり急いで追いつく。
「どんだけ飲んだんだよ」
「うるさいわね、ちょっとよちょっと」
「はいはいそうですか」
もう何も言わない、早く帰ろう。
車に到着したら僕は鍵を取り出し、ロックを解除する。流石の酔っぱらいも運転席には座らないで後部座席に座っていきなり横になった。寝る気らしい。
「はぁ」
ため息をつきながら僕は運転席に座る。車を走らせて実家へ向かう。後ろを見ると姉はもう眠っているようだった。
何か既視感がある気がした。このミラーから見える光景をどこかで見たことがある気がした。あれはいつだっただろうか・・・・・・・
そんなことを考えていると
「くたばれバーカ!」
「うわぁ」
突然の大声で車が少し揺れた。流石に我慢できずに声を上げる。
「おい、運転中だけど」
「うるさいわねいいでしょ、慰めなさいよ」
『めんどくせええええええええええええええ』と心でつぶやく。もし声に出していたらグーが飛んできて本当に自己を起こしたかもしれないのだから誉めてほしい。
今度沙織にでも褒めてもらおうと決めたところで後ろの暴れ馬が話しかけてきた。
「ねーーー、おとうとーーーーーー」
「なんだよ姉ちゃん」
正直事故を起こしたくないからやめて欲しい。
「あんた沙織とうまくいってるー?」
自分の地雷に僕の足を動かしてきた。ここで「上手くいってる」なんて言えば首を絞められる気がする。かと言って無言も同じ結果を呼びそうな気がする。胃が痛い。
考えた末「それなり」と答えた。
姉は意外にも「そ」だけで座った。僕の悩んだ時間を返してほしい。
「あたしみたいにならないように気をつけなさいよ」
またまた意外な言葉、どうやらこの人なりに僕を気遣ってくれているらしい。
本当にこの人の生態はよくわからない。台風の後の今日の星空のように静かなまま実家に到着した。
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