禁煙協奏曲!――目指せ、最初の7日突破!

多賀 夢(元・みきてぃ)

禁煙協奏曲!――目指せ、最初の7日突破!

 彼が突然こう言った。

「俺、禁煙する!」

「は?」

 私は彼と生活して長い。彼は精神障害を患っているため、少々どころかかなり我慢が効かず私を日に何度も振り回す。


 それに疲れ、私が寝込んだこと数回。

 それでも無理やり連れ出され、ぶっ倒れた事も数回。

 良識ある大人にも、修羅場をくぐった大人にも、「そいつとだけは別れろ」と繰り返されている相手である。


 私は少し考えた。禁断症状と現状とを、秤にかけて答えを出した。

「あかん、吸え」

「いやいや、俺は禁煙するから」

「お願いですから吸ってください」

「するから! 決定!」

 決意にみなぎる彼の顔を見て、私は覚悟を決めた。――明日から、地獄だな。




 1日目、2日目は案外落ち着いていた。

 問題は3日目に起きた。

「うううううううう」

 暴れている。足で床を踏み鳴らし、何かの儀式かのようにキッチンを往復している。

「吸いたい……吸いたい……すーいーたーいー!!」

 あまりの騒々しさのうえ、彼の『かまってちゃん』な性格がスパーク。私に向かって吸いたいアピールが半端ない。

 ずっと無視していたが、さすがに疲れた。

「いいよ、吸いなよ」

 むしろ吸ってください。

「いやああああ!」

 同じ言葉を私に叫ばせろ。

 私はざっとネットを調べた。

「禁煙外来行く?パッチとか飲み薬とか、色々あるよ」

「うううう」

「薬局にもガムタイプはあるけど、太るって副作用があるっぽい」

「ううううう!」

「……冷たい水を飲むと、少し気がまぎれるらしいよ」

 とたんに、水道に向かってがぶがぶ水を飲む彼。そこまで嫌なのか、禁煙外来。



 4日目、私は寝込んだ。

 が、それを許さないのがうちの彼。

「朝だから起きなきゃあ!」

「怠い、動けぬ」

「今日は一緒に、スタンプラリー行く予定だよ!」

「悪い、一人で行ってくれ」

「観たいって言ってた、石の博物館もあるのに……」

「その前に私の健康状態じゃー!!」

 私は体を無理に起こし、ずるりと体力が抜けそうなのを丹田で止める。

「お前が禁煙なんて始めたせいで、いつにも増して精神がやられてんだっ!」

「……ごめんなさい」

「一日くらい休みよこせ! 私を一人にしろ!」

「……」

 彼は一人で出かけて行った。そして、夕方4時に戻って来た。

「お帰り」

「……」

 また機嫌が悪いのか。

「俺……」

「ん?」

「まだ、たばこ吸ってない!」

「……あ、そ」

 うん、もっかい寝よう。心配して損した。



 5日目、やっぱりまた暴れている。が、暴れる時間や程度が小さくなる。

(というか、精神疾患の方も落ち着いてきた?)

 彼は普段から、不安になると暴れたり、身近な人を振り回す症状があった。それがなんだか減っている。

 たばこと抗精神薬は相性が悪いらしいから、ニコチンが抜けて薬がよく効き始めたのかもしれない。何より、発言がとても理性的だ。

 ただ、問題はある。

「ねえ……なんでこんなにおかずを買った? 3人前はあるよ?」

「食べられると思ったんだよなあ」

「ガムも1ボトルを1日で食べきるって、どんだけ食ってんの?」

「いやあ、腹減るからさあ」

 更に、夜中にカップ麺をすすっているのも目撃。

 禁煙すると、食欲が増すというのは事実のようです。



 6日目、まだまだ禁断症状が出ている模様。

 ネットを見ても、3~7日が一番きついらしい。

 今日は、精神を落ち着かせるという昆布を試す。

 私も1つもらう。

「酸っぱい味のない、おやつ昆布ってあるんだね。美味しい」

「しかし、お出汁用じゃないから味が薄いな」

「グルメだな、君」

 ガムや飴はどうしても太る。それに比べると、昆布はヘルシーな感じがする。

「そういえば彼よ、灰皿無くなってたけど」

「うん! 捨てた!」

 なんと。そこまでの決意だったとは。

「でも、本当にたばこ吸ってても良かったのに。なんで止めたの」

 理性を取り戻した顔の彼は、ふっと遠くを見た。

「だって、値上がりがさぁ……」

「ですよねえ……」

 わが彼氏、現在就職活動3か月目。

 早く去れよコロナ不況、うちは金がないのじゃ。



 さて、本日は7日目でございます。

 やっぱり禁断症状の彼は厄介で、私はまた寝込みそうな疲れを感じている。が、とりあえずギリギリ生きています。

 今日は、お菓子作りで苦境を乗り越えるつもりらしい。彼の特技は料理とお菓子作りなのだ。朝からバタバタと台所で何かやっている。まあ、夜中にカップ麺すするよりは、昼間の手作りマフィンの方が健全よね。

「すいたーい」のアピールも、今日は若干お茶目になった。衝動が弱くなっているのかもしれない。

(そういえば、私の『吸いたい』衝動も消えてるなあ)

 実は私も、20代の頃は喫煙者だった。当時は休憩する場所が喫煙室しかなく、仕方なくポーズとして吸っていた。

 その後職種を変えてから、タバコとは縁を切った。それが在宅で仕事をするようにから、またタバコが恋しくなっていた。彼の副流煙を吸っていたせいなのか、彼の喫煙スタイルが恰好よかったせいか(見た目だけは本当にカッコいい)。

 部屋の空気も、わずかにだが奇麗になってきた気がする。

 あまり気にしていなかったけど、これはこれで快適かもしれない。



 彼の禁煙騒動は、まだまだ続くとは思う。だけど7日目が山ならば、今日を越せば彼はきっと止められる。――たばこ代が浮く(泣)

 とにかく、彼の決心が最後まで続きますように。そして彼が、もっと健康になりますように。

 

 我が彼よ。私は君に手を焼きながらも、結局は君の幸せと成功だけしか願っていないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

禁煙協奏曲!――目指せ、最初の7日突破! 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ