第20話 生きていく
「新婚生活準備の進捗状況は
ドーレマがレイヤのサポートに来ていた日曜日、グル・クリュソワが柄に似合わず〈生活〉などというドメスティックな用語を用いて尋ねてきた。
レイヤは、若年性認知症発症直後にガクンと落ち込んだ後は、一定の状態が続き、今は訪問介護サービスを受けながら、自宅で生活している。
デューンが〈予言の夢見〉の
『アレはどうなった?』
と、たまに尋ねてくることがあったが、師匠が、
『あ~、アレね。ちょっとお直し中だから、無理』
『なぜ?』
『え~っと・・・雨漏りで配線がショートしちゃって・・』
『ふうん・・・それはご苦労さま』
ってな調子で、すれすれかみ合いそうでかみ合わない会話でごまかすうちに、レイヤの魂の中でもなにかが変化していったようだ。
「師匠とレイヤさん二人だけになったら、なにかと不自由でしょうから、やはり、私がこちらへ参りましょうか?」
介護に女手があったほうがいいし、墓守の仕事ならここから通えるし、デューンも生活を大きく変えなくて済む。
師匠との同居は想像を超えるかもだけど、このセンセイの人格にも、もう慣れてきた。なんとかやっていけるだろう。
デューンのほうは、できれば自分がドーレマの家へ行きたいと思っている。職場となるラボも、実家も、無理なく通える距離だ。
それに、墓守の家のバラ園・・・。バラたちと同居(?)して、手入れを続けていきたい。あのコンサバトリーも、だだっ広い板張りのリビングも、居心地がいいし、ドーレマをそこから引き離したくない。鼻歌歌い放題のプライベート温泉もあるし・・・。
デューンが珍しくはっきりと、自分の希望を父親に伝えようとしたら、師匠が先に口を開いた。
「レイヤの面倒はワタシがみる。レイヤと二人でいたい」
「おれはおじゃま虫か・・・」
ぽつりと呟くデューンだが、師匠のこのような発言は初めて聞いたものだから、意外な感じもした。
〈とーちゃんなりの、精一杯の愛情表現だ・・・〉
ドーレマも、墓守の家でこのまま仕事を続けられるのはありがたいけれど、それでも、日曜日ごとに、レイヤの様子を見に来るつもりでいる。
デューンの部屋にあった、ネプチュン鳥島のバーラちゃんとの
「えーっと・・・レイヤの元カレにしてグリンの父親であるところのアルチュンドリャくんの弟の元カノの子ども、と、デューンの父であるワタシ・・・」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
デューンは博士論文の見通しを立てて単位を取得し、同時に結婚指輪を完成させた。
婚約指輪のときと同様、ちょっとだけ師匠に手伝ってもらったが、それは内緒にしておこう。二人のイニシャルの間に、中世ジュピタン錬金術用語で〈贈られたもの〉を表わすシンボルを彫り込んだのは師匠だ。
結婚式の
「なんなら、ヘーメラさんに頼む?」
ドーレマが冗談半分に言うと、デューンは素直にうろたえていた。あの呪術がよほどこたえたのだなぁ。
祭式を執り行なうガモス教授が、学生たちを動員して墓守の家のコンサバトリーに祭壇を設営し、準備を整えてくださる。外へ運び出された大テーブルは、お祝いのガーデンパーティーに役立つ。
両家、といっても、ドーレマに身寄りはない。その代わり、サターンワッカアルからジュピタンへUターン就職した幼馴染のピロスが、両親と妻を伴ない参列してくれる。故パラメノじいちゃんの娘たちも、わいわいと子や孫たちを連れて南部からやって来た。遠くテッラからはスィデロくん、ユキちゃん夫妻が祝電を送ってくれた。
庭(というか、家の前)には、学生時代の友人たちや、墓守の家へ出入りしている仕事人たちもぞろぞろとお祝いに駆けつけてくる。
お隣の火葬場は営業中で、お葬式に集まっていたご遺族ご親族ご一同さまは、墓地で賑やかに挙行される〈結婚式〉に驚いたけれども、
『縁起の良い〈
と喜んでいた。
じいちゃんのバラ野原から、とりどりのバラが祝福の香りを送ってくる、〈結婚の誓い〉の儀式。
デューンの祖母、レイヤ、グリンも着用したウエディングドレスに、ドーレマが身を包む。地模様につるバラが織り込まれた、アンティークのウエディングドレスは、ドーレマの青灰色の瞳にもよく似合う。
デューンの潤んだヒスイ色の目に映る花嫁の姿は、神聖な輝きを
ガモス教授の
ガーデンパーティーでは、グルが自宅の庭で育てたという紅白のバラの花冠を、師匠自らドーレマの頭に載せてくれた。
それからグルはレイヤと手をつないでパトスじいちゃんの墓へ赴き、そこにも紅白のバラを供えた。
チェスの対戦をしながらパトスと交わしていた禅問答の数々が、新たな意味を伴ない、心に沁み入ってくるときがある。変人錬金術師も少し老いた。けれども、真の錬金術師には未だ到達しきれていないような気もする。
「じいさん、ドーレマをデューンが預かる。孫が増えたらワタシもサポートせねばならぬゆえ、そちらへはしばらく行けそうにない。退屈だろうが、のんびり待っていてくれ。駒をたくさん用意していくから」
大勢の人が笑ったり泣いたり、賑やかに魂を触れ合わせた祝宴の一夜が明け、感謝の思いを胸に満たして、ドーレマは墓守の家の庭に立つ。
「ここが、私の捨てられていた場所」
墓参用花畑から一輪のスイートピーを摘み、足元の土へ手向けた。
まだ青い朝靄のなかに見晴るかす広大な第五大学都市。
街には、日々の労働へと動き始める人々の、尊い息吹のひとつひとつが、今日も目覚めようとしている。
懐かしいような、半分夢のような、清らかな気に包まれた世界。
深呼吸をひとつ。
私を生んでくれたおかあさん、おとうさん、私は生きていますよ。
じいちゃん、私を拾ってくれてありがとう。
モイラ、じいちゃんと一緒に私を育ててくれてありがとう。
愛してるよ。
ドーレマはこの墓守の家で、今日からデューンと生きていきます。
頑張るね。
墓守の翁が拾って育てた捨て子は、本当はお姫様…じゃなくて、どこの馬のホネだか 溟翠 @pmotech
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