第19話 考えた

「とりあえず、温泉に入ろっか」

 デューンもお風呂が好きだから、のんびりお湯に浸かって、鼻歌でも歌ったらいい。音痴でもいい。誰も聞いてないから。


 いくら人気ひとけのない露天風呂でも、さすがに昼間はお隣の火葬場に出入りする人もいるから、音痴な鼻歌を聞かれるのは恥ずかしいかもしれない。

 火葬場が本日の業務を終了し、暗くなってから、ドーレマはデューンをプライベートビーチ、じゃなくて、プライベート露天風呂へ誘い、一緒にお湯に浸かった。



 ドーレマは考える。

『〈尊厳死カプセル〉実験成功?』

 この国の科学技術というものはそれほど進歩しているのか・・・

 跡形もなく分解されて、遺魂いだまも残せない、か。そうなったら火葬場専属の公務員錬金術師は全員失業だ。


 ん? まてよ。それほど科学技術が進歩しているなら、いっそ全自動で遺魂まで作製される、っていうのはどうだ?

 薬物ミストステップ3がカプセル内のあらゆるものを分解する際、遺骨の一部から遺魂を作製して小型容器に閉じ込め、ぽんっと外へ排出する。オール分解はそれからでもよいではないか。

 ついでに遺魂容器は、尊厳死カプセル本体とお揃い相似形のガチャポンデザインにすればおちゃめだ。


 あるいは、遺魂作製とまではいかずとも、ミニガチャポンカプセルには、遺骨の一部を収集しておいて、やはりオール分解前に排出する。そうすれば錬金術師も失業を免れるではないか。


 よっしゃ! そうしよう!

 まずは遺魂問題解決だ。あとは知らんが・・・



 問題の核心に触れてもいない、とんちんかんな〈案〉だけど、デューンに話してみた。そしたら・・・

 デューンのヒスイ色の瞳を曇らせていた霧が晴れるように、目からウロコが落ちた。呪縛が解けて、呼吸が息を吹き返した、っていうのはヘンな言い方だけど、そんな感じ。酸素がやっと脳に到達したか?

「ドーレマ・・・実にナンセンスな名案だ」

 あ、正気に返った。

「おかえりなさい」


〈なにがきっかけで憑き物がはがれるか、わからないもんだな〉

 なんでもないような意外な物事に人の精神は左右されるものだ、とドーレマは感心する。



「プロジェクトは未完成だ。象徴的爆破にて次元を超えればよい。八百万やおよろずの谷を越え、磁場を縫って走るのだ」*

 正気に戻ったデューンの言葉が、師匠の禅問答に似てきた感じがするのは、この際無視しよう。


 心が元気を取り戻すと、身体も元気になってくる。さっそくデューンはドーレマの肩にちゃぷんと手をまわし、首筋にかじりついた。それから、ふっくらとした胸へ唇を滑らせ、お湯を吸い込んでむせた。

「あほ」

 露天風呂の湯が波立つ。こんなトコロでそんなコトをしたら・・・頭がのぼせてしまう・・。

 ・・・・・・・。



「レイヤさんのこと、私も介護するから、みんなで支えていきましょう」

 言うほどたやすくないのはわかっている。けれど、ドーレマは本気でそう思う。じいちゃんは大往生だったから仕方ないとしても、モイラは可哀想だった。もっと寄り添ってあげればよかった。生きてるうちに愛さないと絶対後悔する。



「〈尊厳死カプセル〉の完成はまだまだ先ね」

「うん。今世紀中は無理かもしれない。それくらいのつもりで、完璧に納得のいく形で結果を出すべきだ」

「そうなったら、ノーベル賞は?」

「おれたちの何代も先の子孫、だな・・・何十年単位じゃなくて、何百年? 何千年? ひとの死に方を二世代くらいで決めちゃいけないんだ」

「第五大の研究費がつかしら?」

「もたなかったら、おれは遺魂でも作って稼ぐよ」

「バラもお願いね」

「儲かるかな?」

「苗を分けて通販で売ればいいわ」

「なんでもするよ。ドーレマとなら」

「先が読めなくなったら、次は私が〈予言の夢見〉のまじないをかけてあげる。見て覚えたから」

「それは勘弁して・・・」



 休日のコンサバトリー。テッラ産の煎茶をすすりながら、まったり寛ぐ。


「単位取得まで、あと一年ね」

「うん。あと一年で完成させる」

「博論?」

「けっこんゆびわ」




(*『夢見る機械』by 平沢進)

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