第18話 待つ

「ヘーメラさんの技は荒っぽいから」

「へ?」

「あのひと、注射もワイルドにブスっといっちゃう」

「は?」

 ワタシ、ヘーメラさんの名まえ言っちゃってたっけ? いつの間に?

「デューンに施術した帰り、彼女うちへ寄ったんだよ。ダンナと一緒に。んで全部聞いた」

「・・・・・・・」

「『デューンちゃんったらピュアだからさぁ、まじないがよく効いちゃってぇ。ははは』とか言ってた」

 えっと・・・おばちゃん、あの・・・守秘義務のほうは・・・?



「デューンは小さい頃、泣き虫ボウズだったのだよ」

 うん、それはわかるような気がする。

「内向的な子だ。あまり器用なほうでもない」

 うん、それもわかる。

 困難であっても、課題を拾えば飛ばして進むことができず、いちいちなぞりながら歩く、そういう人だ。研究職には向いているかもしれないが、それが幸せなのか不幸なのかわからない。


「砂の迂回路を行くが、待っていてやりたい」* 


 うん、そうだね、師匠。

 この人がじいちゃんのところへしょっちゅう遊びに来ていた頃は、とっつきにくそうなおっさんだと思っていたけれど、喜怒哀楽を不器用に飲み込みつつ、愛する人に黙って辛抱強く寄り添う人なのだな、と、いま思う。



 グルはそれから家へ上がり、祭壇の遺魂も拝んでくれた。


 四柱の遺魂をひとつひとつ手に取り、出来栄えを批評する。メリッタさんとロドゥちゃんの遺魂は、

「リトスロドエイデースネプタイトの場合、コキノ粒子が混ざる密度により採石地点の標高が、云々・・・」

 だそうだが、ドーレマにはなんとかかんとか石のことはさっぱりわからない。

 モイラのはだれそれ、じいさんのはだれそれ、と、製作を担当した錬金術師の名を言い当ててしまう。火葬場直属の公務員錬金術師にも、それぞれ作風みたいなのがあるらしい。なんだかアーチストみたいだ。


 義理の父となるグル・クリュソワのヒューマンな一面に触れ、この先、人生の苦楽を共にすることを、ありがたいと思う。

 過去の誰にも血を繋ぐことができない自分だけれど、いま、苦しみながらも繋がっているデューンと、彼の家族と、これから繋がっていくかもしれない未来の家族を、ドーレマは感謝と覚悟を抱いて思い描く。



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 バラ野原を歩き、ぽつりぽつりと語りながら、デューンが涙をこぼした。

「先祖代々の墓があって、かあちゃんの名も刻まれているのに、遺骨もない。一握りの灰すら残らなかったんだ。もちろん、遺魂も作れなかった。遺魂作製業務がなくなればこの国の錬金術師の二〇パーセントが失業だ」


 なんか遺魂問題に引っかかっているようでもあるが・・そこなのか?

 夢の中でレイヤを死なせたことに苦しんでいるのに、母が死ぬ夢がデューンの魂に、乗り越えるべき何ものかを示し、すでに乗り越えつつあって、課題の重心が移ってきているのかもしれない。


 呪術の理論はそれとしても、目の前で涙をこぼしているデューンをどう慰めてあげたらいいのかわからない。

 そうだね、とも言えないし、そうじゃないよ、とも言えない。言葉が救える状態じゃない。


 子どもの頃、泣いているドーレマをじいちゃんやモイラが抱きしめて、黙って背中をトントンしてくれたように、自分より背の高いデューンの背中に手をまわし、少しさするようにゆっくりトントンする。

 どんな言葉でも足りないような、違うような気がして、そんなふうにするしかなかった。デューンの体温が、ローズゴールドの指輪のはまった手に伝わる。


 自分の肩の上で吐息を震わせて泣くデューンを、不謹慎にもちょっぴりカワイイと感じてしまうドーレマ。いやワタシSじゃないし。



「答えがわからないね」

 正直に、ドーレマは言う。

「デューンは私を『胸を張って生きていこう』って慰めてくれて、元気づけてくれたのに、私はどんなふうにデューンを慰めてあげたらいいのか、なんて言ってあげたらいいのか、わからないの」

 不甲斐なさに自分も泣きたくなるドーレマ・・・。


「デューンのために私は何ができるの?」

 目の前にいるデューンにではなく、天を仰いで自問する。


 今度はデューンがドーレマをぎゅっと抱き寄せた。泣きながら、

「一緒にいて。ドーレマ・・・そばにいてほしい」

 ほとんど声にならない息で言う。デューンの不安げな呼吸が、くっつけた胸から伝わってくる。


 いつかは死別するだろうに、最後はどうせひとりぼっちかもしれないのに、どうして私たちはそばにいてくれる人を求めるのだろう?


 ついにドーレマの目からも涙がこぼれ、ふたりで震える呼吸の胸をくっつけ合ったまま泣いた。広場で迷子になった幼いきょうだいのように、見知らぬ景色の不安を背に負いながら、互いを守り合うように抱きしめる。





(*『DUNE』by 平沢進)

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